4話 ヒロインはサキュバス
「ほえ~すごいな~」
気の抜けた感想を零しているのはこの部屋の持ち主であるハント・オキュラスの愛する孫――バレル・オキュラスだ。
現在ハントは部屋の中をうろうろしながら整然と並べられているお宝を鑑賞しているところだ。まるで博物館にでも来ているかのような立ち居振る舞いである。
この部屋に飾られているお宝は、トレジャーハンターではないバレルの心をも惹きつけるほどの一品ばかりだ。もしこの場にお宝収集家がいれば泡を吹いて失神することだろう。
「これなんか面白いな~!」
バレルが手に取ったのは黄金でできたハニワのようなもの。もはや何の用途で作られたかは不明だが価値があることだけは一目で分かる。
この部屋には用途不明のものはいくらでもある。例えば、クリスタルでできたガイコツや宝石で埋め尽くされた剣、黄金でできたリンゴなどなど――お宝とはそういうものなのだろう。
バレルは時間をかけて部屋中の宝を見ていく。全ての宝を丁寧に見ようと思えば到底一日や二日では終わらない。それくらいの量が保管されているのだ。
バレルは改めて自分の祖父の凄さを痛感するのであった。
そんなバレルが一つの棚の前で立ち止まった。
「これはなんだろう? 他のものとは随分雰囲気が違うけど……」
その棚に飾られていたのは壺である。ただし他の宝とは違い、金やクリスタルでできていないし宝石なんかの装飾もついていない。なんとも地味な壺である。
「あんまり価値があるようには見えないな~。なんか汚れてるし」
バレルはその壺をそっと持ち上げた。
「うわ!? 予想以上に重たいぞ!」
持ち上げたバレルは重たそうに壺を抱える。壺の大きさは両手で抱えるのに丁度よいくらいの大きさで、陶器のような質感をしている。
持ち上げて壺をジロジロと見回しているバレルだが、
「特になんもなさそうだな」
特段気になるところもなかったらしく、すでに壺への興味は薄れているらしい。
バレルが壺をもとあったところへと戻そうとしたとき、つるっと壺から手を滑らせてしまったのだ。
「やばい!!」
咄嗟に抱え直そうとするバレル。しかし、質量のある壺はどんどんバレルの手から滑り落ちていき、――バリン、と音を立てて砕けてしまった。
「はわわ……」
青ざめた顔で砕けた壺を見るバレル。その表情はやってしまったという感情を如実に表していた。
その時、床に散らばる壺の破片の中から漆黒のもやもやとした何かが噴き出した。
「なんだ!?」
漆黒のもやもやは一か所にどんどん集まっていき、次第に大きさを増していく。しばらくその光景が続き、気づいたときには人くらいの大きさになったのである。
壺を割ったバレルはその光景を目を白黒させながら見つめていた。人間、思考能力を超える出来事が起きるとフリーズしてしまうらしい。
漆黒のもやは徐々に綺麗な形へと姿を変えていく。頭に胴体、二本の手、二本の脚、そして翼のようなもの。胸部には二つのふくらみがあり、腰はキュッと引き締まっている。まさにその形は女性を思わせるシルエットだ。
「ふう……。久しぶりに外に出れたわね」
漆黒のもやは完全に女性へと変貌を遂げていた。黒髪のセミロングで赤い瞳、顔立ちもスタイルもかなり良い美しい女性だ。しかし背中で存在感をみせている翼が人間とは別の種族であることを明確に示している。
女性の姿を直視したバレルは驚きを隠せない様子だが、頬を赤く染めて少し目を背ける仕草をした。なぜなら、女性は生まれたままの姿でその場にいるからだ。健全な男子なら何かと意識してしまうのだろう。
かくいう女性は、手や足や翼を動かしたり、自分の体を目視で確認したりしている。自分の体がちゃんとあるかのチェックだろう。
しばらくの間、女性は体のチェック、バレルは顔を背けながらもちらちらと女性を見るという状況が続いた。
「そこのスケベ。なにチラチラ見てるのよ。気づいてるんだからね!」
ビシッとバレルを指さす女性。どうやらメンテナンスは終わったらしい。
「ご、ごめんなさい!! あ、あの良かったらこれ使ってください!」
女性の裸体をチラ見していたことがばれたバレルは、リュックサックをゴソゴソと漁り、中からタオルケットを引っ張り出した。そして、それを女性へと差し出す。
