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27.ジャスミンからの切実なお願い

 そうして、次の日。シオンお父様がせっせと作っていた薬が、ようやく完成した。


「この薬は、この世に留まっている魂の力を引き出すものなんだ。けれどジャスミンの魂は、もうかなり弱っていて不安定だ。だから彼女と話すのは、ユリと私の二人だけにしてもいいかな。生者の放つ強い生気は、魂の存在そのものをかき乱しかねないからね」


 昨日と同じように一部屋に集まっていた私たちを見渡して、シオンお父様が言う。


「私はもとより異論はありませんよ、シオン。……実のところ、幽霊は少々苦手なんです。いい年して何ですが」


「わたくしは興味がありますけれど、邪魔をしてはいけませんものね。ユリ、後でどんな話をしたのか、教えてもらえないかしら」


「それは俺も気になるな。差し支えない範囲でいいから、話してもらえるとありがたい」


 ダミアンさん、ステファニー、そしてハーヴェイは口々にそんなことを言っていた。


 幽霊と話しているところを使用人なんかに見つかるとおおごとになりかねないので、ジャスミンのところに向かうのは夜、公爵夫妻や使用人たちが寝静まってからということになった。


 なので今日は一日、部屋でみんなと一緒にのんびり過ごした。


 この部屋が安全だという保証はないけれど、庭をふらふらするよりはましだろう。それに、じっくり腰をすえてみんなでお喋りするのも楽しかった。


 そうこうしているうちに、すっかり夜もふけた。私とお父様は忍び足で、ジャスミンの部屋に向かう。


 窓辺の机の上には、あの銀の小鳥の置物が静かにたたずんでいた。声をかけても、返事はない。


「君はこの薬を使ったことはなかったね。ちょうどいい、試してごらん。何事も経験だから」


 そう言って、お父様は小さな紙の包みを手渡してくる。こぼさないように開くと、銀色の粉が月の光を受けてきらきらと輝いた。


 この薬は、幽霊の力を引き出すものだ。ちなみに材料として、幽霊の近親者の血を使う。つまり、私の血だ。


 薬がきちんと効けば、ジャスミンと私の血がつながっていることの証明になる。おそらく、いや間違いなく私がローズなのだろうと分かっていても、その事実を改めて突きつけられるのは気が重かった。


 でも、薬が効かなかったらジャスミンとは話せない。近親者の血を使わない薬もあるにはあるけれど、お父様はそちらの薬を作ったことはないのだ。里になら、作れる者もいるけれど。


 そんな複雑な思いを押し込めながら、薬をさらさらと銀の小鳥にふりかける。口の中で、術を唱えながら。


『ローズ、また来てくれたのね。嬉しいわ』


 目の前の空中に、満面の笑みをたたえたジャスミンがふわりと浮かび上がる。私と同じ顔の、けれど深く青い目をした乙女。彼女の姿は半ば透けていて、窓の外の星空がうっすらと見えていた。


