対面
「……ウラッグ?」
従業員から告げられた名前に、輝也たちは思わず顔を見合わせた。
このタイミングで、その名前、普通に考えれば、偽物の可能性が高い。
だが問題はそこではない。自分たちがウラッグを探していること、そして今ここにいることさえ、知られている。つまり。行動も、会話も筒抜けだったということだ。
輝也は、盗聴防止のアイテムや、追跡されていれば察知できるスキルを持っている。
だが、それらに反応はなかった。
情報を漏らした可能性があるのは、ギルドマスターか、騎士団のアリア。
しかし、あの二人からは悪意は感じられなかった。
―― 一体どういうことだ?
それに、もし本物だとしたら何故ウラッグをこちらに遣わせた?
状況が全くつかめない。
いや、もしかしたら、こうやって混乱させるのが、向こうの思惑なのかもしれない。
つまり、これは奴らの先制攻撃。
――なるほど。これが竜王会か。
ならば、ここで動揺するわけにはいかない。
「テルヤ、どうする?」
「……とりあえず、会ってみよう。」
短くそう告げると、輝也たちは従業員に案内され、一階へと降りていく。
この宿の一階は酒場になっており、本来なら宿泊客以外にも多くの人で賑わっているはずだった。
――だが。
階段を降りた先に広がっていたのは、不自然なほど静まり返った空間だった。
そしてそんな人気のないテーブルで、一人、酒を飲むドワーフの姿だけがあった。
「あれが……ウラッグさん?」
「称号……『聖剣の鍛冶師』……間違いありません。本物ですよ。」
ユフィが鑑定スキルで確認し、静かに告げる。
それを聞いた輝也たちは、警戒を解くことなく、ゆっくりと男へと歩み寄った。
「あなたが、ウラッグさんですか?」
「ああ。そういうお前さんたちは『アマテラス』じゃな?」
「ええ。ですが……なぜあなたがここに?」
「あなたは、竜王会に捕まっているのではなかったのですか?」
輝也とアニーが、ほぼ同時に問いかける。
するとウラッグは、その言葉を否定した。
「いや、捕まってなどおらん。なんせワシは、『竜王会』の専属鍛冶師じゃからな。」
「――なっ!?」
その言葉に、全員が息を呑む。
「ど、どうして……!聖剣の鍛冶師であるあなたが、裏組織に……!」
動揺を隠せないまま、マルカが声を上げる。
ウラッグは、そんな彼女の問いに小さく鼻を鳴らす
「フン、簡単な話じゃ。もう、表の世界にワシの居場所はない、だから裏で生きる事にした、それだけじゃ。お前さんたちも、知っているんじゃろう?ワシが、どういう立場に追い込まれたのかを?」
「そ、それは――」
ウラッグの問いに言葉が詰まる。
アリアの話では、彼は騎士団と揉めた末、犯罪者として捕らえられたという話だった。
「世間では、ワシは死んだことになっておる。もし仮に生きていたとしても、犯罪者として捕まり、奴隷として一生、国のために剣を打たされるだけじゃ。」
「でも……誤解を解けば、きっと――」
「あやつらはテコでも認めんよ。……お前さんたちも分かっておるじゃろう?国の“法律”が、誰のためにあるのか。」
「それでも……だからって、悪に加担するなんて――」
それに対し、ウラッグは静かに言い放つ。
「ワシを“悪”と決めたのは――他ならぬ世間じゃ。」
その言葉に、輝也たちは言葉を失った。
ウラッグの決意は固い。
これ以上言葉を重ねても、翻すことはできないだろう。
「……まあいい。無駄話はここまでじゃ。」
そう言って、ウラッグは酒を一口あおる。
「そろそろ本題に入ろう。お前さんたち、ワシに聖剣を打ってほしいんじゃろ?」
「え?あ、はい。」
まだ思うところはあるが、本来の目的を思い出し、輝也たちは気持ちを切り替える。
「ユーリシア王国の聖剣を結界代わりにしている街の聖剣が劣化しているんで、新しいものを打っていただきたいんです。」
「ああ、ゴブの街か。」
ウラッグは興味なさげに呟く。
「まあ、別に打ってやってもいい。ちょうど材料も揃っておるしな。」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、条件がある。」
「条件……」
その一言で、場の空気が一変した。
輝也は無意識に一歩前へ出て、アラエを庇う。
「安心せい。お嬢ちゃんを連れもどすつもりは、もう組織にはない。」
「え?じゃあ条件って……」
「さあな。ワシも詳しくは聞かされとらん。詳しくはボスに直接聞け、とのことじゃ。ただし――」