「なんでリュックからタオルケットが出てくるのよ……」
「寝るときにこれがないと寝つきが悪いんですよ……。あはは……」
照れくさそうに頭を掻くバレル。リュックサックがパンパンだったのはタオルケットを入れていたかららしい。こういう旅をするならば寝袋を持ち歩くのがセオリーだろうが、そこは個人の考えの違いというやつだろう。
「いらないわよ、別に」
「寒くないんですか?」
「私は魔族だし、寒さとかはあんまり感じないわね」
「そうですか……。でも、ボクが目のやり場に困るので羽織ってくれると嬉しいな~なんて」
「あら。人間の男ってこういう恰好の方が好きなんじゃないの?」
「それは、まあ、嫌いではないですけど、時と場合によるといいますか……」
「分かったわよ、もう」
女性は面倒くさそうに溜息をつくと、パンと指を鳴らした。
すると、一瞬でドレスのような衣服を纏ったのだ。魔法を使ったのだろう。
先ほどまとは全く違う雰囲気だ。黒いドレスを身に纏った姿は高貴なオーラを醸し出しており、気品すら感じさせる。先ほどまで一糸まとわぬ姿だったとは考えられないほどの変貌っぷりである。
「これでいい?」
「き、きれいだ……」
「へっ!?」
「それにカワイイし……」
「~~~~!!!」
ぼーっと女性を見つめるバレル。わずかに開いた口からは本心が漏れ出ている。また、そんな感想を聞いた女性の方は、驚いたように目を丸くして頬を赤く染めた。言われ慣れていないのだろうか。
「な、な、何よ! 急に綺麗とか言って! さっきまで私を抱きかかえて汚いだの重たいだの散々言ってたじゃない! 聞こえてたんだから!!」
話題を変えるように激昂する女性。耳まで真っ赤にした表情は、怒りからなのか恥ずかしさから来るものなのかは本人にしか分からない。
「いや、あれは壺に対する感想であって、貴方に言ったわけじゃないですよ!」
「そうね、壺が汚いっていうのはまだ良いわ! 重いって、それは私のことよね! だって中に入ってたの私だし!!」
「だって、中に誰かがいるなんて思わなかったんです! しょうがないじゃないですか!」
「開き直るつもり!? あの言葉、結構傷ついたんだからね! 今まであんな酷いこと言われたことないもん!」
全身に力を入れてプルプルとしている女性。赤い瞳が特徴的な相貌からは涙が零れ落ちそうになっている。
この女性はかなり表情も感情も豊かなようだ。自分のことを魔族だと名乗っていたが魔族とは皆こうなのだろうか。
魔族とは、遥か昔に栄えていた種族の一つである。魔王という絶対的な存在を筆頭に世界中を手中に収めていた。しかし、その繁栄も長くは続かなかった。人族から勇者と呼ばれる希望と勇気に満ち溢れた存在が誕生したのだ。勇者により魔王は討たれ、魔族はその姿を消していった。今の世界にも魔族は存在する。だが、統率力は無く各々が自由に動き回っているのだ。そのため、人類にとって脅威にはなりえないのである。
バレルが出会った女性型の魔族は現在世界を徘徊している魔族とは少し違うように見える。ここまで感情豊かで人間とコミュニケーションが取れるというのは考えられないことなのだ。
涙を溜める女性に対してバレルはいたたまれない表情をしている。ここまで人間と酷似していれば誰だってこのような反応になるだろう。
「ごめんなさい。女性に対してあんなこと言ってしまって……」
深々と頭を下げて謝罪の意思を見せる。
バレルの様子を見た女性はドレスの袖で目元を拭うと、
「……もう言わない?」
とバレルへと意思の確認を行った。
「二度と言いません」
「なら、許してあげる。今回だけだからね」
どうやら人間と魔族の異種間交流は双方の意思の疎通が取れ、事なきを得たようだ。
「ボク、バレルって言うんですけど、貴方の名前聞いてもいいですか?」
「ライラよ。サキュバスのね」
「ライラ……さん! あなたにピッタリの綺麗な名前だ!」
「あ、ありがとう……。よろしくね、バレル」
「はい!」
二人は握手を交わす。人間と魔族が手を取り合うという歴史的第一歩がひっそりと執り行われた瞬間である。