第三十九話 囚人と罠と
宝箱、それは欲望を掻き立てる言葉だ。古今東西問わず、その言葉を聞いてときめかない者はいないだろう。ディックもそうであった。ただ問題なのは美しい花に棘がある様に、綺麗なものには毒がある様に、その宝箱には罠が仕掛けてあることだ。
ディックが使用したアーツによって罠の存在はわかった。しかし、存在することがわかったとはいえ、それを解除するとなると別の話になる。
ディックは<罠設置解除>スキルを持ってはいるが、これはアーツを発動すれば即座に罠が設置されたり解除されたりするものではない。そのような夢のアーツがあれば、皆挙ってスキル習得に励むであろう。しかし、そんな都合のいいものはそうそう存在しない。このスキルは、罠を設置したり解除したりする際に、よりうまく作るための、またはよりうまく解除するためのものであり、それ自体を自動で行ってくれるものではない。つまり、すべて自分で設置や解除を試みなければならないのである。
そしてもう一点、注意しなければならないことがある。それは罠の存在を認知したとしても、罠の構造まで理解できるというものではないということだ。
たとえば、フロアトラップで有名なベアトラップと呼ばれる罠だとしても、その存在があることを認識し、それを目視することで初めて構造がわかる。そしてトラップとは往々にして判りづらい場所や視認できない場所に設置されるものである。このようなものは侵入者排除のために設置されている罠である。
逆にいかにも罠でございとばかりに設置されている場合は、その罠にかける以外の目的があるのが普通であり、そこを読み切るのも必要なことである。そういった場合は、侵入者に対し、他にも罠があるのでないかといった心理的圧迫を狙っている場合もあるし、それとは別のトラップを仕掛けておいて排除する場合もある。
罠とは設置者と解除者との心理戦に他ならず、これまでの道程を考えるにこの宝箱にも相応のものが設置されているとディックは踏んでいた。
宝箱のトラップには、それこそありとあらゆる可能性が存在する。例えば、第一階層の黄の玉を入手した時のように宝箱を開けた瞬間モンスターが出てくるものといった部屋全体を使ったトラップも在りえるし、宝箱自体が爆発するものといった単体トラップもありえる。
そしてさらに、注意すべきはこの部屋自体の在り方である。石柱によって進行を阻まれていた場所であり、それらしいものを見て回ったにも関わらずその石柱を解除する方法がわからなかったということは、普通の方法ではこの宝箱の存在すら認知できないと考えてもいい。これは設置者側の思考から考えれば、あまり手を出してほしくないものであったり、その存在すら知られたくないものということになる。
そこまでするということは、最終手段としてそれなりの危険な罠があることは理解できる。それと同時に、これまでの宝箱やそれに類するものの場合、中には迷宮攻略の鍵となるアイテムが入っていた。しかし、迷宮攻略の鍵となる青の玉はすでに入手しているし、それ以外のものを想像するにたやすいのである。期待と比例して緊張が高まるのも当然であった。
それらの点を考慮してディックはラグス達を下がらせたし、極度の集中をもってその宝箱に挑んでいるのである。
罠解除で主に求められるのは正確さである。正確な認識や手順をもってしてはじめて解除出来得る。つまりそれは器用さが必要ともいえる。先天的才能である”弓の名手”を持つものが<斥候>や<罠設置解除>などのほかに比べれば特殊なスキルを習得する場合が多いのは、この器用さをその才能が与えているからでもある。弓を的中させるには正確な動作が必要であり、その正確な動作をするという単純なようでいて、非常に難しいことを実行するのに器用さが必要なのである。
しかも、弓の場合、立射すら的中を普通に行うには難しいにも関わらず、それを動きながら行うわけであるから、その恩恵は押して知るべしである。
ディックが宝箱を前に一度大きく深呼吸をする。これから罠の構造を調べようとしているのだ。
まずゆっくりと宝箱周辺に宝箱から伸びる紐などといった異物や異変がないかを調べる。これで見つかればよかったのだが、残念ながらない。次に宝箱の蓋と本体部の隙間になにか見えないか宝箱自体に触らずに見る。異常なし。
緊張からか何かが背中を駆け巡る感覚にディックの顔が自然と笑みの形になる。
宝箱の蓋と本体の間にサクスの剣先を少し入れ微妙に開く。松明の位置を調整し中が見えるようにする。何かが鈍く光ったように見えた。金属のようだ。
サクスを戻し宝箱内で金属を使う罠について、ディックが考える。爆発物の場合、金属を使うことは少ない。飛散型毒物の場合も同様。であれば、金属を使った罠としては小型の板バネを用い、弦によって矢、短剣や金属礫等の射出機構である場合が多い。そしてそれらの射出するバレットには往々にして毒物が塗られている。
