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「アンタがそれを云っていいのか? 」


 レイサッシュが答えた直後、ベルが揶揄ではなく真剣な面持ちで久々に声を出した。


「別に問題ないでしょ」

「ふーん、あのふざけた浮島の存在証明(アイデンティティー)に関わる問題なのにか? 」

「何が存在証明よ。少なくても、私や姉様、ファリス様はそんな重要な事だなんて思ってないわ」

「思ってるのはクソ島に住む能無し共だよな」

「そっか、アンタ…… 」


 ベルはウォッカとして、ラフィオンの中枢に潜り込んでいた経験がある。その辺の内情はレイサッシュよりも詳しい。


「だとしても滑稽だな」

「五月蝿い、アンタに云われる筋合いはないわ」

「おいおい、何を突然嫌悪なムードになってるだよ」


 ここまでの事情を全く知らない良雄は、一人蚊帳の外にいる。


「コイツは私の国の人間を殺し成り済ましていた敵なのよ」

「は? マジかよ、ベル? 」

「殺したのは俺じゃないが、成り済ましていたのは本当だ。だから知ってるぜ。精霊術が浮島の特権じゃないってな」

「それ以上喋るなら、ラフィオンの神官長としてアンタを殺すわよ。例え、マサトの庇護下にいるとしても」


 ボロボロの精神状態であっても、レイサッシュは「ギッ」とベルを睨む。


「おお怖っ、だったら部外者は黙るとしますよ。だが、話し始めたのは神官長様だろ? 中途半端はお国柄か? 」

「ちっ! 」


 ベルの言葉は正論だ。何も知らない良雄にだってそれは分かる。だがたからと云って、


「俺の質問が火種になっちまったな。二人供悪ぃ…… けど、レイサッシュさんは俺が答えてくれって頼んだ事は答えてくれた。だから、中途半端って事はないだろ」


 別に聞きたい事が聞けたのだからもういいじゃないか── そう云う意味合いで良雄が云うと、ベルは不満げな表情を浮かべる。


「人が良すぎるよ、アンタ。直さないと確実に騙される側の人間になるぞ」

「まあ、騙すより騙される人間になれと云われて育ったからな」

「アホな親だ。みすみす不幸になる選択を推奨するとはな」


 吐き捨てるようにベルが云うと、良雄は苦笑を浮かべながらベルの頭をくしゃくしゃに撫でた。


「別に不幸になるとは限らねーよ。散々騙された今に於いても、俺は不幸だなんて思った事はねぇし、騙される事によって得られる幸福がある事も知ってるしな。

 騙されるのがダメじゃねえんだ。騙されちゃいけない奴に騙されるから不幸になるんだよ」

「俺は騙されちゃいないぞ」

「まあ、そういう事にしておいてやるよ」


 そう云いながら、ベルの頭を撫で続ける良雄。レイサッシュはそんな二人を見て、仲の良い兄弟のように思えた。


 ── 良くこの短時間で手懐けたものね。


 レイサッシュは素直に感心する。

 ベルは頭が良い故、擦れた子供であり、自由を履き違えた者だとレイサッシュは評価していた。

 この手のタイプは、自分にとってプラスになる者と判断しなければ決して擁護したりしない。だが、先程のベルは明らかに良雄に生じる不利益を不満としていたから出てきた言葉だった。

 ベル自身に自覚はないのだろうが、少なくとも良雄を気に入り信じようとしている。


 ── 確かにコイツにベルを預けたのは正解みたいね。それでも、マサトが意図する役割をベルに任せるのは危険だわ。


「ベル、アンタはこの先どうしたいの? 」

「何でそんな事を聞く? 」

「質問してるのは私なんだけど」

「意図が分からない質問に答える必要はないだろ」


 何も考えない返答は危険な事── そんな基本を楯にベルは言葉を濁す。


「あっそ、なら意図が分かれば良い訳ね。アンタが私達と来るなら、ただ居候然としていられるとでも思ってるの? 」


 敵を受け入れ、何もさせずに飯を与える。そして捕虜としての価値もない。そんな状態を善しとする程、レイサッシュは甘くない。

 ベルに利用価値があるからこそ、助け仲間になれとしているのだ。


「働けって事か? 」

「当たり前でしょ」


 セルディアでは10歳を越えれば殆どの者が働いている。働いていないのは貴族の子供ぐらいのものであり、そういう者達も領地を統べる為に学問に勤しんでいる。だから、レイサッシュとベルの会話は普通の事なのだ。しかし、こちらの世界── 否、日本で育った良雄には違和感が拭えない。


