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「お兄ちゃん、キツい── よね」
じっとりと汗ばんだ真人の首筋とペースダウンした速度。それが真人の状態を如実に顕している。
そして、その原因は自分にある。なるべく心の動揺を悟られない様に振る舞っていたが、良雄達が離れ二人になると瑞穂は動揺を隠せなくなった。
「お前が気にする事じゃねぇよ」
「…… 」
流れ込んでくる力の多さに「動揺するな」と云われても無理な話であった。
「隠しても仕方ねぇから云うが、確かにキツいぞ。けどよ、これは嫌なキツさじゃない。大切な妹の為に体を張れるなんて、兄貴冥利に尽きるだろ」
「妹か…… 」
真人が、大切に思ってくれているのが嬉しくないはずがない。だけど、妹という立場からは抜け出せない。そんなもどかしいジレンマがある。
「けどな、これからはこんなフォローは出来なくなるぞ」
「えっ? 」
決別と取れる真人の言葉に瑞穂は息を飲む。しかし、
「えっ、じゃねぇよ。俺達と一緒に来るんだろ? だったら、毎回こんな事をやらされたら俺の身が保たねぇ」
「ええっ! 」
今度の「えっ」は、明らかに違うトーンで発せられた。
「何だ、来ないのか? 」
「う、ううん、そんな事ない。行く、行くよ。でも、私はまだ課題をクリアしてないよ」
「課題か、お前は何も分かってないな。美沙さんが何て云ったのかよく思い出してみろ」
「お母さんが云った事…… 」
瑞穂の中で課題は、魔法を自在に使いこなす事だと決め付けていた。だから、美沙の言葉がどんなものだったか、すぐに思い出す事が出来ないでいた。
「まさか忘れたのか? 」
「…… えへっ」
「…… ったく、いいか。美沙さんは、魔力を操作出来るようになる事が条件だと云ったんだ。魔法を自由自在に扱えるようになれとは云ってないだろう」
「どう云う事? 」
瑞穂の魔力許容があれば、魔力操作が出来れば大概の魔法は使える。だから、魔力操作と魔法を使いこなす事を、同義として捉える事は間違った解釈ではない。
「根底でお前は勘違いしてるな。んじゃ、ざっくり説明してやるが、下級魔法は、魔力さえあれば誰でも使えるものなのに対して、中級以上になれば魔力操作は絶対に必要な能力になる。そんでお前は、最上級魔法である七聖竜の咆哮を使った訳だ」
さすれば当然、瑞穂は魔力操作を身に付けているという事だ。真人の解釈が正しいのなら、美沙の出した課題はクリアしているという事になる。
「じゃ、じゃあ…… 」
「もし、美沙さんが因縁をつけたとしても俺が味方についてやるよ。後はお前の気持ち一つだ」
そんな事にはならないだろうけど…… と、真人は思う。
そもそも美沙がこの条件を出したのは、瑞穂を行かせない為ではなく、渋る真人を納得させる為としか思えなかったからだ。心の底から行かせたいとは思ってないが、瑞穂の気持ちを最優先しているようだった。
そして、瑞穂の気持ちは揺らいでいない。ならば当然、次のフェイズへと状況は移動する。
「で、そうなると新しい問題が浮かび上がる」
「うん、それは分かるわ。このままじゃ、私は何の戦力にもならない」
一発逆転の大技を持っているとしても、その技が出せる状況になるとは限らない。
戦いの基本は小技を積み重ね、大技への布石を打つ事にあるのだ。言い換えれば小技を持たぬ者は弱いという事になる。
そして、これも当然の事だが弱点は狙われる。今のままで瑞穂が戦場に立つという事は、皆が案じる分、一人が漬物石を背負って戦うより質が悪い。
「そうだ。使える力があるから連れて行く。だが、足を引っ張るだけの存在になるのなら、結局は付いて来れなくなる」
付いて来れなくなるだけならまだいい、凄惨な結果がやってくる事も大いにあるのだ。
「付いて行った結果がそんなんじゃ、私は自分が許せなくなるわね」
