第四十七話 囚人たちと増殖するもの
首を落とされながらも器用に戦闘を継続しているザイードと折れた槍を打撃武器として扱っているものの二人はラグスと談笑しながら激しい命の奪い合いを繰り広げていた。
その光景はまるで仲の良い友と酒を酌み交わしているかのような奇妙な温かみがあった。それが街の酒場で繰り広げられているのであれば当然であるが、そのような場所ではない。命のやり取りを日常とする危険な場所、迷宮の中のしかも戦闘中である。
それを異常と感じないほど異常ではないロイはラグスの奇行を危険視していた。地面に落ちているザイードの首とクスクスと嗤い合うラグスは、危険視されても当然ともいえる。ザグンもその奇妙な光景を見てどう対応したらいいのかわからないでいるようだ。しかし今は戦闘中であり、一瞬の躊躇が自らの命も仲間の命をも奪う。そのことが余計にザグンとロイに焦りを生み続けている。
奇妙な空間を作り上げている三人を少し離れた場所で見ていたザグンはゆっくりと迂回をし、槍持ちの背後へと回る。ラグスが奇行を取っているとはいえ、仲間を放置するわけにもいかないと判断したようだ。その動きにロイが同調し、外部場の発動を行う。
ラグスの正面にまで移動したザグンは、意を決した表情でロイを見る。ロイの周辺には制御器が無軌道に周遊していた。その中央で、決意の目をしたロイがザグンを見返す。ザグンとロイの視線が交差した瞬間にザグンが槍持ちに対し、右手に持ち替えた金属の棒で躍りかかる。
槍持ちはザグンの動きを察知していたのか、突然の襲撃にも素早く対応し迎撃した。激しい金属音が鳴り響きザグンと槍持ちが交差する。
袈裟、逆袈裟、正中突きからの打ちおろし。怒涛の攻撃であった。それらを全て曲がった槍を器用に扱いいなしていく。そしてザグンがやや左にバックステップで距離を取った瞬間、ロイからこぶし大の石が三つ射出され、そのすべてが背中に吸い込まれる。
乾いた奇妙な破裂音が背中から聞こえ、まるで糸が切れた操り人形のように槍持ちは倒れ伏した。
その様子を見ていたザイードが地面にある顔からザグンに声を掛ける。
「いいねぇ。その連携はわるくねぇ。だけどな、ヒト種だけが増えるんじゃねぇんだぜ」
意味深な言葉で撹乱を図っているのか、そんなことをザイードが言う。
ザグンが睨みつけるようにザイードの顔を見るが、その顔はすでに地面にはなかった。それはラグスの手に持たれていたのである。気が着けばラグスとザイードは戦闘をやめ、ロイとザグンが共に視界に収まる位置に移動していた。
ラグスの左手に髪を掴まれてもちあがったザイードはラグスと同様絡みつく様な嫌悪感を誘う笑みをその顔に浮かべ、その白濁した眼でザグンをみていた。まるでザイードを戦利品の首を持つかのように左手で掲げているラグスはザイードの体を守る様に一歩前にでる。
「ラグス!?」
体のどこかに力を入れ忘れているかのようなカクカクとした動きをしているラグスを見てザグンとロイが声を掛ける。
まるでそうすることが至福で堪らないという絶頂感をその表情に浮かべ、ニヤニヤと嗤い続けるラグスの眼にはザグンとロイが映っていないかのようであった。
「ザイード!ラグスに何をした!」
ザグンの怒声が迷宮に響き渡る。
「なにって、仲間を増やしただけだ。ヒト種とは違う方法だが、男と女が結ばれたようなもんさ」
不意にザイードとラグスが後方に飛び退る。その直後、地面が槍状に隆起した。ロイが土属性魔法を行使したのである。
土属性魔法の優位性はその無音性、奇襲性そして地形変化にある。特に地形変化に至っては、一度発動すればある程度その変化が持続することで閉鎖空間においては絶大な効果を表す。例えば、アースウォールによる一時的通路閉鎖などは戦闘中に別のモンスター群を留めておけるものであり、それゆえに各個撃破もタイミングによっては可能となる。また天井から槍状隆起を発動させれば、背の高いモンスターの頭部を直接攻撃可能である。
他の属性においてもそうであるが、各条件を指定できさえすれば、イマジネーションに基づいてすべての事象を引き起こすことができることが魔法使いをエリート視する一因である。ただし、それらは熟練度を上昇させる必要がある。逆に言えば、熟練度の高い魔法使いは驚異的であり、それゆえに魔法使い以外の人は自分の持っていない力を持っているものを恐れ、畏れ、懼れるのである。
