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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
第一章 囚人たちの浅層攻略
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第四十二話 囚人と暗闇

 視界がきかない状況下、焦燥と緊迫の狭間で喘ぐかのように回避を続ける。

 音、幾種類もする音によってどうにかそれを続けているが、追撃に滑らかに移行出来ない。どうしても一手遅れてしまう。

 今までいた仲間もおらず、ただ必死にモンスターどもとの生存競争を繰り広げる。

 右から一歩動いたような水音し、必死に体をひねり剣らしき攻撃を避けた。

 持てる武器は短剣と弓という中距離での攻撃方法が見事に存在しない。

 彼らはきっと来てくれるだろう。しかしそれは今ではない。そんな状況に苛立ちを感じる。おかしな話であった。彼が囚人迷宮に入るまでは単独行動は当然だったし、同業の士は見捨ててきたのにここにきてそんなことを感じるのは本当におかしい話だ。

 思考が逸れていることに、また焦燥を感じる。

 まるで死ぬようではないかと不意に口元に笑いが浮かぶ。

 伸るか反るか、弓使いとして矢は自分で作るからこそ、この矢師が作り出した言葉が彼のお気に入りの言葉であった。自分の命をベットし生きていた自分に相応しいともいえる。そんな状況を楽しんだ方がマシだと思えるほど、少年期はひどい状況であった。

 それに比べれば今はマシだから笑うんだと強く念じる。左手に矢を右手にサクスを構え、次の攻撃に備える。目の前にいるであろう敵は二匹。コケのような体臭とシューシューという威嚇音から判断するとどうもそれは水生モンスターであるリザードマンであろう。

 左から水音がする。

 上体を大きく反らし、攻撃を避けると同時に一歩前に踏み出し、相対距離として左手の方が近いと判断し、手に持った矢を突き出す。左手に肉を突き刺すような感覚を得た直後手を離し、更に一歩踏み出しサクスを突き刺した。

 リザードマンの独特な悲鳴を耳にし、満足気な笑顔になる。


 リザードマン、水生モンスターの一種。形状としてはワニが二足歩行していると考えるのが速い。二足歩行する分、手足はワニより当然長し、手は武器が扱える程度には器用である。特筆すべきは水中における移動速度の速さである。長い尾を器用に操り水中での行動は地上にいるものと何ら変わらない動きを実現している。またその体全体に鱗があり、ある程度の防御力を発揮する。天然のスケイルメイルをつけているといってもいいであろう。

 社会性があり、群れで行動するのが一般的で大体十匹から二十匹程度の集団を取ることが多い。湖沼あたりに生息していることが多く、雑食である。


 そんなリザードマンからサクスを抜き去りながら離れようとするが、その動作の途中で右から水音がした。

 体勢を崩していることから回避するのは難しそうだと離れずに超近接戦闘(インファイト)に移行することを選択。

 左足で床を強く蹴り右のリザードマンに拠ると同時に、振り下ろそうとする腕をサクスで切りつける。

 二の腕を切り裂き、その痛みで剣を取り落したリザードマンに大きく開いた右腕を体に引きつけ、体を淡く光らせながら心臓と思しきあたりに突き出す。<短剣術>のアーツ、スタブを発動させたようだ。

 右腕に強い衝撃を受ける。そのままサクスの刃で傷口を広げるように全力で下方に引き抜く。

 位置をずらして再度突出し、下方に引き抜くそれを二度繰り返す。

 全身に生暖かいなにかが降りかかってくるのをそのままに左側に居るであろうリザードマンの加撃に備える。しかし待てども攻撃してくるような気配はなく、逆に静寂が辺りをつつんでいるのであった。

 しばらく周囲を警戒していると淡い光が二つの物体を照らしだし始めた。どうやら二体とも排除できたようである。

 深い長い溜息を吐き、緊張が一気に解かれる。そしてこの水の中からドロップアイテムを拾わなければならないことに気づき再度短い溜息を吐く。

 結構な時間を掛け、二本の剣とリザードマン固有のアイテムであるリザードスケイルを手に入れた。


 リザードマンは迷宮内では嫌われ者である。なぜならば、そのドロップアイテムであるリザードスケイルは一枚では用を為さず、最低でも数十枚なければ防具に整形しづらいため、一個あたりの単価は下位ゴブリンの牙と大差がないからであった。