「もう一度、あなたと話したいと思ったから……」


『ええ、私もよ。この前は眠くて仕方がなかったのに、不思議なくらいに頭がさえているの。これなら、たくさんお喋りできそう』


「それは、私たち天人の薬の効果ですよ、お嬢さん」


 見つめ合っていた私たちの後ろから、優しい声がする。空中に浮かんだジャスミンが、目を丸くして身を乗り出した。


『まあ、素敵な殿方。ローズ、あなたのお知り合い?』


「ねえジャスミン、私のことはユリと呼んで。それが今の私の名前だから。そしてこちらはシオン、私の……育ての親よ」


 そう答えると、ジャスミンは目を真ん丸にしてお父様を見つめた。明らかに、興味を抱いている顔だった。


『初めまして、シオン様。でもユリの親、というには若すぎるわ』


「どうぞお見知りおきを、ジャスミン。これでも私は、四十近いんだよ」


『とても見えないわ。せいぜい二十歳くらいかしら。活力に満ちあふれた、とっても素敵な方』


 ジャスミンの目つきが、どことなく変わる。私はこの目つきをよく知っている。天人の里の女性たちが、こっそりとお父様に向けている憧れの視線と同じだから。


 というか、私と同じ顔で、そんな目でお父様を見ないでほしい。なんというか、落ち着かない。お父様がまんざらでもなさそうな顔をしているのが、さらに納得がいかない。


「ふふ、ありがとう。だがこれには、れっきとした理由があってね。私は、人間ではなく天人なんだよ」


 お父様はあっさりと、そんなことを口にしている。そう言えばさっきも、天人の薬のことを言っていた。もしかして、彼女にも真実を伝えるつもりなのだろうか。


 当然ながらジャスミンは、不思議そうな顔で首をかしげるだけだった。そんな彼女に、お父様は順序だてて説明していく。天人のこと、私のこと。


 一通り聞き終えて、ジャスミンはほうと息を吐いた。驚きと感嘆に、目が輝いている。


『まあ、それでいくら探しても、ローズが見つからなかったのね。シオン様、ローズ……ユリを助けてくれて、ありがとう』


「礼を言うのはこちらのほうだよ。君の両親が彼女を手放してくれたおかげで、私はとても幸せな時間を過ごせているのだから」


『あら、それは皮肉なのかしら?』


「実は、少しだけそういう意味合いもある」


『正直な方ね』


 あっという間に、お父様とジャスミンは打ち解けてしまったようだ。ぽかんとする私に、ジャスミンが微笑みかけてくる。


『ねえユリ、シオン様。あなたたちに聞きたいことがあるの。あなたたちの薬のおかげで、私はこうやって目覚めることができたのよね』


「そうだよ。私たち天人は、魂のことについては人間よりずっと詳しいからね」


『だったら、お願いがあるの。ここに、お父様とお母様を呼んでくれないかしら。私、どうしてもお話したいの』


 確かにそれは、いい考えのように思えた。ジャスミンを失って気落ちしている公爵夫妻に、彼女がここにいることを教えてやれば。そうすればあの二人も、もっとしゃきっとするだろう。統治を投げ出しているとかそういった行いも、改まるかもしれない。


「……それは、お勧めできないかな」


 ところがお父様は、難しい顔をしてそう言った。


「この薬は、君の魂に活力を与える。でもずっと効果が続くものでもない。いずれ君は、また眠りについて、いずれはそのまま天に帰っていくことになる」


『……それでもよ。お父様もお母様も、私が死んでからずっと嘆き通しで……少しでも話すことができたら、きっと元気になると思うの』


「おそらくだけど、そううまくいかないと思うね」


「お父様、どうしてそう思うんですか?」


「……死者と再会するというのは、ほとんどの人間にとっては麻薬のようなものなんだよ。もっと、もっとと、そう願わずにはいられなくなるんだ」


 青紫の目をいたましげに細めて、お父様は説明する。


「特にあの二人は、娘への執着が強いようだからね。何の対策もなくジャスミンと会わせてしまったら、二人はきっと彼女にのめり込む。薬をよこせ、ジャスミンをこの世につなぎとめろと、半狂乱になるかもしれないね」


『それは……そうかもしれないけれど……』


 しょんぼりとうつむいて、ジャスミンがつぶやく。


『でも……私、それでも二人に会いたいの。私が突然いなくなったせいで、お父様もお母様もすっかりやつれてしまって……私、必死に二人に呼びかけたのに、力が足りなくて、声が届かなくて……今なら、私の声も届くはずだから……』


「お父様、どうにかなりませんか?」


 泣きそうなジャスミンの隣に立ち、お父様を正面から見つめる。


 お父様にくってかかるのはお門違いだと分かってはいるけれど、それでもお父様なら、何とかしてくれるんじゃないかと思えてならなかったのだ。


「どうにかって、ユリ、君は明日のうちにはここを出る、そういう約束だろう。残念だけれど、仕方がないよ」


「でも……ジャスミンは、ひとりぼっちでずっと苦しんでいて……彼女を置いて帰ってしまったら、きっとずっと、後悔します……」


 すがるように見つめ続けていると、お父様は困ったように笑って、肩をすくめた。


「ふう……分かったよ、ユリ。他ならぬ君の願いだ。考えてみよう。ここを発つのは、もう少し延期かな。危険かもしれないけれど、私が頑張れば済むことだ」


「ありがとう、お父様!」


 嬉しさのあまり、お父様に歩み寄ってぴょんと抱き着く。そのまま顔を寄せて頬ずりすると、頭の上から戸惑った声が降ってきた。


「その……ユリ、君ももう一人前なのだから、そういった振る舞いはどうかと……」


 指摘されてようやく、自分の行動に気がついた。小さな子供の頃の癖が、うっかり出てしまったのだ。ほっとした拍子に、ついやってしまった。


 はじかれるように顔を上げると、照れくさそうに視線をそらしているお父様の顔が目に入った。ちょっぴり頬が赤い。いつも悠々としているお父様にしては、かなり珍しい表情だ。


『うふふ、仲がいいのね』


 そんな私たちを、ジャスミンはとても楽しそうに眺めていた。

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