その視線が、ゆっくりと輝也へと向けられる。
「呼ばれているのは、テルヤ・アマノ。お前さんだけじゃ。」
「俺だけ……ですか?」
思わず聞き返す輝也に、ウラッグは静かに頷いた。
「ああ、うちのボスはお前さんと一対一で話がしたいらしい。」
「輝也殿、それは危険でござる。」
「そうよ、きっと罠よ!」
ウラッグの言葉に、サクラとアニーが即座に声を上げる。
当然の反応だった。
罠の可能性は高い、いや、むしろ罠と考えるべきだろう。
だが、聖剣を打ってもらうには、行くしかない。
それに、竜王会を束ねるティア・マットと接触する絶好の機会でもある。
「……わかりました。」
「テルヤさん!」
「大丈夫。僕の実力は知ってるだろ?何があっても、そう簡単にはやられないさ。」
輝也は安心させるように皆に微笑むと、ウラッグに連れられ外へと出る。
夜の王都は、少し前に誘拐事件があった影響で、人通りは少なくなっている。
輝也はウラッグに導かれ、やがて人気のない路地裏の一軒家へと辿り着く。
「ここじゃ。」
中へ入るとそこには、家具などは一切なく、部屋の中心に淡く光を放つ魔法陣が刻まれていた。
「これは……」
「詳しくは知らんが、転移陣というものらしい。」
そこまで言うと、ここから先は一人で行けと言わんばかりにウラッグは横にずれる。
輝也は何も言わず、転移陣の上に足を踏み入れた。
すると次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
まるで蜃気楼のように風景が揺れているような錯覚に襲われる。
そして、その歪みが徐々に治まり、完全に消えると、自分のいた場所が民家の中から、薄暗い地下室に変わっていた。
湿った空気が肌にまとわりつき、光は周囲に置かれてあるランプのみ、しかしそんな場所の中央に一つだけ、場違いなほど上質なソファーが置かれている。
そして、そこに一人の少年が、足を組みながら腰掛けていた。
赤に近い髪色が目を引き、年齢は、自分と同じか、あるいはそれよりも若く見える。
「来たか。」
少年は、こちらに気づくと口にしていた葉巻を無造作に床へ落とすと、足で踏み消した。
そしてゆっくりと顔を上げ視線が合う。
声自体は少年のように高い。
だが、その雰囲気は容姿とはまるで釣り合わない威圧を放っていた。
輝也はゆっくりと歩み寄り、ソファーに座る少年を見据える。
「お前が『竜王会』のボス、ティア・マットだな……」
「ああ。」
「僕に何をさせるつもりだ?」
輝也は単刀直入に問いかけた。
だが――
「逆だ。お前は、これ以上何もするな。」
「……なに?」
一瞬、意味を理解できず戸惑いを見せる。
「はっきり言って、お前の存在はこの世界にとって邪魔でしかない。金も十分あるんだろ?なら、適当な場所で女どもとよろしくやってろ。」
ティアマットは、そう冷たく言い放つ。
だが、輝也は、迷いなく首を振った。
「断る。僕は冒険者だ。これからも仲間たちと旅を続ける。」
「……冒険者、ねえ。」
ティアマットは、その言葉を鼻で嗤った。
「……まあ、お前にとって、冒険者なんて所詮ゲームみたいなもんだもんな。」
「なに?」
そう言ったティアマットは、隣に置いてあった資料を手に取り、目を移す。
「お前のことは、ある程度調べてある。天野輝也。十七歳。一年ほど前に日本から来たそうだな?年齢からして、高校生か?」
「な――ッ⁉」
ティアマットの言葉に輝也が息を詰まらせる。
この世界では、名前は基本的に姓ではなく名で呼ばれる。
それに高校生という言葉も存在しない。
そして何より“日本”という言葉を、知っている。
「……まさか、お前は転生者か?」
「まあな。」
驚きを見せる輝也に対し、目の前の少年はあまりにもあっさりと肯定すると、そのまま、言葉を続ける。
「功績を見る限り、お前はこの世界に来た時点で、ある程度のスキルと魔法を持っていたみたいだな。強い力を振るうのは、さぞ楽しかっただろう。」
「そ、それは……」
「……まあ、そこはどうでもいい。問題は、ここからだ。」
そういって、ティアマットは一度言葉を切った。
「お前は冒険者として活動する中で、山賊や暗殺者と戦い……そして殺している……なあ。なんで、日本生まれのお前が、そんな簡単に人を殺せる?」
「……え?」
ティアマットの眼光が資料から、輝也へと切り替わる。
「自覚、あるか?お前――人を殺してるんだぞ?」




