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 家路を急ぐ真人と瑞穂。

 瑞穂の回復と同時に、真人は魔力の供給を止めて傷の痛みを和らげるようにシフトチェンジしていた。


「こんな事も出来るんだ? 」


 自分へ流れ込んでいた魔力がなくなり、代わりに自分を支える手に力が籠る。それに加え、真人の足取りがしっかりとしている。


「まあな、魔導術の基本、強化の応用だよ。今の俺にはお前のような強力な魔法は使えないが、傷ついた部分を強化して痛みを和らげる事が出来る」


 ただの麻酔のように痛みを麻痺させているだけでなく、魔導で臓器を強化させているのだ。それには回復力の強化も当然含まれている。

 痛みを抑えた上で回復を早める効果は、万能感があった。


「ふーん、それって私にも出来るの? 」

「あ? 何云ってんだ。出来る出来ないの問題じゃなく、やってもらう。けど、お前が一番出来が悪い生徒になるのも理解しているから安心しろ」


 魔力強化が当たり前の戦いの中で、何の防御強化をしないのは命取りになる。

 以前、真人がスティルに手加減をされた一撃を喰らった事があるが、そんな一撃でも真人は丸一日動く事が出来なかった。否、丸一日でも足りずレインの治療を受けてようやく動けるようになった。もし、レインが上級の回復術を持っていなかったら、それこそ一週間以上の日数を無駄にしたかもしれない。だからこそ、供に歩く者には絶対に魔導術を使えるようになってもらう。真人は常にそう考えていた。

 だが、瑞穂は魔術士である。

 魔術と魔導は同じ魔力を使う者ではあれど、その使い方は正反対なのだ。魔力を変換する事に長けている分、魔力そのものを使う感覚を身に付けるのは容易ではない。


「私が良雄君よりも劣等生か…… 」


 魔に関わる事で良雄よりも劣るとされるのは、些か不満があった。勿論、瑞穂自身が良雄を嫌っての嫉妬でない事は分かっている。良雄よりも武力で大きく負けているのを認めているから、魔では負けたくないのだ。


「術士タイプである以上、それは仕方無い事だ。けどな、良雄は優等生じゃないからな。お前さえその気になれば負ける事はねぇよ」


 タイプ分けをすれば、瑞穂より適正力が高いというだけの事だ。まして良雄自身が魔導に魅力を感じていないのだから、瑞穂が努力を怠らなければそんな差はすぐに埋まる。だが、真人には一つの確信がある。


「まあ、良雄は次のステップに進もうとするだろうがな」


 良雄が今一乗り気にならないのは、ベルとの一戦が起因である。

 初めての試みで、あそこまで出来れば充分な才能といえるのだが、結果が伴わなかった為に良雄の中で苦手意識が芽生えてしまった。

 苦手意識は良いイメージを壊す最たるもの、どんなに良雄が振りほどこうとしても、中々払拭出来るものではない。何度試行錯誤を繰り返しても、必ず頭を過るのはベルを倒せなかった自分の姿なのだ。

 しかし、良雄は真人とレイサッシュの戦いを見ている。ならば、魔導が駄目でも自分の中の可能性を見出だしている── 真人には、そう思えてならないのだ。


「次のステップ? 中途半端なままで」


 一歩一歩進もうとしている瑞穂には、その気持ちは分からない。ステップとは基準を満たすから進めるものだと思っている。


「丸投げ、放り出しっぽいか? 」

「うん」

「ま、そんな考え方もありだと思うが…… 」

「が? どうなるの」


 真人の考えを聞かせろと催促の色が、瑞穂の声色に出ていた。


「停滞する事が分かっているのに固執する必要はないかな」

「努力もしないで投げ出すような真似しちゃ、何かを極める事なんて出来ないわ」

「確かに正論だよ。ただ、それは良雄が何の努力もしていないって聞こえるな。アイツのこれまでの努力は決して無駄じゃない。何が自分に向いていて、何が向いてないのか。その位は正格に把握してるさ」


