第四十八話 囚人たちの考え
冷静さが生命に直結している迷宮内において、それを保つことを困難とする仕掛けがあることは当然なのかもしれない。なぜなら迷宮内では狂気もしくは凶器によって、常に冷静さを削り取られていくことになるからである。
ザグンとロイは苦難と一言で表せるほど容易くはない迷宮攻略をそれでも行っていた。罠、モンスターの探査や行方のわからなくなった仲間の存在を調べ続ける。
パーティ内の人数が減ったことにより二人への負担は極端に増加し続けていた。その現状に二人ともが疲労を感じるのも当然であったのかもしれない。
仲間の行方を捜し始めてはすでに一刻以上がすぎており、これ以上の疲労は探索に支障がでると判断したのか二人とも座り込み、体を休めていた。
二人とも空腹を紛らわせる程度の慰みにしかならない黒パンをもそもそと口にし水を補給する。栄養という観点では、絶望的ともいえる口にしているそれらはもともと味気ないものであったが、現状というファクターがさらに味気ないものへと味付けをしていた。
それに文句をいうほど子供ではない。そのせいか二人の間で会話が発生していなかった。ただひたすらに糊口を凌いでいる。そのこと自体が彼らの心情を如実にあらわしているかのようであった。
事実、彼らの眉間には深い皺が刻まれており、精神的休養を必要としていたのである。
一食分の黒パンが腹に収まり、景気づけとばかりに干し肉を小さく一つ千切り口に放り込むザグン。そのあとしばらく口をもごもごと動かし噛み締めた後、水袋の水をあおる。そのまま視線を天井近辺にしばらく向けた後、足元に視線を移動させて深い溜息を一つついた。
それをみていたロイは同情であることを示すかのようにザグンの方に手を置く。ザグンがロイの方をみて一瞬安堵の表情を浮かべる。
「状況は悪くなる一方だが、ここがふんばりどころだ」
無理矢理に作られた笑顔とありありとわかるほどぎこちない笑顔を浮かべたザグンをみてロイは強く頷く。
「そうですね。ここが一番大事です。僕たちが踏ん張っていればディックさんも合流できるでしょうしね」
楽観的、希望的にすぎる観測ではあるが、その希望が二人には必要なものであった。死に至る病に罹患しないように予防しているといってよかった。しかし、内心も全くそう思っているわけではないことが二人のぎこちない笑顔が表していた。希望だけが満ち溢れている世界であれば自分たちがこんなところにいるわけがないことを彼らは知っているのだから。
希望が壮大であればあるほど、それを失った時の絶望は果てしなくなる。大人になればなるほど現実的な思考を強制的に周囲から身に着けさせられるのはそのせいであることも彼らは身をもって経験していた。
だからといって悲観的にすぎる思考をするほど彼らは自分勝手でも弱くもなかった。まさに人事を尽くしている最中であったからだ。人事を尽くさずに天命を待てるほど傲慢ではない彼らの会話は今しばらく続いた。
「しかし、武器を失ったのは痛いな」
右手の平を見ながらザグンがそうつぶやく。ザグンのツルハシはザイードの頭に突き刺さったままラグスの手によって持ち去られてしまったのだ。そのザグンを見ずに地面を見ながらロイが返答する。
「できれば代替武器がほしいところですね。僕にはこの”制御器”があるので大丈夫なんですが」
使用する武器はなんでもいいというものではない。咄嗟に行動することが求められる戦闘においてはそれを条件反射的に行えるように訓練しているからである。思考している暇がないともいえる。視界に入った瞬間、反応できなければよくて怪我、悪くて死につながる。だからこそ基本的に近接戦闘を行うものは自分の選んだ武器を使用し続ける。スキル熟練度の問題もあるがそれは付随的なものでありそれ自体を意識するのは訓練を行った後ということになる。
