オッテンドルフ暗号
「ハンカチも洗濯機に入れなさいよ」
あっ、そうだった!
私は脱衣カゴに入れた制服スカートのポケットからハンカチを出した。
あれ?
ハンカチと一緒にポケットから出てきたのは、さっき百円を騙し取られたナプキンの説明書だった。だけど、これ、なんだか変だ。
説明書なら二つ折りの紙に細かい文字でクドクド並ぶのが普通。なのに、私の右手にある紙片はコピー用紙を短冊形に切っただけのもの、その一面に妙な数字が書かれている。
1、25、1〜3/1、38、17〜19/1、3、17〜17/
1、2、24〜24/1、1、1〜1/1、49、12〜18/
1、116、19〜26/1、6、11〜11/1、138、103〜111
なんじゃこりゃ、再び。
部屋に戻ってパソコンを開けた。
私の父はIT系の会社を経営している。会社といっても家から歩いて十五分くらい、マンションの一室をオフィスにして社員は三人。だけど父が言を借りれば「消防案件」。マネージメント不足で暗礁に乗り上げたプロジェクトの立て直し、火中の栗を拾う仕事なのだそうだが、かなーりお金が入ってくるのだとか。
そんな父の薫陶よろしく、スマホがあれば十分なのに無理やりパソコンを勉強させられた、私。パイソンの簡単なコードならチョイチョイでできてしまうくらいにレベルアップした。
ご満悦な父曰く、
「今時、男も女も手に職だよ」
だが、IT系の仕事をしていながら彼の見通しは甘かった。今では簡単なコードくらいAI君がいとも簡単に書いてしまう。就業前から私を失職させたにっくきチャッピー君。ま、とはいえ頼れる相棒に妙な文字列のことを聞いてみた。
〜 これが暗号だとすると、三桁の数字の組み合わせということから、オッテンドルフ暗号と推測されます。最後の数字が「〜」で繋げてあるのは連続したワードをまとめて指定していると考えられます。暗号本としてよく用いられる『聖書』及び『アルマナック年鑑(シャーロック・ホームズ『恐怖の谷』より)』にて解読を試みましたが、残念ながら意味のある文字列に復号できませんでした。 〜
シャーロック・ホームズねー、こっちはお爺ちゃん。彼は推理小説やSFマニアで人の迷惑顧みず誕生日プレゼントという名目で大量の本を送りつけてくる。
とはいえ、彼が寄贈してくれる本は、どれもこれも面白い。いつの間にか私は立派な推理&科学オタクに成長していた。で、『恐怖の谷』だよね? 確か、モリアーティの陰謀がなんちゃらかんちゃらで……。
冒頭を読んでみると、あー、そうか! 暗号の数列は、本の「何ページ、何行目、何文字目〜何文字目」って意味だね。元となるコードブックが分かれば簡単に解読できちゃう。
「フフフ、初歩的なことだよ、チャッピー君(Elementary, my dear Chappy)」
最初のページ番号が「1」ばかりというのがキーだね。一ページしかない本、そりゃネットでしょ? で、ザートらしい学園七不思議の文言である「山猫軒」。青空文庫の『注文の多い料理店』しかなかろう。
ということで、青空文庫をマックのテキストエディタにコピペして解読開始。ちなみにマックはコマンドキー(⌘)+Lで指定行に飛べるぞ。
「山猫軒、大歓迎、三、一、二、扉をあけました、がたがたがたがた、四、くるくる廻まわって」
「三、一、二」は、この順番で女子トイレ個室の扉を開けてガタガタさせる、開け閉めするって意味かな。最後に四、自販機のダイヤルを回す、ってことだね。
で、山猫軒に行けるってわけだ(笑)
解読はできたものの、そもそもコレって誰かの悪戯? こっそり録画されていて、トイレの扉を必死で開け閉めしてるバカな女の子を笑いものにするってこと? いや、待てよ?
何十年も前から伝わってきたであろう学園の七不思議。誰かがあの自販機に悪戯を仕組んでいたとする、何年もの間、誰にも見つからなかった、ということになるのでは?
いやいや、違うのだよ。「君は見ているが、観察はしていない」
感じろ! トイレの怪談と宮沢賢治には木に竹を接ぐような違和感があるじゃないか。
オリジナルの七不思議は「血塗られし花が異界に誘う」とかなんとかだったのだろう、多分。最近、誰かが暗号の悪戯を思いつき七不思議に修正を加え流布した。
そこまではなんとか理屈が通るけど、来るかどうかも分からない道化師を待って延々録画してるってこと?
気になる、気になる……、気になって仕方がない。最悪の結果は「笑いものになる」ってだけじゃん。好奇心の代償としては安いものじゃないの? 私が猫なら殺されるんだろうけど……。
ばかげていると思いつつも、私は明日、部活が終わったら「がたがたがたがた」を試してみる気になっていた。