そんな奇襲性の高い攻撃を苦も無く避けたザイードとラグスに、ロイは怪異でも見たかのように目を見開いた。
「いいねぇ、その顔。好きだぜ。もっと見ていたいところだが残念ながら一旦終わりだ」
ザイードがそう言った瞬間、止める暇もなく迷宮の闇にまぎれザイードとラグスがその視界から消える。ロイが手を伸ばそうとするが高嶺の華をあきらめるかのようにその手を下ろす。
ザグンとロイのその表情は複雑なものがあった。仲間と思える者たちが次々と自分たちの元から離れていく現実に、優秀な手駒がなくなっていくことによる迷宮攻略への不安感、自分たちの手から何もかもが離れていくのではないかという寂寥感、そして迷宮内で孤立してしまう可能性を否定できないことによる疑心暗鬼。
それらが綯交ぜになった表情で互いを見やる。そしてそこに未だ自分には仲間がいるという微かな安堵が追加される。
そしてその場には奇妙な沈黙が訪れる。
ロイが一瞬口を開いた後、わずかに留め別の事を口にするかのような逡巡をした後、
「ディックさんに合流したとき、なんて言えばいいのか」
未来のことを口にした。そうすることで暗に目的を見失っていないかの確認をザグンにしているかのようであった。そしてそれを達成することが当然であるかのように振る舞うことで自らを鼓舞しているかのようでもある。そんな言外の表現を詰め込んだ言葉にザグンが頷きを一つだけ返した。
「ふむ、なかなかの難問だな」
もともと二人ともがラグスに引っ張られる形でここまで急いできていた。そのことが逆に現在の冷静さを保つことが出来ている証左でもある。しかし、焦りや不安がないわけではない。ただし彼らは知っていたのだ。急いては事を仕損じる、急がば回れ、先人たちが失敗を山と積み上げて残した貴重なその語句を。そしてもう一つ、急に引き起こったさまざまなことに心が追いついていないこともその原因であった。
その冷静さを保った二人は、決断に迫られていることに気がつく。ラグスの捜索を主軸とすべきなのかディックとの合流を継続的に主軸とすべきなのかをである。
「ラグスさん、笑ってましたね」
「うむ、ザイードの言葉も気になるな」
「仲間を増やした……ですか」
「うむ、どういう風に寄生するのかはしらんが、見ていた限りではそんな様子はなかったが……」
「たしかに。唯一考えられるのはあの槍での一撃でしょうか。傷口から侵入したのかもしれません」
「ああ、そうだな。そうかもしれん。だとしたらラグスは……」
「あの奇行から考えて十中八九そうでしょうね」
二人ともが会話の終了を表すように深い溜息を吐く。二人ははばかる様に発言を避けていたが、その会話の真意はラグスが寄生する植物に寄生されてしまったのかどうかであった。
しかし、その植物の排除方法がわからない。薬が必要なのか、別の方法があるのか。それすらもわかっていない。助けたいとは思う。しかしその方法がわからなければどうしようもないのである。そのための深い溜息であった。
この迷宮に入ってから心労はたまる一方である。二人ともが苦悩を顔ににじませていた。
ラグスを優先するには寄生されていることからあまり良い未来が見えない。ディックはその身のこなしやスキル構成から考えて生存の確率が高い。そういったしたくもない現実的な、実利的な思考をしているかのようであった。
もっとも現実的な思考をするのであれば、離れてしまった仲間には合流できれば幸運程度で考え、探索を優先するであろう。それを優先しきれないところがザグンとロイの優しさなのかもしれない。
ここで逡巡していても何も始まらないと考えたのかザグンが現在の考えをロイに披露する。
「まずは下の階に向かうことを優先するべきだな。その過程でなにか発見できるかもしれない」
なにかという曖昧な表現にロイは一瞬奇妙な顔をする。ザグンのその表現がなにをさしているのか、寄生されたラグスの外見をした何かか、それともラグスから寄生する植物を排除するための方法か、それともディックか、そんなさまざまな思考が流れ、悲観的な考えを敢えて否定した上で頷きをザグンに返した。
徐々に減っていく仲間に、自分を重ねれるほど恐怖に慣れきっているわけでもない二人は静かにその足を動かし始めた。