 だからこそ、良雄は精霊術を求める。そして、それをレイサッシュが受け入れるかどうかの問題になるのだ。


 真人も薄々感じていたラフィオンの闇と言うべき問題── それが精霊術の在り方だった。

 以前、スティルが真人に伝えた言葉に「全国民が契約の儀を受ける権利があるが、それは強制ではない」と云うものがあった。

 それを聞いた直後は、国民の自主性を促す間違った政策ではないと納得をした真人であったが、程なくして小さな疑念を持ち始める。


 ラフィオンという国の政策としては間違っていない。だが、セルディアという世界でみればラフィオンは精霊術を独占していると言えなくはないだろうか。

 もし、精霊術がラフィオンに住まう者だけの能力であるならそれも良いだろう。しかし、実の所は契約の儀さえ行えば誰にでも精霊術を身に付けるチャンスがあるのは、ラフィオンに住まう者達の中で非精霊術士がいる事が明確な答えになる。


 契約の儀を行えば簡単に力が手に入るのに、何故全国民が契約の儀を受けないのか?


 その答えは、受ける事によるリスクが発生するからしかない。そして、そのリスクは精霊術士としての責務などでは決してない。

 何故なら国に従ずるのが嫌なだけならば、騎士団が存在するのはおかしい。精霊術士だけの部隊を作る方が合理的で強い国を作れる。

 それにも関わらず騎士団が存在するのは、一つの救済処置である事は明白だった。

 そして繋がる点と点、精霊術士になれぬ者が騎士となる線が見えれば、リスクの概容も見えてくる。


 ── 契約の儀を受けて尚、ラフィオンにいたければ騎士になるしかないってトコか。


 契約の儀に失敗した者の末路は、自分が普通の人間である事を証明する事。それは、自分達が特別な人間であるという意識を刷り込まれた者にとっては何よりも苦痛になる。


 ── 騎士達が精霊術士に向ける憎悪もこれなら頷ける。


 真人の想像はしっかりと太い線を作り、よもや間違いがないと確信に至るのだった。そして、


「良雄君に向いている…… あっ! だからレイを越えろって」


 真人がラフィオンについて考えていると、瑞穂も一つの答えに行き着いた。


「だな。勿論、魔導術の基礎は学んでもらうが、良雄はその先を見ている。ただ、精霊術を使えるようになるか否かは分からん」

「何で? 良雄君には才能がないの」

「否、その前の問題さ。鎖国的文化を学ぶのは簡単な事じゃないだろ。精霊術はよそ者が簡単に手に入れられるものじゃないんだ」

「何かめんどい話になる? 」


 だったら聞きたくないというような瑞穂の口調に、真人は思わず苦笑した。


「ま、めんどい話だよ。国の行く末を変える事になる程度には、な」


 真人の予想が当たっているなら、良雄の存在はラフィオンに一石を投じ、その結論如何では大きな波紋を作る事になる。


 ── だが、これはこれで…… 。


 国を変える程の大事に、真人は面白いと感じ一人ほくそ笑んだのだ。



「難しい話なら、自分の事で頭一杯の私には許容出来るスペースはないわね」

許容領域(キャパシティ)少ねぇな」

「うっさい。私の思考の大半を占める原因が宣うな」

「俺が原因か? んな、下らない事に少ない領域を使うなよ」


 その一言で、ピクリと動く瑞穂の眉。

 自分がどれほどデリカシーのない言葉を吐き出したのか、全くきづいていない真人に強烈な怒りを覚える。


「この男は…… んっ、丁度いっか。んじゃ、ご要望にお応えして一つ試すわね」


 そう云って瑞穂は真人の耳元へ顔を近付ける。


「何を試す気だ? 」


 背中から感じる空気が不穏な色を付け始め、


「お兄ちゃんが男になったのかどうか── よっ」


 と、真人の耳に齧り付いた。




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