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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
第一章 囚人たちの浅層攻略
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第四十四話 囚人たちと死の香り

 迷宮内において、これまで多くの罠や問題にぶち当たってきた。ラグスの言った「迷宮作成者は、意地が悪い」という言葉にもそれゆえであった。そもそも意地のいいものが迷宮など作らないのだから当然といえば当然の言葉でもある。

 それにしても他の迷宮では聞いたこともないほどの罠の量であった。しかもそれは複数回使用されることが前提となっている作りのものが多い。そのことも疑問に残る。

 そんなことをロイは昇降装置に乗って台座に玉を置いているラグスを見ながら考えていた。

 四番目のくぼみにラグスが青の玉石を置き、台座が反応を示した瞬間、玉石を手に取り昇降装置に向かって走る。

 ラグスが昇降装置に着いた瞬間、地響きのような音が聞こえ、不意に足元がなくなった感覚を受けた。

 その感覚をロイは口元を歪ませながら感じていた。


 唐突に地面に押し付けられるような衝撃を受ける。下降した後の接地時の衝撃のようであった。

 ラグス達三人はその衝撃を耐え前方を見据える。

 

「何の匂いだ……」


 ザグンが鼻を鳴らしながら他の二人に聞く。ラグスは気がせいているのかロイとザグンを交互に見やり移動しないのかといった風であった。ロイも匂いが気になったのか鼻を鳴らしている。

 かなり湿度が高いのか汗ばむほどの気温であったが、それ以外に甘い香りがするのも確かだ。


「甘い……ですね」

「うむ、甘いな……」

「花……でしょうか」


 花蜜の香りのような甘い芳香を感じられるが、それがなんなのかはわからない。

 これまでの罠から考えてこの芳香も罠に関連するかもしれないという疑惑にロイは捕らわれていた。ザグンも同様のようであったが、進むしか方法がないことを再確認しただけであった。


「いかないか?」


 ラグスが他の二人にそう聞いた後、二人は首を縦に振って肯定を返す。

 何の匂いなのか、ここは何階層なのか。疑問ばかりが増えるが、下層に降りたことは確かであり、匂いはいつか原因がわかるであろうという思惑から全員が歩を進める。

 昇降装置の正面に道が伸びており、そのまま直進し続ける。

 一瞬ザグンの顔が引きつる様に歪む。しばらく進むと道が左右にわかれているのを発見するとその表情は弛緩し、軽い吐息を吐いた。第三階層を思い出し、それが否定されたことへの安堵のようであった。

 これまでの慣例通りラグスは左の道を選び歩を進める。

 五十メータルほど直進していくと道がまたも左右に分かれていた。

 ラグスは下唇を前歯で強く撫でながら左右を見回す。またも左を選び進む。

 今度の道は二十メータル毎に右側に扉が三つ並んでいた。中央の扉の正面にもう一つの扉がある。

 ラグスはそれを横目に見ながら側頭部を強く掻きむしった。眉間には深い皺がより何かに耐えるように口をきつく結ぶ。

 甘い香りがまた一段と強くなったように感じる。ロイが匂いに鼻を鳴らし、どこから匂ってくるのかを探しているかのようであった。鼻をリセットしているかのように鼻先を指でこすりながらすりあげ、周囲を伺いながらまたも鼻をならす。何かを思い出すかのように首をひねりながらラグスとザグンの後をついていく。

 不意にラグスが握った拳(こぶし)を振り上げ、それを見て全員が止まる。

 拳を親指以外の四本を立てた。敵が四人という指示だ。

 ザグンが軽く腰を落とし強い視線で前方をみやる。おぼろげな輪郭が見えてきた。人型のようだ。徐々に明かりの中に出てくる人型は囚人服を着ていた。それが四つあった。不可解なものをみたかのようにザグンの眉が上がる。

