由果
「あら、今日は随分を早いわね、由果」
「ゆか」というのが私の名前だ。名を口にした時の響きはとっても気に入っている。だけどなぜに「果」という文字を当てたのか? 秋生まれだから果物ってこと? 「結果」「成果」「戦果」、天邪鬼な私は「人生において何かを成せ」ってプレッシャーを掛けられているようでちょっとイヤかな?
「うん、体調悪くて」
「あら大変、すぐ横になる? お熱は」
「大丈夫、ちょっとお腹痛いだけだから」
「ああー、ならお風呂入ってらっしゃい。すぐご飯にするから、今日は早めに寝なさい」
「はーーい」
案の定、シャワーを浴びていたら始まってしまった月のモノ。
他の人がどれくらいなのか? 実体験として知ることはできないが私はどうやら軽い方らしい。一日目、二日目だったとしても体育や部活ができないわけでもない。というかやっちゃうことも多い。
旧約聖書によれば女は男の肋骨から創られたのだと言う。すなわち神は気まぐれな付け足しで女というものを創造した。だっから欠陥品なわけだよ。毎月、毎月、何十年にも渡って、こーーんな憂鬱な日々を過ごさなければならぬ運命にある。
「だからこそ、あなたを授かったのよ」
母さんには感謝してますよ、そりゃ。私が今ここに在るのは母さんの生理があったればこそ。
だっけどさー、母さん視点で考えれば本当に子供って「天からの授かりもの」と考えるくらい素晴らしきものなんでしょうか?
私は中学から箱根の学校に通っているけれど、その最大の理由は大学への推薦枠が充実しているから。現時点で私はちょっと有名な大学への進学が内定している。
でも、私立大学ですよ。ネットで調べてみると一人の子供をずっと私立に通わせた時に掛かる費用は三千五百万から四千万! 私にとっては「ありがたい」「両親には足を向けて寝れません」ってことだけどさ。
「人生は波風なく平凡なのが一番」
なんて言ってるお母さんが、なぜ見返りの期待できない案件に何千万もの投資をした? 高収入のお父さんをゲットし専業主婦を選んだ人生哲学と矛盾してませんか?
自らを顧みる、遠い未来私が赤ん坊を抱いている図なんて、とても、とても想像できない。
だからこそ、私にとって不要な機能の代償としての生理はとっても辛く感じてしまう。