「いやいや、ベルの歳で働かざる者食うべからずはないっしょ。それ以上に覚えるべき事は山ほどあるはずだ」

「例えば? 」

「…… 」


 レイサッシュのたった一言で、力んで作った良雄の握り拳が弛んで開いた。


「アンタ、ほんっとに何も考えない人ね」

「いや、だってさ…… 円滑な人間関係の築き方とか、コイツに足りてないものは出てくるよ。しかし、なあ…… 」


 学ぶべき事は出てくるのに、良雄が口籠るのはベルにどう教えれば良いのか分からなかったからだ。


「普通なら、学校という学舎で集団生活を送る事で多少也見えてくるもんなんだが、こっちの学校に通わす事なんか出来ないし」


 万が一通わす事が出来たとしても大問題がある。


「そもそもコイツに余計な力を預けて、間違った人付き合いを教えた馬鹿がいるってーのが問題だ」


 ベルが学んだ事は力を以て人を制する事だけだった。

 力で抑えつけるのは強制で、力を使い人を律するのが共生である。共に人の上に立つべき者の選択で変わるものだが、下を支える者達は天国と地獄ほど環境に違いが生まれる。

 そんな重要を今から教えようとしても、良雄にはそれを伝える知識も経験もないのだ。


「間違った人付き合いって何だ? 使える奴は使い、使えない奴は切る。それだけだろ」

「これだよ…… そんな考えだから、自分が切られても怒る事も出来なくなるんだよ」

「俺は考えを改めるなんてしないぞ。使える奴と使えない奴がいるのは、純然足る事実だ」

「だな。けど、使える使えないはその場に於ける状況によって変わるもんだろ? 一見使えねぇなコイツ…… とか、思ってもある特定分野になれば神や英雄になる奴だっている」


 その手のタイプは生産性には特化していない場合が多く、一般人からすればやはり「使えねぇ」と軽んじられるケースが殆どである。しかし、一芸に秀出ている以上、ちゃんと己にあったステージに立てば、普通のサラリーマンなど及びつかない収入を得る事もあるのだから、瞬間で人を評価するは間違っていると良雄は思うのだ。


「別に俺の価値観を押し付ける気はねぇよ。ただ、違う見方をしてみるのいいんじゃねって事だ」


 三つ子の魂百まで、一度固まった考えを変えるのは根気のいる作業になる。


 ── ゆっくりと付き合ってやるよ。


 何故そこまでするのか、良雄本人も分からないまま決意した。




 ……………………………………………………




「お願いに上がりました」


 里美が美沙の顔をじっと見る。


「お願いねぇ…… 何を頼み来たのか分かるから聞く必要ないと思うけど、それでも云う? 」


 真剣な里美に対して、美沙は軽く往なすようにあしらう。


「はい、そして断らせません」

「それ、お願いじゃなく脅迫って云わない? 」

「いいえ、お願いですよ」

「ふう、仕方無いわね。いいわよ、好きなだけ監査しなさいな。どうせ結果は変わらないんだから」


 そう聞くと里美の顔が更に強張る。


「じゃ、そういう事で貴女はもう帰りなさいな」


 外へ出るドアではなく、無限回廊(メビウスロード)に繋がる扉を見る。


「ですね。アイツ等もう帰ってくる事ですし」


 里美もその言葉を受け入れて、無限回廊へ足を進めた。


「あ、そうそう…… これだけは云っておかないといけませんでしたね。

 確かに私は瑞穂を甘く見てました。だから、これだけのダメージを負いました。でも、貴女が思うほどの才能が彼女にあるかは疑問に思ってますわ」


 姿を消す直前にそう言い残す里美。 美沙の返答など聞く気はない。


「…… それこそ愚問よ、里美さん。あの娘の才能は生まれる前から分かってた事だもの」


 誰も居ない部屋で一人誰も聞く事のない返答を、美沙は記憶にいる女性を思いそう呟いたのだった。




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