第四十三話 囚人たちの明暗境界線
既知の人を失ったのではないかという喪失感、既知の人を救助しなければという焦燥感、迷宮攻略が困難になることから来る実利的な感情、そんな感情たちが綯交ぜになった想いを胸に彼らは迷宮内で走るという愚挙をまたも行っていた。
知り合ってまだ数日、仲間というには浅く、友というには違う、しかし今必要な人物というのが彼らにとっての現状のそれぞれの立ち位置である。
丁度いいといってもいいパーティ構成。良くも悪くもこの迷宮内において最適解を与えられているパーティである。その一人がいなくなったことが思いのほか彼らには衝撃的でもあった。
息を弾ませ、顔にさまざまな感情を浮かべながら昇降装置へとひた走る。
ロイがやや遅れがちになりながらも歯を食いしばり、必死についていく。体力の違いが如実に表れている。
ラグスはロイにかかずらう暇すらないとばかりに全力で走っている。彼にとってそれを行っている理由はひどく単純だった。
ラグスにとって人生の第一目標であり最終到達点である”守る”という一事は幼少の頃より父に母に担当神官に教えられ導かれ育まれてきた。それを今行わずにいれば自己の存在意義が失われてしまう。
すでに一度守れなかったことが理由で囚人迷宮にいるのであるから、今度こそという思いもあった。
人々にとって先天的才能はそれほどの意味を持つ場合もある。ラグスは特にそうであった。行動指針としてのその存在は、ラグスにとっては重荷といってもいい存在である。
その行動は自己満足なのかもしれない、欺瞞なのかもしれない。しかし、守る、たったそれだけのひどく単純でいてだからこそ難しいことがラグスにとっては至上命題ともいえるものであった。
そんなラグスはディックを守るために疾駆していく。
ザグンにとって疾駆している理由は酷く曖昧であった。
知り合ったものを死なせたくないという思いはあるもののディックの生き方を是と考えたことはない。それどころか彼のような輩を敬遠していた節もある。
それは根源的であるからこその嫌悪に近かった。
彼は力でさまざまなことを解決せざるを得なかった。それゆえに囚人迷宮に入るまでは諜報や暗殺に長ける者を小癪な、もしくは卑劣であると断罪すらしていた。
だからこその嫌悪感をザグンは隠し続けていた。それを放言するほど子供じみてはいないし、それを態度に表すことが自らにとって不利になることは当然に理解できたからである。
少し前にあった閂を破壊したのは衝動的なものであった。しかし、その後の言葉は彼にとって思いのすべてを乗せたものではなかった。自身のすべてを曝け出すほど、今のパーティに気を許してはいないし、それができるほど単純な子供でもない。
ザグン自身、その嫌悪と実利的感情と感傷と少しの正義感から走っているにすぎなかった。
そうであるからこそロイを見やる余裕もあったし、ロイが遅れかけているのを手助けすることもできたのであった。
ロイにとって走っている理由は明解であった。ラグスとザグンが走っているからである。
ロイはディックについて同じ後衛であるからできれば無事であることを願っているし、ディックの罠に関する知識は惜しいといった考えは持っているもののディック自身が好きだとか嫌いだとか言った感情は持ち合わせていないのが実情であった。
ロイにとって一番重要なのは己が知識をより増やすということである。彼は良くも悪くも”魔法使い”で、彼にとってそれは当然のことなのであった。
ロイが知識をある程度惜しみなく披露しているのは自己発露ともいえるし、自己顕示ともいえるものが根源となっている。この迷宮に入らざるを得なかった理由はあるもののロイ自身は魔法使いをやめる気もその考えを改める気もなかった。
しかし、魔法使いだけでは迷宮を探索するのはひどく困難である。魔法を行使するにしても瞬時というには難しいし、どうしても行使する時間を稼いでくれるものが必要となった。だから現状のパーティは居心地がいいし、それを崩したいとは思わない。だから好意的なものが湧いてきているのも確かであった。囚人迷宮に入るまでは熾烈な権力闘争の渦中にいたことの反動か、表面的にでも迎え入れてくれる人がいることに安堵を感じている。それが一過性のものなのか永続性のものになるのか現状ではわからない。ロイは自身をそう分析していた。
