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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
第一章 囚人たちの浅層攻略
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第五十八話 囚人と別れと

お久しぶりです。

「ラグス、目は覚めんのか」


 その言葉は、斬撃の風切り音にかき消される。苦々しい表情を浮かべながら、斬撃を回避したザグンは、両の手にある武器を握りしめる。それはいささかの躊躇をしめしているかのようであった。そんなザグンを意に介さず、嗜虐にみちた嫌悪感のある笑顔を浮かべ、攻撃を繰り返し行うラグス。


 ラグスを見据え剣呑な表情になったザグンは、ラグスの袈裟にかかった斬撃を打ち返すやいなや、カウンターのごとく右手首に打撃を加えようとする。

 

 その意図に気が付いたのか、ラグスは数瞬早く手首を引くとともに刺突を繰り出す。ザグンはその刺突を間一髪といった様相で、メイスのような武器の先端--花のような形となっている部分--で軌道をそらせる。迷宮内に金属がこするような音が鳴り響いた。


 その音とともにザグンは、口を僅かに開きかけるが何かに躊躇したのか、口を堅く閉じなおした。それと同時にまるでソードブレイカーを扱うかのごとくメイスで抉りながら左手の鉄の棒でラグスの体に突き込む。

 

 ラグスは、当然のごとくその突き込まれた鉄の棒を盾で弾くと同時にそのまま盾をザグンに押し込んだ。ザグンはたたらを踏むかのごとく数歩後ろに下がらされると同時にラグスの武器を解放してしまう。


 崩し、崩されてしまった態勢を両者ともがその一瞬で立て直す。


 しかし、ザグンはその立て直した瞬間、体を数回淡く光らせる。


「これ以上は埒もない。全力でいかせてもらう」


 そういった瞬間、両手の武器をラグスの盾に向かって打ち込む。≪槌術:スマッシュ≫と≪両手利き:同時攻撃≫の同時発動であった。それはまさしく現状のザグンの全力攻撃といえるものであった。


 ある程度補強されているとはいえ、木材であることから耐久度は金属のそれよりも当然に劣る。それゆえにラグスの盾は、バカンッとあっけなく砕け散る。それだけにはとどまらず左手の手首にまでその衝撃を及び何か硬質なものが折れる音も鈍く聞こえてきた。


 ラグスは痛痒も感じないといった表情であったが、脂汗を額にびっしりとかき、下腕の中ほどから左手の力がはいらないかのようであった。


 その様子を、羅刹かのごとき表情で見据えるザグンは、追撃の手をゆるめなかった。右手のメイスを振りかぶり、まさに頭頂を打ち砕かんばかりの打撃が撃ち込まれる瞬間、金属音がまたも迷宮内に鳴り響いた。


「おっと~、お仲間に怪我させるなんて、酷い御仁だなぁ」


 ザイードがザグンの攻撃を下げていた剣で防いでいた。まさにお前が言うなという言動にザグンが反論しようとしたところで、ラグスがザグンの体に突き込んでくる。


 反論のする暇もない状況に、罵詈雑言を表情に留め、薄皮一枚分ほどよけきれず、わき腹に軽い裂傷を負ってしまう。


「ぐっ」

「ザグンさん!」


 ザイードを相手していたロイが、痛恨の極みといった表情を浮かべながら体を淡く光らせる。それをみたザイードが、


「おや、ラグスさんは回復しないのかい」


とのたまう。ロイは顔を引きつらせながら、周囲に石を浮かべ、ザイードに向かって射出する。ザイードは石弾を回避しながら


「おお、おおう、怖い怖い」


 そんなことを言う。


「どこまで人を虚仮にすれば気が済むのか」


 怒りを通り過ぎて悟りでも開いたかのごとく無表情なザグンは、いまだ血の滲むわき腹に構わず、体を淡く光らせる。その行動に警戒心を露わに構えなおすラグスとザイード。ザグンが左手の鉄の棒を水平に払う。それを剣で受け止めるラグス。と同時に裏拳と同じ原理で右手のメイスをラグスの剣にたたきつけた。ザグンの鉄の棒は何とか受け切れたが、スマッシュの威力が秘められたメイスの攻撃までは右手一本では受け切れなかったのか、ラグスは吹き飛び、壁に叩き付けられる。その瞬間、ラグスの口が大きく開けられ、どこから出しているのか妙に甲高い苦鳴にも似た声が発せられた。