板バネを用いた射出装置を大きくすればストーンボウやクロスボウなどの機械弓と呼ばれる。それの小型版が宝箱に入っていると考えれば理解が速いであろう。そしてそうした射出装置を発動させるのは、宝箱の蓋を開けた時に蓋に取り付けられた紐によってである。つまり、この紐を切断できれば射出装置を無力化できる。
当然のことであるが、このような無力化対策も取られていることが多い。それは滑車を使うことで宝箱中央部に紐を通し紐を断ち切り辛くするといったものやその紐を切ることで別の罠が発動するようにしてあるものもある。射出装置自体はいくら小型化されたものとはいえ、宝箱内である程度幅を取るものであり、代替トラップはそこまで大がかりなものではないことは念頭に置いておく必要がある。
ただし、射出装置の威力は宝箱の木造部分を突き抜けてくる場合もあるため注意は必要である。さらに開けた瞬間、内容物が燃えるようなトラップの可能性も否定できない。力技だけで解決できるような案件ではなかった。
このスリルが堪らないとばかりにディックの笑みが深まり、皮膚が焦げるような、まるで朽ちかけた吊り橋の上を全力疾走するかのようなそんな緊張感の中でディックの目が爛々と輝く。
再度、ゆっくりとサクスを宝箱の蓋と本体の隙間に差し込み、微妙に開け中を確かめる。目視できる範囲には紐らしきものは発見できない。ディックに良い風は吹いていないようだ。開けすぎると射出装置が発動する可能性がある。鈍く反射した金属の位置から見て一応宝箱の正面からは体をずらしている。
ラグス達に扉よりやや右側に移動するように合図する。ディックには当たらなかったが他のメンバーに当たったでは目も当てられないからである。
これまで出会った罠たちを思い出す。圧殺、刺殺、斬殺、墜落や水攻めいろいろな方法を思い出すだけで背筋が凍るが、それを乗り越えてきた自信もある。スキルの熟練度は奪われたが、それらを乗り越えた知識までは奪えない。しかし使える道具があまりにも少ない。サクスと矢じりが石でできた矢と松明だけだ。まさしく自身の力でのみこの場は切り開く必要がある。
今判明しているのは射出装置があるということのみ、しかも発動用の紐は視界内には存在しない。これ以外に罠が存在している可能性もある。ディックはどうするべきかを一瞬迷い、矢を手に持つ。サクスで微妙に開けている隙間に矢をねじ込んでいく。
視覚が使えないなら他の感覚を使えばいい。そう言外にいっているかのような行動であった。慎重にねじ込み、押したり引いたりしながら矢先に当たる感覚と音でその形状を見極める。視覚を封印するために目を閉じて集中する。
まずは宝箱中央部にある射出装置とおぼしきものの形状を確認した後、宝箱の蓋側に矢先を向け確認していく。どうも滑車らしき存在も確認できた。それ以外に異常は確認できない。次いで底の部分を確認する。射出装置と滑車以外に異物が二つ存在した。一つの形状は四角、石の矢じりを当てた音から考えて石材のようであった。もう一つの形状は複雑で矢先の感覚だけでは説明できなかった。ただし周囲は金属のような音がし、その中央部は石材らしき音がした。後者がこの宝箱が守っている宝のようであった。
ディックがしてやったりといった感じの表情を浮かべ、四角いものを更に確認していく。射出装置と予想していた通りもう一つの罠の多重トラップのようである。
構造はそこまで複雑なものではない。宝箱を開ければ射出装置から何かが飛び出すと同時に四角いものが発動するといったものであった。ただし、射出装置を無力化すれば四角いものが発動する可能性も否定できないところが問題である。
この四角い石材でできたものがどのような罠なのか判然としない。ばねなどを使った機械的罠ではなく、術式を組み合わせた魔法的罠の可能性が高い程度である。ディックはこれまでの階層攻略において比較的深度の高い場所に使われる術式が用いられていたことを思い出す。魔法的罠と断定はできないが、考慮できる事柄が少なすぎるので、魔法的罠と仮定して探査を続ける。
魔法的罠の場合、機械的罠に比べて場所を取らない、絶大な効果を期待できるというメリットが存在する。ただし、その制作は当然術式刻印師によったものでなくてはならないし、常時発動型とは異なり魔法的罠の発動には引鉄が必要となるため、単純な機械的罠にくらべてその費用は莫大となる。それを補って余りある魅力があるのが魔法的罠である。
引鉄には、さまざまなものがあるが代表的なものは機械的罠と複合的に用いるというものである。具体的に言えば、紐などによってある一定の張力を得た状態が緩くなったり引っ張られたりして変化した場合に発動させるようにしている。
ディックにとって幸運だったのは、矢で宝箱内を探っている間にこの紐にひっかけなかったことである。そのための慎重さでもあったのではあるが。