 囚人服を見たラグスが声を掛けようとするのをロイが止める。

 囚人服を着た四つの人型生物はふらふらとしながらラグス達に近づいていく。どこか奇妙なその歩き方は不安を掻き立てるものであった。そしてそれらが近づいてくるたびに甘い香りが強くなる。

 それらはラグス達と三メータルほどの位置で立ち止まり、ぎこちない様子で手を挙げ声を発した。


「よう!」


 気さくな感じの声であった。ただしその明かりに照らされた表情には何も浮かんでおらず、ラグスが目を見るとそれは白く濁っていた。それらの内の先頭に立っている者が話を続ける。


「こんなところであうなんて、お前ら新人か?」


 ザグンとロイの表情が消えた。ザグンは両の手に握る武器をいつでも動かせるように構えに見えない程度に構え、ロイは囚人服を着た人型生物を見据えながら周りからみえない外部場を展開する。

 ラグスは他の二人の行動を黙殺しながら眉間の皺を更に深くしながら返答する。


「ああ、五日前に入ったばかりだよ」

「五日前……ああ、もうそんなに立つのか。ここに居ると時間の経過がわからなくてな」

「たしかにね。太陽も拝めないし、暗闇ばっかりだもんな。迷宮にこもりっぱなしなのかい?」

「そうだ。早く迷宮を踏破したくてな。こんなしみったれた所はもう飽き飽きだぜ。早く地上(シャバ)にもどって女でも抱きたいよ」

「ああ、それはいいな。俺たちもそれで急いでたんだ」

「考えることは皆一緒ってか。まぁそうだわな。俺はザイード。よろしくな」

 

 ザイードと名乗った男はそういって口元をゆるませながら左手を差し出した。その差し出された手をラグスは鋭い視線でみやり、左手を差し出そうとする。

 握手をしようと更に一歩踏み出すザイードに、ラグスは右手の剣で左手首を斬り上げ切断する。

 ザイードは無くなった左手首から先を不思議そうに見ながら、


「おいおい、物騒だな」


 と何事もないようにラグスに言った。口元の緩みは未だ健在で、その感情の籠っていない白濁した眼がとても印象的であった。

 ザイードの切断された左手首からは本来であれば夥しい血が流れ出るはずであるが、血は一滴も零れ落ちていない。それを見て打ち捨てるようにラグスは言う。


「モンスターと友好的にはなれないだろ」

「おかしいな。完璧にしたはずだがなんでわかった」

「どこが完璧だよ! 歩き方、その眼、左手を差し出したところ! おかしい所ばかりじゃないか!」


 ラグスは半身になり、盾もないのに左腕を前に構えた。


「ふ~ん、そういうものか。いいことを聞いた。ありがとさん。まぁどっちにしろ、お前らは餌にしかならないんだけどな」


 ザイードはそう言いながらラグスと全く同じ構えを取り、口元に笑みを浮かべながら攻撃を仕掛けてきた。まず左腕を大きく振り反動を体の反動を付けながら剣で袈裟に斬りかかってきたのをラグスは距離感を惑わせるためにも突き出している左手を引きながら状態を逸らして避ける。

 ザイード以外の三人もそれぞれ武器を持ちえていた。その内訳は前衛の剣が一人、後衛からの刺突用の槍を構えたものと弓を構えたものが一人づついる。しかし、それらの動作は肝心な部分に力を籠め忘れているかのように緩慢なものであり、どこかフラフラしている感じを受ける。