「”制御器”とロイは言うが、それはいったい何なのだ。魔法の条件付けがどうのこうのといっていたがそんなものは一度もみたことがないな」
「ええ、僕もみたことがありません。これが世界に公表できればそれこ……それこそ一躍有名魔法使いに仲間入りですね」
ロイが一瞬言い直したのを耳聡く気が着いたが敢えてそこに触れないことにしたザグンは話を続ける。
「囚人が一躍時の人になれるのか。それは豪儀だな。夢が広がる」
久々に愉快なことをきいたかのようにザグンが楽しげに素直な笑顔をロイに向ける。
「ええ、そうなんです。その時にはザグンさんの名前も当然出させてもらいますよ」
「いや、それは遠慮しておく。もう通り名に踊らされるのはこりごりなのでな」
ザグンの表情に笑みは潜み、悔恨に近い何かが浮き出していた。ロイは触ってはいけない部分に触れてしまったことに一瞬眉を顰め、あかる気に別の話題を振る。
「そうでしたか、それはもうしわけないです。それ以外でなにかお礼をさせていただきましょう」
それを聞いてザグンは笑顔を取り戻すのを見てロイはほっと一息入れた。
彼らがなぜ今ここを出た後の会話をしているか。そして敢えてそれを続けているのかには彼らの心理状態が見いだせる。
いくら現実的な思考を身に着けさせられたからといって、常に現実的に思考していると悲観的な思考に捕らわれてしまう。そこでより楽観的な思考に二人で協力して誘導しているのだ。希望が勝ちすぎるのはよくないが、全くないのは絶望である。だからこそ二人して希望を見いだせる様に将来の話をしていたのである。
このこと自体が彼らの不安感を表しているとも考えられるが、それにしても将来を展望することで気が少し楽になったようであった。この会話をザグンは無意識に、ロイは意識的に行っていることが彼らの大きな差ともいえるものであるが。
そんな二人の会話の終了とともに休憩の終了を迎えた。二人ともが立ち上がる。
大きくのしかかってくる現実の重さに耐えきったかのような清々しい笑顔が一瞬二人に浮かび、再び厳しい現実に立ち向かう勇気を持てたかのように一歩づつ着実に歩を進めていくのであった。
彼らはラグス達が去った方向に移動し続けていた。
その間に何度か左右にドアがあったりしていることから、この階層は通路トラップや隠し扉のトラップがあまりないのではないかという意識をもっている。これまでの階層を考えてみると壁のトラップが主体の階層、謎が主体の階層、床のトラップが主体の階層と分かれてきている。この階層は術式などに代表される天井のトラップが主体の階層なのかもしれないと思っていたが、どうもそうでもないようなのである。ではどのようなものが主体となった階層なのかとロイは思考していた。もしかしたらこの階層はそれら複数のものをつかった構造になっているのかもしれないと危機感も覚えるが、もしそうであった場合にはロイやザグンにはお手上げになってしまう。だからこそ、ドアがあっても開けずにラグス達の去った方向に歩を進め続けるしかなかったのである。
これ以上仲間が離れ離れにならないように、これ以上悩み事が増えないようにと無意識的、意識的に行動選択を行っていた。そんな時、布切れが通路の中央に落ちているのが彼らの目に飛び込んできた。
びくりと立ち止まるザグンとロイは、その布切れをしげしげと眺めている。
なんの変哲もないただの布切れのようにみえるが、なぜそこに落ちているのであろうか。それが問題だったのである。
ロイの脳が高速回転を始める。
力技でなんとかなるようなものでないことからザグンがロイの視界を妨げないように壁際に移動する。なにしろザグンとロイは大人と子供ほどの身長差があり横幅も大きく異なる。具体的にどれくらい違うのかというと身長でいえば成人男性頭一個分以上違い、相対すればロイの頭頂がザグンの胸板に届くかどうかというほどの差である。
そんな小柄なロイであるが、その眼には力ある知性の輝きに満ちていた。




