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21.怒りに満ちたお父様の声

 私の実の両親かもしれないオイジュス公爵夫妻が、赤子だった私を捨てた。


 あまりにもとんでもない話に、私はただシオンお父様の後ろで震えていることしかできなかった。


「なぜそのようなことをしたのか、聞いても?」


 お父様は私を背にかばいながら、淡々とオイジュス公爵に尋ねている。


「……あの頃、この家で一番力を持っていたのは、先代の当主である父だった」


 オイジュス公爵の声には、苦悩がありありとにじんでいた。


「そして父は、占いや言い伝え、そういったものを異様に気にする方だった」


 そういえば、そんなことをステファニーから聞いた覚えもある。


「……我が家には、古くから言い伝えられていることがある。赤い瞳は、不吉だと。赤い瞳の者は速やかに、家から出さねばならないと。さもなくば、オイジュス家は滅びる。そう、語り継がれてきた」


 目の前のお父様の背中に、緊張が走る。顔は見えないけれど、怒っているような気がする。


「なるほど、それであなた方は赤い目の赤子を捨てたのですね」


「……恥ずかしながら、そうだ。当時の私たちには、父に逆らうだけの力がなかった」


「ごめんなさい、ごめんなさいね、ローズ……」


「だが私たちは、ローズが拾われるところを執事に見届させていたのだ。黒い髪に青紫の目の、とても美しい青年だったそうだ。旅の剣士のようにも見えたが、彼は不思議なくらいに品格があり、誠実そうだったと、執事は語っていた」


 オイジュス公爵は、お父様をじっと見つめてそう言った。彼がお父様の正体に気づくはずはないと思っていたけれど、それでもちょっぴり落ち着かなかった。


「彼は戸惑いつつも、ローズを優しく抱き上げてあやしていたそうだ。彼になら、ローズをたくしてもいいと思えた。……もっともその後、彼の足取りは全くつかめなくなってしまったが。どこかで、追っ手をまかれてしまったらしい」


 それもそうだろう、その旅の剣士は他ならぬお父様で、そしてお父様は赤子の私を連れて、そのまま山脈を越えて天人の里に戻ってしまったのだから。


「そうでしたか。それは、私の父ですね。まったく、こんなところでユリの実の親などと主張する人物に出会ってしまうとは……」


 お父様は、オイジュス公爵夫妻に天人のことを明かすつもりはないらしい。しれっとそんな嘘をついて、話をかわしている。


 お父様の口調こそいつも通りだったけれど、その声は、驚くほどはっきりと怒っていた。今まで、お父様のこんな声を聞いたことはない。


 丁寧な口調で、けれど全てを焼き尽くす業火のような声音で、淡々とお父様は問い続ける。


「しかしそういうことであれば、ユリはあなた方にとって縁起の悪い、そばに置いておけない存在なのでしょう。なぜ今さら呼びつけて、こんな話を聞かせようと思ったのですか」


「……父は、三年前に亡くなった。今、この家で一番強い権力を持っているのは、私たちだ。そして私たちは、古い言い伝えに逆らってでも娘に会いたかった。ジャスミンも、息を引き取るその時まで、ローズのことを気にかけていた」


