第六十五話 囚人たちは出会った
ラグスたちは、隠し扉や未踏破の区画がないかを探し始めていた。それはリハビリを兼ねてのものでもあった。何しろ命を掛け金としているのだ、注意してもしすぎということはない。
周囲の警戒に当たっていたディックが不意に立ち止まる。
それに気が付いた他の三人も同時に立ち止まる。それを確認したディックは床に耳を付け、目を閉じる。
その行動を見た三人は、何事かが近くで起こっていると周囲の警戒を厳とした。
しばらく、目を閉じていたディックが目を開くと同時に口も開く。
「この先で戦闘が起こっている」
進行方向を見つめながら、ディックはそう言った。ラグスはしばらく目を凝らしていたが、何も見えなかったのか首を振りながら、ディックを見る。視線を感じたのかディックは苦笑いを浮かべながら、「しばらく先だ」と補足した。
先ほどよりも慎重な足取りでラグスたちは歩をすすめはじめた。
迷宮内で他の探索者と遭遇しそうな場合、通常であれば一定の距離を保つ。同じ進行方向であれば、極力それを変更することで接触をさけるものである。また、接触が避けられない場合、極力友好的にふるまう。これが迷宮を探索するものが一番に守らなければならないルールである。
それはなぜか。新人冒険者がほぼかならずぶち当たる疑問である。そしてそれに対して先達はこう答える。「興奮した他の冒険者にモンスターと間違えてぶっ殺されて後悔すらできなくなるのはいやだろ」と。
世の中の大抵のミスは取り返しがつく。しかし取り返しのつかないミスもあるのだ。それは彼らにとって身に染みていた。
とはいえ、進行方向を転換するほどのものでもないと判断したのか、彼らは歩を進める。歩を進めるごとに、静かな、しかし激しい争いの音が聞こえてくる。どうやら相手はゴブリン種のようであった。
甲高い威嚇声と肉と骨を打つ音、そして液体の飛び散る音。迷宮内ではよく奏でなられている迷宮組曲であった。
そんな組曲が耳を掠めるが、ラグスたちの表情は一切変化しない。先方から炎の明かりが見えてくる。
ザグンが左手を上げ、全体を止める。これ以上の進行は相手を刺激する可能性があった。その相手がモンスターでも冒険者でもなにも変わらない。
眉間に皺を寄せながら前方を注視ししているディックが、
「前方に人、三」
さらに睨め付けるように炎のあたりを見てさらに口を継ぐ。
「モンスター、二……一……もうすぐ終わりそうだ」
ディックがそう告げると、そこから数瞬の間があり、
「終わった」
ディックはそう告げた。
周囲を警戒していたラグスとザグンがディックを見る。視線を感じたのか、目線は前方に向けたまま、
「もうちょっと待て」
冒険者は、戦闘終了時こそ油断大敵と警戒を密にする。せっかく自力で倒したモンスターである。他者に上前をはねられるのは誰しもがいやであろう。その他者が誰であろうとも。利益の天秤が傾けば、他者がどうなるかわからない。だからこそ、警戒するし、必要なことはできるだけ真実を語ろうとするのだ。それがたとえ仲間であろうとも。
前方を警戒していたディックの眉が跳ね上がる。
「新入りか」
ディックの表情の変化に気が付いたロイの視線に応じたのか、その理由を口にする。
「前衛2と後衛1、魔法未確認だ」
さらに続けて新入りのパーティ構成を告げながら、松明を持っていない右手で、抑えろ、もしくは待てのジェスチャーをする。
なにか動きがあったのかとザグンとラグスは緊張の面持ちとなった。二人ともが軽く腰を落とし、武器を握る手にも力が入る。
これらの動作を瞬時にとるのは囚人迷宮特有といえよう。通常であればどのような武器でもウェポンホルダーを準備し、そこに武器を収めて移動する。鈍器ならまだしも、刃物を裸で持って移動していれば、何かのはずみで傷を負ってしまう、ないし、傷をつけてしまう恐れがあるから当然である。
また抜剣状態、またはそれに類する即座に攻撃できる状態で、友好的に振る舞われても友人であろうが信用できるわけがない。
特にラグスたちのような新人囚人では、日々の食料入手を優先するあまり、ウェポンホルダーを仕立てるのは二の次になっているのは致し方のないことである。しかし、それはラグスたちの都合であり、相手に通用するとは限らないのも確かであった。