真人の首に掛かる瑞穂の手に力が籠り、スリーパーフォールドのような格好になった。
「げっ!瑞穂…… 苦しい」
ポンポンと腕を叩き、ギブアップの意思表示をするが瑞穂はそれに気付かない。
「お兄ちゃん── 私は足を引っ張らずに付いて行けるのかな」
「云っただろ、後はお前次第だってな。それに俺はお前の味方だとも云ったよな。仲間の為なら、あらゆる手助けをしてやるよ。
だが、その前に── 」
ポンポンと叩く回数を三割増して、真人は必死に首が締まっている事をアピールしたのだった。
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「なあ、アンタ、マジで寝てるのか? 」
真人の先を行く良雄は、レイサッシュが起きていると知りつつ、そう声を掛けた。
反応がなければ、別にそれ以上の行動はしない。これまで通り、黙々と帰路を急ぐだけだ。
「何か様? 」
だが、拗ねたような口調ではあるが、レイサッシュは答えた。
不安や憤りはあるがそれは良雄に対してではないのだから、無視する事が出来ない。
「一寸、相談があってな」
「相談? 私に? こっちじゃ何の役にも立たない小娘に乗れる相談ならどうぞ」
不安も憤りも自分の力の無さ故のものだ。だからこんな態度は八つ当たりに過ぎない。
無視する事が出来ない癖に、こうして背中を貸してくれている良雄に当たる。そんな自分をレイサッシュは面倒臭いと自覚していた。
「やさぐれてんなぁ…… 」
「余計なお世話よ」
「へいへい、ま、答えてくれるってんなら云うよ。アンタが使う精霊術ってどうすれば使えるんだ? 」
「は? 」
良雄は魔物喰いの欠片を持つ、今はまだ未完の魔術士である。それが精霊術に興味を持つなんて、レイサッシュは想像すらしなかった。
「いやさ、何か俺、この魔物喰いを使いこなせる気がしないんだよな。性に合わないっていうか。イメージが全然出来ないんだ。魔力を扱うのにイメージ力って大切なんだろ? 」
「ちょ、一寸…… 貴方、精霊術を舐めてるの? なら、この場で絞め落とすわよ」
魔法程にイメージ力を必要としなくても、精霊術には魔導以上のイメージ力が必要になる。それをあっさり簡単に使える力などと思って欲しくない。
「いやいやいや、本気で舐めてない。ただ魔力を操るより、炎がブァーとか雷がドキャーンとかの方が想像しやすいんだよ」
「…… 頭悪そうな表現ね。あ、馬鹿だったけ? 」
「あんまストレートに表現するなら放置してくぞ。って、んな事どーでもいいんだった」
「いいんだ…… 」
── 人間の尊厳って軽いわね。
などと思いつつ、レイサッシュはクスリと笑う。
少しだけ心が軽くなった。
「で、どうすれば使えるようになる? 」
「それは…… 」
精霊術を使えるようになる経緯を話すのは簡単な事だ。しかし、その先にある真実はラフィオンの存在価値に関わってくる重要な機密事項である。
恐らく、良雄や瑞穂ならその疑問に行き着く事はない。だが真人なら、
── 気付くでしょうね。ううん、多分もう既に気付いているかな。
少なく見積もっても、可能性は感じているはず。そこに更なるヒントを加えてしまえば、完璧な答えに行き着く事だろう。そして、その答えを導かせて良いと判断出来る権限が自分にあるのか…… そう考えて、レイサッシュは答えに窮するのだった。
「何だ? これってそんなに答えづらい質問なのか」
返って来ない答えに良雄は「空気を読む」という能力を発動させた。
普段は眠りこけている癖に、いざというときだけはしっかり発動するのは流石だ。だが、次の質問は頂けない。
「だったら、これだけ答えくれ。俺に精霊術を使える可能性はあるのか? 」
答えれば問題に抵触する質問だった。だが、レイサッシュは笑って答える。
「あるわ」
─── と。
それは、レイサッシュにとって、良雄を信頼に値する人物と認めた瞬間でもあった。