「キィイイイィッィィイイイイイィイイッ」


 その化け物じみた声を発するラグスをみたザイードは忌々しげに舌打ちをし、ザグンとロイに向きなおる。


「なんてことをしてくれるんだ」


 ラグスは、口、鼻、耳、目から白いドロッとした液体を吹きだしていた。明らかに異常である。ザグンは意図せず、ザイードの係累にクリティカルな被害をもたらす行動をとったようであった。


「あ~あ、せっかくあとちょっとでお仲間が増えると思ったのによぉ」


 その言葉を聞いてロイが眉を顰める。真意を確かめようとロイが口を開きかけたところでザグンが言葉を発する。


「貴様の世迷言はすでに聞き飽いだ。ここはすでに戦場。武器で語れ」


 無表情のザグンは、そのまま言い放つと淡く体を光らせながらザイードに打ち掛かる。厳しい表情を浮かべながら、ザイードは、その打撃を回避しながら、斬撃を繰り出す。ザグンの打撃は空を切り裂きながら、水面を打ち据え、メイスに秘められたスキルによる威力によって波力が生まれる。ザイードはその波力によって重心を強制的に不安定にされることによって攻撃をし損ねた。


 その瞬間、ザグンの目には水中に見慣れた顔が映し出された。その顔は一瞬吃驚したような表情を浮かべていたが、すぐにニヒルな笑顔を浮かべ軽くうなずく。それにザグンは反応することなくザイードを見据えなおした。

 

 ザグン、ザイードの両者ともがずぶ濡れになりながら、また相対する。ザイードの目にはザグンとじりじりと射線を確保しようとしているロイの姿が映し出されていた。二対一の攻防、明らかにザイードのほうが無勢である。そのことに苦々しい表情を浮かべ、自分にまだ切れるカードはないか模索する。その時点ですでに焦りが出ていることをザイードは自覚していなかった。


 ザグンが左手の鉄の棒で打ち掛かり、それを剣で防御しながら、前蹴りを放つことでロイの射線に入らないように位置取りをしつつ、自分の攻撃態勢を整える。前蹴りによって前に出された足を地面につきつつ、その勢いで袈裟に斬る。しかし、ザグンもそれを予測していたのかメイスの先端によってそれを防ぎ、まるで鍔迫り合いの様相を呈した。もっともザグンの場合はメイスの先端であるから鍔迫り合いほどには肉薄はしていない。さらにザグンのほうが筋力が上なのか、歪な態勢ではあるが、つり合いが取れているのは奇妙でもあった。


 ザグンは左手の鉄の棒を手の中で滑らし、ちょうど中央あたりで握りなおすやいなや、右手の力を抜き、ザイードの態勢を崩す。そのうえで左手の鉄の棒を側頭部に突き立てるかのごとく打ち据えようとした。


 鉄の棒の動きを視界の端で捉えていたザイードは、態勢を崩すと同時に抵抗せず、そのままの勢いでしゃがみこみ、ザグンの左手がザイードの頭の上を通過すると同時に立ち上がった。


 ザイードがニヤリッと笑ったその瞬間、ザイードの背後の水面が膨れ上がる。その先端にはククリのようなナイフがあり、それがザイードの腰に突き刺さった。


 驚愕の表情を浮かべたザイードは、口をまるで餌を強請る鯉のように開閉しながら、その衝撃の原因を視界に収めると、そこにはアルカイックスマイルを浮かべたディックが居た。


「油断大敵だ」


 そうディックが言った瞬間、痛恨の表情を浮かべたザイードの全身が激しく痙攣を始める。ククリによって直接その反応がうかがえるディックは驚きククリから手を離し、ザイードから距離をとった。


 ガクガクと揺れるザイードの口から先ほどラグスから漏れた苦鳴のような音が発せられる。それはラグスのものより長く発せられ、その音が止まった瞬間、ザイードは全身の穴という穴から白いドロッとした液体を噴き出し、激しい水しぶきを上げながら倒れ伏した。


 耳が痛くなるほどの静寂があたりを包む。しばらくして再起動を果たしたのか、ザイードから噴き出した白い粘性の高い液体が掛かった部分を水で落としながらディックが口を開く。


「いったい、どうなってるんだ」


 複雑な表情を浮かべながらディックは、ザグンとロイに声を掛ける。その声で驚愕から回復したのか、


「ディックさん!無事だったんですね!」


 安堵を声色に乗せてロイが訪ねた。それを受けたディックは今まで見たこともない朗らかな笑顔をザグンとロイに向かって浮かべた。


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