 逆に数十枚――正確にいえば八十枚――を一気に売れば、リザードスケイルメイルを作成できるので、鍛冶屋に直接売れば通常よりも非常に高めに買い取ってもらえるという利点が存在する。

 しかし、地上においてリザードマンと対峙するほうが一体から得られるリザードスケイルは多く、最低でも一体につき四十枚はかたい。そのため、労と比べて益が迷宮内のリザードマンは異様に低いのである。

 迷宮内のリザードマンの唯一の益となる装備している武器も水辺であることに関係しひどく錆びたものが多く買いたたかれるのが落ちである。そういった意味でリザードマンが厭われるのである。

 探索者は探索をして得たものを売る、言わば一次産業従事者である。しかもそれはこの世界の農業従事者や林業従事者よりも危険ははるかに多い。費用対効果を計算するのは、どんな愚か者でも探索者ならばすることであり、他の迷宮でもリザードマンのいる階層は人気が非常に低いこともそれを証明しているであろう。

 探索者には二種類の行動様式をとるのが一般的である。一つは未開拓の迷宮や土地で探索を行い未知のモンスターや地形といった情報やドロップアイテムを売るかなり高度な能力を持つ一握りの存在、もう一つが既開拓の土地や迷宮で探索者にとっての安全マージンを取りながらドロップアイテムを得て生計を立てる大多数である。ディックは、正確にいえばもともとは探索者ではないが……

 

 手ずから突き刺した矢も回収し終え、ディックがボソリと独り言を言う。


「これで全部か……」


 ディックにとって今のメリットはサクスよりも長い近接戦闘に向いた剣を手に入れたことであった。これによって生存する可能性が飛躍的に上昇したともいえるからである。

 ディックは<剣術>のスキルは持っていないが<短剣術>を応用することも可能である。そのためディックはその剣の一本を腰に挿してもう一本を手に持った。

 スキルのアーツというものは、特定の武器を装備していないと発動できないというものではない。アーツの動作はどのような武器を持っていても同じものである。例えば鈍器を持って短剣術のアーツのスタブを使ってもあまり効果がないが、剣であれば効果があるといった具合である。

 ただし、短剣術のアーツを剣で使用しても短剣術の熟練度は上昇しないという考えてみれば至極当然の結果が出る。そのため極力使用可能スキルに近い形状の武器を持つのが普通である。

 そしてもう一つ、スキルを持つに至るにはかなりの時間の鍛錬が必要である。聞いただけでもしくはある動作をしただけでスキル習得可能というお伽噺のようなことにはならない。武器の違いは距離の違い、攻撃方法の違いの差異が大きい。例えば、鈍器であればどこであれ叩き突ければある一定の破壊効果は得られるが、剣の場合の効果的な場所は手首、手、肩、腰、脚、顔面といった防御力の低い部分を狙う必要があり用法が異なる。また剣といっても刺突や斬撃によっても違いがでるために普段使うものとは別のものを使用するのは判断を誤る原因ともなる。

 そのため、探索者は大体一種、多くても三種の武器種に限定して装備し、それぞれの武器種での練磨を行うのである。ただし、これにも例外がある。それは先天的才能である全ての武器を統べる者(ウェポンマスター)を持っている者はその限りではない。

 ディックは<弓術>と<短剣術>の二種類の武器種を扱える。それは両方とも器用さと反復練習が重要な武器種であり、相性としては非常に優れている。そのため、他の多くの弓を使う探索者もその組み合わせにしているのが普通である。

 

 ディックは、アイテムを回収し終わり、再び闇の中を壁に手を当てて進み始めた。

 彼の第一目標は明かりを手に入れることである。如何に勘に優れているとはいっても闇の中ではとれる動作自体が格段に減る。

 持ち手を塞がれるのは困るのでできれば今持っている光の玉が光ってくれるのが一番いいのであるが、そうそううまくはいかないだろうと腹を決めていた。

 

 光の救いは彼には届かず、行く手には無限の闇が広がっていた。

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