 それらの内の槍が突如ザイードの影からラグスに対して突き出された。体を逸らした状態で突如現れた槍に対して反応しきれず、わき腹を擦る様にその攻撃を受ける。

 ラグスの麻の囚人服が赤く染まり始め、その顔は苦鳴を叫ぶかのような皺が刻まれた。

 それを見て取ったザグンがその猛力を用いて槍を左手に持った金属の棒で打ち据え地面との梃の原理で屈曲させる。これで槍は使い物にならなくなった。

 その打ち据えた動作の反動を用いて右手にもったツルハシの先端でザイードの頭を強打。ツルハシの先端はザイードの頭頂部やや左側に突き刺さり右頬から突き出る。


「おいおい、ひどいな。同じ囚人じゃないか。こんなことするなんて」


 ザイードは頭にツルハシが突き刺さっているにも関わらずニヤニヤと笑いながらそんな言葉を吐く。

 その直後、ロイの体が数回光りロイの眼前に二つのこぶし大の石が現れると同時に射出された。

 そのこぶし大の石は、ラグスとザグンの間からザイードの体とその後ろにいた槍持ちの腕と胴体もろともに二つの穴をあける。

 それでもニヤニヤとした顔を崩さないザイードに驚愕の表情を向けるロイ。

 ザイードの体の穴の開いた部分を見るとなにか触手のようなものが決定的な損傷を修復するかのように蠢いていた。

 ザイード以外の剣をもった男がザグンに斬りかかる。直接ラグスを攻撃するにはザグンの巨体が邪魔で攻撃できなかったからであった。

 その攻撃はザイードのものと比較にならないほど正確で速度も速かった。ザグンは金属の棒での迎撃が間に合わないと見て取り、ツルハシから手を離しその剣撃の場から飛び退る。

 一本芯が通ったかのようにザイードは、そのふらついていた体がふらつかなくなっていた。頭にツルハシを刺さっているのも構わないかのように首をゴキリと二回鳴らし、ニヤニヤとラグス達を見回す。


「あ~あ、お気に入りの体になんてことしやがる。たかが人間の分際で一張羅(いっちょうら)にも穴あけやがって。楽に逝けると思うなよ」


 ニヤニヤと抑揚のない声でそうのたまうザイード。自らがまるで人間ではないような発言にロイの眉が怪訝に歪み、一瞬後何かを思い出したように目を見開く。


「寄生する植物(インフェスト・プラント)! そうか! あの白い植物は原株!」


 寄生する植物、その名前の通り生体に寄生する植物の一種。基本的にその知性は寄生した生物に依存する。寄生する植物の最終目的はヒト種に対し寄生することであり、地上においては動植物に寄生し、人間に食されるような行動を取る。ヒト種のような高位知性体に寄生した場合、武器を用いるなどの高度な行動も可能となる。

 寄生する植物は他の植物に擬態することで地域の植生に溶け込み、他の生体への寄生をたくらむ。つまり大本の形がどのようなものなのかがわからないのである。また植物とは言われてはいるが本当に植物なのかも判明はしていない。

 寄生する植物の恐ろしい所は、本体をつぶさない限り寄生した生体の形状を維持することにあり、言い方を変えればいくら攻撃しても本体を攻撃しない限り意味をなさないということになる。

 ロイは先ほどの発言をした後、唇を軽く噛み寄生する植物の本体がどこにあるのかの思考を始めた。

 ザイードを見ると切り取られたはずの左手首の肉が盛り上がり左手を再構築しようとしているようであった。

 失血を抑えるために左手をわき腹に添え剣を構えるラグスとツルハシを突き刺したが故に手元から失わざるをえなかったザグンが再び攻撃を開始する。

 ラグスとザグンはロイの言葉を聞いてその戦術を変更した。四肢の欠損及び武器の破壊を主目的としたのだ。敵性体の無力化を行うためにはそれしかなかった。

 ラグスはまず左手首から先が再生しようとしているザイードを目標とし、ザグンはもう一人の前衛を無力化することとした。

 ザイードがニヤニヤと笑いながらラグスの攻撃を回避する。


「おいおい、腰が入ってないぜ。はっはっはっ、俺に剣術の講義でもうけたいのかよ」


 ラグスの感情を刺激する言葉の数々を無視し、ラグスは痛むわき腹をかばいながらまたも攻撃を開始する。


 こうして迷宮内で初めてのヒト種とおぼしきものとの戦闘がはじまった。

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