辞書と分数⑩
要が子供新聞を読むようになった。お父さんの読んでいる新聞に興味を持ち始めて挑戦してはみたものの―スポーツ欄とかテレビ欄は別にして―4年生にはまだ難しい内容、言葉が多い模様。どうだ、読めそうかと訊くお父さんに、首を傾げて答えた要。慣れもあるし、大人だってすべての内容が理解できている訳ではないが、そんじゃ、子供新聞でも取ってみるか。どいうことで鈴本家に毎朝二部の新聞が届くようになった。
余談・・・ではないのだが、新聞は読み慣れておいた方がいい。テレビやインターネット経由で容易かつリアルタイムで情報を得られる便利な世の中であっても、だ。確かに速いが、テレビもスマホも多くの場合、人間を受け手にする道具。受け手になることが悪いとは言わないが、これも程度の問題(依存は危険)。能動的に情報を模索する意識が衰えると、既存の情報やアイデアを元に発展させたり、味方を変える思考が苦手になってしまう。独自性。誰でも入手可能な情報からもう一歩踏み込めれば、そこに差が生じるとは思わないかい。それと、テレビとかネットって実は情報量が思った以上に少ない、使い回しも多いからね。
物語を楽しむ読書も良いが、辞書を片手に本や新聞を読むのも悪くない。どうして星の数ほど沢山の言葉があるのだろう。誰も使いこなせない、分かりにくい、読みにくい。嫌がらせじゃないか~。なるほど、君達の言う通りかもしれない。でもさ、意地悪くひねくれて考えたって答えは出ないだろう。だったら楽しんだ方が上分別だ。気楽に、暗号でも解読するみたいに肩の力を抜いて文字を追うといい。いまいち意味を汲み取れない文章に出会った際、それを構成する言葉や単語を解読する事で、まるで定規を使って直線を引いた時の様に気持ち良く、書き手の言わんとすることがすーっと心の内側に入ってくると実に清々しく、心地良い。
そして辞書は物を書くとき、さらに存在感を増す。もしも手に入るのならば類語辞典もお勧めだ。面倒臭がらなければ語彙を増やす助けとなる。思いつく言葉で文章を紡いでいく中で、ふと立ち止まることができれば発見もあるはずだ。これは大人になるほど難しくなる。発見する機会と意欲が薄れてくるからだ。『ま、いいか』、『これで、いいや』は、悲しい合言葉と覚えておこう。
【【辞書と分数 終】