だからこそ、ロイは自身の印象を悪くしない程度にラグスやディックに追従していたのである。
それぞれがそれぞれの歪な想いを抱えながらの疾走は昇降装置が見えた時点で失速していった。
全員が息を弾ませ、睨みつけるように昇降装置を見る。
ディックは落とし穴に落ちたのだから階下にいるはずである。そうであれば階下に向かわなければならない。
第一階層にて台座に黄の玉石を置いたら昇降装置は第二階層に降りてきた。となれば問題となるのはその台座にどの玉石を置くかということになる。青と黄の玉石を両方置くか、青の玉石を置くか、黄の玉石を置くか。
階層が違うのであるから黄の玉石を置いたら一つ下の階層にいくのかもしれないし、玉石の配置は各階共通なのかもしれない。そういった疑問が浮かんだことから台座を睨みつけていたのである。
ラグスがこの疑問に終止符を自分でうてないことからロイを見たのは致し方のないことかもしれない。ロイはラグスの視線を受け眉間に皺をよせて、数少ない迷宮で得た情報を再整理し始める。
台座に置く玉の順番は四色神が名乗りを上げた順に置く場所が決まっているようであった。
普通に考えるのであれば、第一階層に戻るには一番目に名乗りを上げた赤の主を司るであろう赤の玉石を一番目のくぼみに設置してしかるべきであった。
しかし、三番目に名乗りをあげた黄の主を司るであろう黄の玉石を三番目のくぼみに設置したことにより第三階層から第一階層に上がったのであり、第一階層から今の階層に降りてきたのもそうである。つまり、黄の玉石によって第一階層と第三階層がつながっていると考えれば、今の階層が第三階層である可能性も否定できない。
そうであれば三番目のくぼみに黄の玉石を設置すれば第三階層に移動すると考えることができる。これで済めばこの疑問について回答できたといえる。
しかし今の階層にて取得した玉石の色は青であり、青を除外したトラップがあったことから考えるれば、今いる階層が第二階層と考えるのが妥当であろう。
この疑問にロイは首をひねる。
ただ単純に黄の次は青であったと考えるのが妥当なのか。それとも四色神に関連するなにかを見落としているのか。情報を整理すれば整理するほど疑問が湧いて出てくる。
そしてもっともな疑問として、この階層で黄の玉石を設置した場合はどこにいくのかが分からないということである。第三階層から第一階層に行ったからといって、この階層から第一階層に必ず行くとはいえないからであった。
疑問から更なる疑問が湧くことで思考が溢れてしまう前にロイは別の視点から考えることにした。
青の主が名乗りを上げたのは四番目であり、台座に設置する場合は四番目のくぼみに設置すればいいと考えられる。
玉石の取得した順番からみて青の玉石を設置すれば階下に降りられると考えられるので、青を基点として思考を進めていくことにした。
青単体にするべきか、黄と青の玉石を同時にはめ込むべきか。それが問題である。
ディックにできるだけ早く再開しなければならないという条件から最少回数で最適解を出す必要がある。
第一階層から第三階層まではほとんど道なりに進んでおり、特に分かれ道は存在していなかったと記憶している。そうならば迷宮の作成者は第三階層から第一階層に移動させる昇降装置を使わせるという意図を持ってその道を設置したと考えれられる。
この視点から考えれば、昇降装置があることが前提の道なりであったといえる。当然再度攻略する際には、その昇降装置の台座に再び黄の玉石を設置することが妥当といえるし、ロイもそう考えた。
そうであれば、迷宮作成者は青の玉石をどう使わせたいと思っているのかに焦点があたる。
黄の玉石と青の玉石を二つ持っていれば、普通であれば両方をくぼみにはめ込むと考えるし、黄の玉石のみを置いた場合、第三階層から第一階層に移動したことからも両方を使えば階下に降りれると考えられる。
しかしここは迷宮である。迷宮作成者は当然攻略させたくない、もしくは攻略されるにしてもできるだけ遅くしたいと考えよう。
この点から鑑みれば、二つを同時に使用するというのはあまりいい手ではないのではないだろうか。
そういった思考経路をたどり、ロイが言葉を口にする。
「青の玉を四番目のくぼみへ入れてください」
この決断が吉とでるか凶とでるか、迷宮作成者との知恵比べがはじまった。