「だから私たち、八方手を尽くしてローズを探していたの。でも、手がかり一つ見つからなかった……大舞踏会であなたを見た時は、神様に感謝したわ」


 そう言ってオイジュス夫人はにっこりと微笑み、私のほうに手を差し伸べてくる。


「ローズ、私の可愛い娘……こちらへ来てちょうだい、お願いだから。その顔を、よく見せて」


 その微笑みが、怖かった。お父様の背中に額をつけて、しがみつく。私の親は、シオンお父様ただ一人だ。母親なんて、いない。


「……どうやらユリは、この状況に混乱しているようです。申し訳ありませんが、この辺りでおいとまさせていただいてもいいでしょうか」


 お父様は私をかばうかのように腕をそっと伸ばして、静かにそう言った。けれど公爵夫妻は一向に引き下がる気配を見せない。


「頼む、少しでいい、ローズと話をさせてくれ。長く離れていたとはいえ、私たちは血のつながった親子なのだ。今からでもきっと、分かり合える」


「お願い、少しの間でいいから、この屋敷に滞在してはもらえないかしら。お連れの方々も一緒に。それならローズも、寂しくないでしょう?」


 二人はそんなことを言って、じりじりとこちらに近づいてくる。すがりついているお父様の背中が、怒りにこわばるのが感じられた。


「あなた方は、自分たちがどれだけわがままなことを言っているのか、自覚はないのですか!」


 お父様が声を荒らげた。公爵夫妻だけでなく、その場の全員が身をこわばらせるのを感じる。


「彼女はユリ、私の大切な妹です。そして彼女にとって、あなた方は初対面の人間でしかありません」


 その言葉に、オイジュス公爵が苦しげにうめいた。


「確かに、彼女はあなた方と血がつながっているのかもしれない。けれどただ、それだけの関係です」


 公爵夫人が、泣きそうな声で何事かつぶやいている。


「いきなり違う名で呼ばれ、親と名乗る人物が現れた。彼女がそれをすんなりと受け入れると、本当にそう思っておられるのですか!」


 お父様が、静かな声で叫ぶ。それっきり、辺りは静まり返ってしまった。誰も、身じろぎ一つしない。


 そんな中、私はお父様の後ろで一生懸命考えていた。


 どうしよう。この二人は、どうしても私を引き留めておきたいようだ。でも私は、ここにいたくない。でもそれを、どうやって告げればいいのだろう。


 どんな理由であれ、かつてこの二人はローズを捨てた。そして今、ジャスミンにそっくりの私を手元に置こうとしている。


 二人がこんなにも私に執着しているのは、私がローズだからというよりも、私がジャスミンに瓜二つだからだ。そんな気がする。


 去年、ジャスミンは亡くなったと聞いた。まだ二人は、その悲しみから抜け出せていないのだろう。食い入るように私を見つめていた二人の目つきからは、そんなことがうかがわれた。


 ここで私が強く拒否すれば、きっと二人は傷つくだろう。私はこの二人を両親と認めてはいないし、認めることもない。でも、できればこれ以上傷つけたくはなかった。


「ユリ、君はどうしたい?」


 お父様の優しい声が、すぐ上から降ってくる。顔を上げると、振り返っているお父様と目が合った。いつもと同じ穏やかな口調に、ふっと落ち着きが戻ってくる。


 そうだ、お父様に相談すれば、この問題も解決するかもしれない。少なくとも私一人では、決められそうにない。


 いったんこの場は仕切り直して、お父様やステファニーたちと話し合った上でどうするか決めよう。


 そう思って口を開きかけた時、かすかな声がした。


『……ローズ』


 それは、私の知らない少女の声だった。とても優しく、ローズの名を呼んでいる。しかしいったい、どこから聞こえてきたのだろう。


 黙って顔を上げ、辺りを見渡す。目の前にはお父様、その向こうには立ち尽くすオイジュス公爵夫妻。そして私の背後には、驚きつつも様子を見守っているステファニーとダミアンさん、そしてハーヴェイ。


 使用人たちは、この場にはいない。だったらさっきの声は誰だろう。


「どうしたんだい、ユリ。急にきょろきょろして」


 お父様たちが不思議そうな顔をしているけれど、それには構わずに右へ左へ視線を向ける。


 今の私は、公爵夫婦のことよりも、私の出自のことよりも、あの声が気になってしまっていたのだ。あの声は、不思議なくらいに私の心をひきつけてやまなかったのだ。


『……ローズ、私はここよ』


 そうしていたら、またあの声がした。ぱっとそちらを振り向くと、目が合った。


 私を黙って見つめているのは、肖像画の中のジャスミンだった。

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