「来るみたいだ」
ディックがやや硬い声でそう告げる。ロイの目がやや細目になり、前方へ視線を向け、しばらくすると光が揺れながら近づいてくる。ディックの言葉が証明された瞬間であったが、誰もが口を堅く閉じていた。
もうしばらくすると先ほどディックが告げたように暗闇の中で松明の光の下に三人が浮かび上がる。その三人の顔は疲労に染まっており、非常に暗いものであることがわかった。
三人の表情を見たザグンの顔に緊張が走った。
命をかけるようなストレスの掛かる状況、環境に置かれた人間は、何をするかわからない。言い換えれば、その者の人間性がもろに表出する状況である。しかも、ありがたいことにここには犯罪者とされたものが収監されている場所でもある。何をして、ここに収監されたとしてもその特殊性は良い方向に進むものとはいえないのは確かであった。
そんな三人組が前方から歩いてくるのであれば、警戒してしかるべきであるし、それを責めるものは通常であればいない。そう通常であれば。さらに問題なのは先のザイードの件もある。
だからこそ、一層の緊張感を持つラグスたち四人であった。
ディックが手で右の壁によるように指示をだす。誰も文句を言わず右壁側による。
しばらくして、三人組がより観察できる距離に近づいてきた。その中の一人は足を引きずっているし、また別の一人は、軽く腕を押さえていた。その状況を見る限り、回復系の魔法を使えるものはいないようであった。三人組もラグスたちに気が付いていたのか、視線を向けている。何かに気が付いたのかその三人は目を炯々とさせながら、ロイに視線を一斉に向けた。
うつむき気味でいたロイは、三人組の視線にビクッと肩を震わせる。
三人の視線に気が付いたラグスが、ロイへの視線を遮るように少し移動する。ロイはそのラグスの行動に安堵の表情を一瞬浮かべる。そんな様子を視界の端で捉えていたディックが三人組に声を掛ける。
「なんだよ」
その声掛けを待っていましたとばかりに、三人組のうちの特に怪我を負っていないと思われる一人が口を開く。
「そいつ、魔法が使えるだろ」
ロイの方を指さしながら、そんなことをいう。ラグスたちが療養の日々を送っていたときに、ロイがスキルを行使しているのを幾度もみたのであろう。監房でスキルを使うということは、所持スキルを広く開示しているのと同じである。囚人という狭いコミュニティの中である全員がそのことに気が付いていると考えるのが当然であろう。
マジックユーザーであるロイは、体力的には前衛職に劣るのはそれが仕事ではないことから当然のことであった。故に対人戦の場合、狙えるのであれば戦闘が始まった直後に狙うのは常套手段である。前衛に手間取ってしまえば、それだけ隙が生まれやすくなってしまうのであるから。
また別の問題もある。それは囚人の掟であった。中でもパーティに関する掟がここでの対象となる。囚人迷宮には基本的に四人一組で送られてくる。四人になるまで別の場所で収監されているのである。その同じ期に輸送された四人組でパーティを組むのであった。例外としてパーティが二人以下になった場合、他のメンバーの減ったパーティに組み込むことが出来るというものである。
相手は三人組、ここでロイ以外の三人が倒れればロイは、この三人組のパーティではないかもしれないが必然的に他のパーティに入らざるを得ない。三人組からしてみれば、マジックユーザーを手に入れる機会が得られるだけでも望外であろう。
どちらもラグスたちには望ましくない状況である。それゆえに表情が厳しくなるのも否めない。
しかし、こうも早く本人ないし、そのパーティメンバーに対しスキルについて指摘してくることに違和感を覚えたディックが、指摘した本人に問いただす。
「だからなんだよ」
なにか言いにくいことを口にしようとしているのか、わずかに言い淀み、わずかに視線を下方に逸らす。しかし、意を決したのかディックの目を見ながら口を開いた。
「回復魔法を俺たちにかけてくれねぇか」
そのあまりにも予想だにしていなかった言葉にラグスたち全員がポカンと口を開くのであった。
遅くなりましたが、あけましておめでとうござます。本年もよろしくお願いします。




