第六十四話 囚人は議論する
遅くなりました。皆様インフルエンザにはご注意を。
図らずしも全員が複数レベル上昇するという慶事にあったラグスたち一行は、その後、幾日かラグスの怪我の療養にあてた。
ラグスたちは周囲にいる囚人たちが巻き起こす喧騒に辟易としながらも、迷宮内の秘密を盗み聞きされることを厭い、疑問も封印していた。そういったことを相談することもなく互いに行えるようになっていることが、彼らの成長であり、彼らの信頼の証明でもあった。ただし、互いの氏素性をそれぞれが知っているわけでもなく、また積極的に話すはずもない。だから、彼らには会話がほとんどなかった。それも致し方のないことである。
しかし、それらの行動が結果として情報の収集につながった。ラグスたちが迷宮内の秘密を語らなかったからと言って周囲もそれに倣うわけではない。ディックは、癖なのか習い性なのか、はたまな別の何かなのか語ることはなかったが、周囲の微かな声からさまざまな情報を得、それをロイに伝えていた。
ロイはザグンの背に隠れながら、それらの情報の精査をするために沈思黙考し、たまにラグスにスキルを使い続けたし、ザグンは周囲に敢えて威圧感を与えることで他の囚人たちと距離を置こうとしていた。
そうした行動を四人がとりながら幾日かが過ぎ、ラグスの怪我もロイの水属性の自然治癒力上昇のスキルをほとんど絶え間なく掛けられたことにより快癒といえる状態まで達した。いくつかの情報を得、更なる疑問を募らせながらも、ラグスたちは相談することもなく迷宮探索復帰へと準備を進めたのである。
必要物資を豊富とはいえないが幾ばくか余裕のできたコインで賄い、準備を終えたのが囚人房へ帰還してから八日後のことであった。
そんなラグスたち一行は、周囲の警戒を疎かにはしていないが、これまでの激戦に比べ、所詮一階層であるという気軽さも手伝ってか、軽快な足取りで一階層を進んでいた。それが如実に特にラグスの歩調に現れていた。
ディックは仕方ないといった態で苦笑いを浮かべながら、ラグスの歩みを見る。見られていたことに気が付いたのか、ラグスは照れ隠しか、鼻を人差し指で掻く。そんなラグスの肩をザグンが軽く叩き、ニヤリと笑みを浮かべた。
そんな一行が一階層の中間くらいまで歩を進めたあたりで、ロイが周囲をうかがいながら、これまで疑問だったことをラグスたちにぶつける。
「そういえば階層転移のアイテムは手に入れられてないですね」
ふと思い出したかのように誰にともなくロイが言葉を告げる。
ラグスたちは、告げられて初めて気がついたような表情を浮かべる。
階層転移のアイテムは、様々な形をしており、一概にこういう形というものではない。また、通常の迷宮であれば五階層毎に階層転移のアイテムを手に入れることができるのであるが、確かにラグスたちは未だ手に入れていない。
つまり、ラグスたちと合流を果たした階層か、それ以降の階層を攻略しなければならないということになる。
次の階層に進む際に門番のようなモンスター(単に門番と呼ばれることが多い)がいる場合は、冒険者が門もしくはそれに類するものをくぐり抜けると一定時間で復活する。要するにこれまで倒してきた門番をもう一度攻略しつつ、進む必要があるのだ。
またこの門番を討伐すると階層転移のアイテムを取得することが多い。
「しかし、ゴーレムで得られると思ったのですが、普通の迷宮とは違うということになるのですかね」
今度は周囲に問いかけるようにロイが言葉を続ける。
昨夜、合流前の各自の状況を簡単に話し合っていたため、スムースに会話が続く。
「あ~、確かにそうかもしれないね。俺に憑依?」
不意に疑問を呈するラグスに、なんのことかわからないザグンとディックは視線を泳がせる。それに対しロイがまるでエスパーかのようにフォローをする。
「憑依というよりは寄生じゃないですかね」
ロイのフォローが適切だったのかラグスがそうだそうだとばかりにうなずき、
「ああ、そう! それだ! 俺に寄生したモンスターも聞いたことないし、この迷宮は普通じゃないのかもしれない」
と話を続ける。
「ふむ、そうかもしれぬな。一階層と二階層には謎かけはあったが、三階層以降では昇降機以外では見当たらぬしな」
ラグスの言を受けて、ディックも何事かを口にしようとしたが、先にザグンが口を開き、新たな疑問を提示する。
何か口にしようとしたディックに気がついたのかラグスが話を続けるように視線をディックに送るが、ザグンと同じようなことを言おうとしたのか、トボけた表情を浮かべた。
そんなラグスとディックの様子を気にしていないのか、気がついていないのかロイが口を開く。
「これまでの道程を一度しっかり整理したほうがいいかもしれませんね。状況に対応するだけで手一杯だったので、もしかしたら何かしらの見落としや間違いないし、勘違いを犯しているのかもしれません」
ロイのその言葉に全員が強く頷く。それらを見てロイは満足気にうなずきを返した。
しかし。彼らはすぐにそのことを話続けなかった。
今そのことを話続けるにはリスクが高すぎたのである。モンスター、囚人それ以外の危険因子も含まれるかもしれない。彼らにとって安全と呼べる場所も、いえる人も極端に少ない。だからこそ、愚を犯さなかったし、さらに周囲への警戒も怠りはしなかった。少なくともそれらをまとめて話すには、情報の流出を含めて彼らにとっての潜在リスクであり、誰しも自分の命をベットした賭けにリスクを冒したくないのだからそれをコントロールしようとすることは当たり前であった。
周囲を伺うようにロイが辺りを見回し、ディックに視線を向ける。しかし、ディックはそのことに気がつかず、周囲への警戒を続けている。それは先ほどの話し合いによって、見落としがないか丹念にみているようでもあった。
もちろん、未だ一階層であるから見落としていたとしても些細なものかもしれない。しかし、それゆえに致命的な見落としかもしれない。そんな思いなのか、ディックは険しい表情で周囲を警戒していたからなのか、ロイの仕草にも気がつかなかった。
そんなディックの様子にロイはまた満足げに一人頷いていた。




