第五十六話 囚人と仲間と
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激しい斬撃に晒されながら、からくもそれを回避し続けるディックの視界には常にザイードが入っていた。それはザイードの存在によってラグスにのみ集中力を振り分けるわけにはいけないから当然である。しかし、それは生半な難事ではない。それでなくても背中からは鈍痛が響いている。さらにその状況を如何にして打破すべきもディックは考えなければならなかった。
ディックは知らないがザグンとロイは、ザイードとラグスを結果として状況の先送りをした。それが今のディックが置かれている状況に至っている原因でもあった。ディックにとって歓迎できない状況になってしまったのも結果としてはザグンとロイの下した決断のせいでもあった。まさに知らぬが仏である。もし、ディックがそのことを知ればザグンとロイに問い詰めるまでには至らないまでも文句の一つも言いたくなる、そんな状況であった。
極度の集中を強いられる戦闘という状況下で、何をしてくるかわからない男が一人と、その打開策をも一人で考えなければならない。そんな難事を懸命に行っているディックは、幸いなことに未だ無傷であった。
ザグンとロイの語った、ラグスの現在の状況へと導いた原因ではないかと考えられる槍の一撃。それに類する傷を未だ負っていないのは、ラグスとディックの戦闘スタイルの違いでもあった。防御と回避、戦闘を行うものであれば両方できることが最も望ましい。しかし、修練している流派や本人の好みによってその軽重が異なることは想像に難くない。丁度ラグスとディックの戦闘スタイルは真逆といっていい。ディックは職業柄か回避を主体とし、ラグスは盾を持つスタイルからもわかる様に防御を主体としている。
その違いは戦闘の巧拙を意味しない。普通であれば程度の違いでしかないからだ。しかし、結果としてはこれらの違いが生んでいる状況でもあった。
逆袈裟の攻撃に対応し、上半身を反らすことで回避しながら手首までの最短距離をサクスで一閃しようとして思いとどまる。その一瞬の躊躇を見て取ったのか、ラグスは盾での殴打を仕掛けてくる。それをディックはバックステップすることで回避をする。
攻撃するには近すぎて、受け入れるには遠すぎる。ディックのラグスへの感情がその行動に如実に表れていた。まさに八方を塞がれているようなものであった。
苦いものを口にしたかのごとくディックは渋面を顔に張り付ける不意にディックは攻撃を仕掛ける。
長剣と短剣、これらの違いは大きく分ければ二つ。切り替えしの速さ、つまり武器それ自体の重さによって攻撃速度の違いにつながる。そして武器自体の重さとともに刃渡りの違いによる攻撃方法の違いでもあった。
短剣の主な攻撃方法は、急所を狙うことと流血を誘う程度ではあるが薄い攻撃を重ねて浴びせることで集中力を削ぎ続けることの二種類ある。当然急所を狙うことにより一撃で打倒することも可能であるが、急所であるが故に狙うことが難しい。それゆえに攻撃を重ねる必要もある。騎士などは、対モンスター戦でなければ慈悲の一撃を与えるために短剣を持つものが多い。さらに斥候や野伏などは短剣も持っているであろうが、小剣を持っていることが多い。つまり、短剣とは補助的な武器であり、それを主武器として用いることはあまり一般的ではないのである。
別に長剣の主な攻撃方法も短剣と似たものではあるものの、そのリーチにより流血が起こった場合の傷は短剣のときのそれとは比べ物にならないのは想像に難くない。さらに、短剣よりも武器自体の重量があるために腕力とその自重を使うことが可能である。しかし、それが故に短剣よりは攻撃速度が遅くなってしまうのは致し方ない。
短剣の唯一のメリットである攻撃速度が、ラグスが相手のためにディックには攻撃を封じられてしまっているために生かせないでいた。それを吹っ切ったかの如く、サクスを縦横無尽に振るう。
短剣と長剣のリーチは覆しがたいほどに違う。それは盾においてもそうであった。盾を取回すにはある程度の相手との距離が必要である。それを封じる形になる程にディックは攻撃をしながらラグスに近づく。
近距離よりも更に距離を詰めた接近戦。ディックの思惑を躱すためか、ラグスは一旦バックステップで距離を取り、これ以上の接近は許さないというが如くに剣を水平に一閃する。
ディックはラグスを睨みつけながら、苛立ちをごまかすかのようにサクスを握り直す。その間にラグスは崩れた体勢を立て直すように盾を体に引き付ける。一瞬の静寂が起きる。一瞬の静寂が起きる。それを破ったのはザイードであった。
「はははっ、いいねぇ。実にいい」
ザイードはそう言いながら両手を広げ、二人に近づいていく。それは攻撃する意思はないと表明しているかのようでもあった。しかし、ディックは油断なくラグスとザイードの両者が視界に入る位置に微妙に移動しながら。
「なにが面白い!」
怒声に近い声色をザイードに叩き突ける。
「こんなに笑える喜劇があるか?」
「なっ!」
ディックが言い返そうとするが、その視界にラグスの仄暗い笑みが映ることで言葉を飲み込み、別の言葉を吐く。
「ラグスに何をした!」
ザイードは、広げた両手を天に向け、肩を竦める。その馬鹿にしたような仕草にディックは奥歯をギリリッと噛み締め耐える。
「何をしたって言われても、お前たちみたいに仲間を増やしただけさ」
そう言われたディックは一瞬ラグスを見るが仄暗い笑みを浮かべているだけで何も言葉を発しない。
「まぁまぁ、そいつは今頑張ってんだ。おしゃべりなら俺としようぜ」
ザイードの言葉に一瞬引っ掛かりを覚え片眉を跳ね上げるが、ディックは続けろというかのごとく口は閉じたままだった。
「ふ~ん、俺はザイード。今はラグスとは仲間になった。お前とはどうだろうな」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら問うが、ディックの眉間によった盛大な皺が無言の回答になっていた。
「まぁそうだろうな。しかし、名乗られたら名乗り返せって親に教えられなかったのか?」
「ディックだ」
苦虫を噛み潰したかのような渋面を浮かべながら、不承不承といった態でそう返す。
「ふ~ん」
まるで興味のない返答に、ディックは渋面に怒りというスパイスを追加する。
「俺はどっちだっていいんだよ。お前じゃなくたって何も問題はない」
「じゃあ、ラグs「そういうわけにはいかねぇな」」
ディックの言葉に言葉を重ねたザイードは続ける。
「そいつはもう仲間だから、そいつを仲間外れにするわけにはいかねぇだろ」
ディックは苛立ちを抑えるためか、手を強く握りしめる。その様子が面白くてたまらないのか笑みを更に深めるザイード。
「まぁ、いいや。仲間になりそうもないしな。ラグスやっちまうか」
そういいながらザイードが腰元から剣を抜き放つ。しかし、ザイードは構えは取らず自然体で、その言葉に応じたのかラグスも盾を構えつつディックに近づく。
ディックはそれを見て取った瞬間、後ろに取って返し、全力で走り始めた。
「おいおい、まさか行っちまうのかよ」
ザイードの嘲笑混じりの言葉がディックの背中に突き刺さった。