魔法的罠の解除方法はいくつかあるが、ディックはそのなかで最も原始的な方法を用いることを好んだ。それは術式の一部を削り取り無効化する方法である。しかし、ディックの手元にはそのための道具が存在しない。そしてどのような術式が用いられているのかもわからない。
厳重としかいえない、そんな宝箱であった。打てる手が少なすぎる、その一点でもってディックの表情は徐々に厳しいものに変わっていた。
世の常で何事もうまくいく方が少ない。それを体現しているかのような罠でもあった。ただし、だからこそやりがいがあるというものである。山もなく谷もなく平坦な道を歩くだけの人生を望んでいたならばディックはここにはいない。このようなスリルを望んだからこそ、ひりつく様な死線の上を踊りながら進むことを望んでしまったからこそ、ここに居るのだ。
ディックはここに入る前にザグンの覚悟を聞いたことを思い出す。彼の言ったことは確かに一理あるが、それでもディックのスタンスとは対極にある。言い換えれば生き方が違うのである。違うとはいえ、それを否定するものではない。彼はそう考えているのだと思う程度だ。囚人迷宮に入るまではそうであったのは確かである。
ディックは思考が逸れたことを厭うように頭を軽く左右に振り、思考を罠に戻す。
まずは蓋の開けられる限界を見切る必要がある。うまくいけば術式を確認できるかもしれない。隙間にさしているサクスを徐々に持ち上げる。罠を仕掛けるためにはある程度開けられなければ設置者も仕掛けられない。その点を突いた作戦である。微かにキリキリという紐が射出装置の引鉄を引く音が聞こえる。これ以上は無理そうだと判断し、ディックが開いていた蓋を止める。およそ指一本分開くことができた。
そこから中を覗き込む。宝箱の蓋と本体の接合部分あたりに射出装置と引鉄に繋がっているであろう紐が見えたが、問題の四角い形状のものは見えなかった。しかし、射出装置を目視できたのは大きい。
まず、ディックは矢を差し入れ、射出装置の置いてあるバレットを取り外す。これで射出装置は無効化できた。次いで差し込んでいた矢を取り出し、その鏃部分をサクスで切り落とす。ついで矢羽も毟りとりサクスを腰に差す。ただの棒になった矢をまたも宝箱に差し込み、紐を宝箱に押し付けてこれ以上張力が上がらないようにする。
そして器用に左手でただの棒で紐を押し付けながら指一本分まで宝箱を開き、右手でもう一本の矢を取り出し差し込む。棒で押し付けている紐のやや上当たりに鏃の先端を何度も何度も押し付け、紐を切り取った。
矢を離し宝箱の蓋に右手をかけ、棒から紐が外れないように慎重に振動で外れないように蓋を全開になるまで開けきる。
右手で宝らしき物体を手に掴み取り出し、棒を手放し一気に駆け出す。数瞬後、宝箱が閃光とともに激しく燃え上がった。
名称:ラグス レベル:2 先天的才能:守り手
スキル:<剣術>(2:10/30)、<盾術>(2:1/30)、<気迫>(1:5/10)、<**>、
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アーツ:<剣術>:スラッシュ、<盾術>:バッシュ、<気迫>:呼び声、
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名称:ザグン レベル:2 先天的才能:怪力
スキル:<鎚術>(2:10/30)、<両手利き>(2:6/30)、<物理耐性>(2:3/30)、<戦声>(1:3/10)、
<自己治癒上昇>(2:1/30)、<**>、<**>、<**>、<**>、<**>
アーツ:<鎚術>:スマッシュ、<両手利き>:同時攻撃、<戦声>:ウォークライ、
<自己治癒上昇>:自己治癒上昇強化I、<物理耐性>:痛覚軽減、<物理耐性>:ハードマッスルスキン
名称:ディック レベル:2 先天的才能:弓の名手
スキル:<弓術>(1:6/10)、<探査>(2:13/30)、<開錠>(1:2/10)、<罠設置解除>(2:1/30)、<危険察知>(2:15/30)、
<**>、<**>、<**>、<**>、<**>
アーツ:<弓術>:ピアッシング、<開錠>:簡易開錠、<**>:**、<**>:**、
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名称:ロイ レベル:2 先天的才能:魔法使役者
スキル:<魔法制御>(2:1/30)、<水属性制御>(2:5/30)、<土属性制御>(1:7/10)、
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アーツ:<魔法制御>:射出制御・対象制御・範囲制御、<水属性制御>:激発因子作成、
<土魔法制御>:激発因子作成、<**>:**、<**>:**
所持品:白い鍵、黒い鍵、黄の玉石、黄の鍵、光の玉
所持コイン:ラグス(21)、ザグン(21)、ディック(21)、ロイ(21)、
パーティ資金(25)




