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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
第一章 囚人たちの浅層攻略
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第四十六話 囚人たちと欲望と

 完全なる状態での戦闘開始は現実においてほとんどない。

 戦闘において理想的な精神状態、理想的な健康体、それはつまり理想なのであって現実とは違うのであった。そして現実は常に残酷である。

 例に漏れずラグス達の精神状態や健康状態も理想からは程遠かった。ラグスはわき腹の怪我、ザグンは武器の喪失、ロイは攻撃手法について考えあぐねていたからである。

 決定的な一撃を身体のどこに与えていいのかわからないというのは戦闘において致命的とまでは言えないが大きく後れを取るのは確かである。それは攻撃方法を明確にできないし、それゆえに戦闘が長引く可能性があり、長引けば長引くほど危険度が比較級数的に跳ね上がる。

 そんな状況にラグス達の表情は険しかった。そしてそれを見ているザイード達は下卑(げび)た笑いをその顔に張り付けている。

 ラグスはそれを無視しながら、剣を袈裟に振るった。わき腹の痛みからその太刀筋は乱れがちであったため余裕をもって避けられてしまう。

 追撃がくることを前提として攻撃後に体をザイードから離すようにバックステップを踏んだ。その瞬間、当然の如くザイードが追撃をしてくるのを辛くも避ける。

 わき腹の怪我のせいですべての行動に支障をきたしている。ラグスはそれを苦々しく思いながら先手を取るより後の先を取るべきだと判断したのか、右手の剣を体の影に入れ、剣の位置を悟られ辛くする。

 ふとわき腹の痛みが少し和らいだ気がする。ロイが魔法によって支援してくれたのだと判断し、ザイードの動きを凝視し続けていた。

 ロイはラグスの動きが何もしていないのに怪我を負った直後よりも滑らかになっていることに疑念を抱いた。今しがた魔法を発動した直後であり、現在は外部場の形成を行ったのみでこれから条件調整をしてラグスに自己治癒力上昇魔法を掛けようとしていた。それなのにラグスの動きはだんだんとよくなっている。そして後ろから見ている限りラグスの負っている怪我からの出血が抑えられてきているようにも見えた。

 ロイから観ればラグスの状態は明らかに異常である。なんらかのスキルを使用した形跡はなく、それなのに槍による傷が勝手に治るなどということは通常在りえないからであった。

 有効攻撃箇所の発見を主軸に考えていたが更に考えなければならない事態が発生しているとロイは眉間の皺をこれ以上ないほどに深くした。結局の所、今必要なのはラグスの怪我の治療であると判断し、自然治癒力上昇魔法を発動させる。そしてその魔法が異常なく発動したことを確認したのちにザグンのほうを見る。

 ザグンは袈裟に斬りかかってきている剣を金属の棒で打ち合わせる。剣のベクトルを強制的に変更させると同時に体を前に進ませ、右手で相手の左手首を握りしめ、その怪力をもって壁に叩きつける。

 その時奇妙な音が聞こえた。普通であれば液体に連なる音が発生するはずであるが、その音は紙袋に空気を吹き込んだ後に叩いた様な乾いた破裂音であった。

 壁に叩きつけられた剣士がよたりと一歩踏み出すと同時に崩れ落ちる。ザグンの握っている手首から先には力が入っていないことが感じられた。それを聞き、見て、感じてザグンの眉が理解の色を示す。敵の急所を発見したことを他の二人に伝えようとした瞬間に右鎖骨のやや下あたりに激痛が走る。なにごとかと痛みの発生源を見てみると矢がそこに突き立っていた。

 右手の感覚が痛みで薄くなり、握っていた手首を取りこぼしてしまう。ザグンは咄嗟にまずいと感じた。右腕の一時的な麻痺によってザグンにとって最高の攻撃方法を失ってしまったことをである。

 矢の射出口に視線が移動し第二射を構えようとしている射手が視界に入る。その口元は緩く緑色の唾液のようなものがしたたり落ちていた。目は完全に白目であり、明らかに他の寄生されている者とは違うことが見て取れる。

 射手は現在いる位置から更に数歩さがりザグンと距離を開ける。矢を番え、弦が引き絞られるキリキリという音が聞こえてくるかのようであった。

 ザグンは内心で悪態をつきながら他の二人に警告をする。


「背中だ!背中のどこかに急所がある!」


 飛び掛かるにも駆け寄るにも遠すぎる。そんなザグンと射手との距離感に歯噛みしながら二射目をいかに掻い潜るか、そんな難問であった。

 戦闘において距離とは、それだけで相手に優位性を与える。戦争時において弓や魔法が重用されるのがその証左であり、それゆえに近接戦闘に重きを置く戦士たちにある種の劣等感を植え付ける。そこから確執が発生してしまうことは仕方の無いことなのかもしれない。

 ザグンにはその劣等感をもったことはなかったが、今の射手との関係性において劣位性を感じるのは致し方ないであろう。

 ザグンは射手にじりじりと近づきながら射出することを決定する右手に注視していた。あの指が開いた瞬間になんとかして回避しなければならない。射手が左手で照準を定めるのを邪魔するかのように小刻みに移動を繰り返す。少しでも時間を稼ぐことが今のザグンにとって重要なことであった。

 正確にいえばそうすることが重要であると信じようとしていた。自分が時間を稼ぐことで後衛が仕事をしやすいようにすることでこの状況を打破できるのではないかという淡い想いとともに。

 射手の左手がピタリと止まり弦を引ききった右手が、その最大張力に物を言わせて射出する矢を解き放とうとした瞬間、射手の足元が鋭い槍上に変化し隆起する。

 足元の変化のせいで手元が狂い明後日の方向に矢が飛んでいく。

 敵を捕縛する地面隆起系発展魔法の一つである。しかし、その効果は絶大であった。足元で槍上の地面隆起を受けた射手はその下半身を串刺しにされ、そこからの移動を自らの骨によって阻害されていたからである。

 ザグンはロイがやったことに対し振り向きもせず目礼しただけで、射手に対し突進を敢行する。そこには背後の要(かなめ)があることによる安心感があった。


 ラグスはわき腹の痛みが快方に向かっていることとそれに伴い意識が高揚していることを実感しながら、己の仕事をこなすことに専念していた。

 極度の集中からか敵の動きがスローモーションで見えるかのように機敏によけ、返す刀で相手の腕を斬り裂く。これまで感じたことのない感覚であった。その感覚を言葉で表現すれば無敵感といえばいいのであろうか。どのような攻撃も避けれるし、どのような攻撃も仕掛けられるというその絶対的優位感をラグスは心地良いとさえ思っていた。

 ラグスはザイードをニヤニヤと緩んだ口元を晒しながら切り刻んでいった。それはまるで嬲(なぶ)るようであり、敢えて仕留めずに狩りを楽しんでいるかのようであった。

 ザイードの影から折れ曲がった槍を叩き突けるような攻撃がラグスに飛んできた。それすら予測したかのように軽々と回避した。それと同時にザイードの首を切り飛ばす。放り投げられたボールのようにゴロゴロと転がるそれは未だニヤニヤとした笑みを張り付けていた。


「おいおい、お楽しみはこれからだっていうのに首を切るのはなしだろ」


 地面に右耳を付けながらザイードは言う。それをさも面白い冗談を聞いたかのようにクスクスと笑うラグス。その光景は異様であった。ロイはそれを視界にいれながら危機を感じていた。

 ラグスになにかが起こっている。それもかなり危険ななにかが。

 しかし、戦闘はまだ終わっておらず対処方法もわからない。ロイの中で焦りだけが増殖していった。

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