第三十八話 囚人のいき方
青い玉を手にしたラグス達一行は、閂のような太さ五十サンチメータル程の石柱に開閉を邪魔されていた二つの対面した扉の前に戻ってきていた。
「あの仕掛けで解除されたと思ったんだけどねぇ」
ラグスが他のメンバーに告げる。第一階層の黄の玉を持っていれば透過する壁のようにはいかず、石柱に扉の開閉は阻まれていた。
どうすればいいのかという微妙な空気の中、ザグンが思いつめたような表情で左側の石柱に近づき手を掛ける。
深呼吸をした後、一気に全身の力を入れる。額には汗の玉が無数に湧き出る。相当な力を入れているのか、顔が小刻みに揺れているのが見て取れる。
徐々に上方にずれていく石柱を見たザグンの目に更に光が宿る。肩の筋肉が盛り上がったのが服の上からでもわかった。それをみてラグスが石柱を肩で担ぎ、全身で押し上げようとする。
ある一定の時点でピクリとも動かなくなったが、ザグンがやめようとしないのでラグスもやめられない。そのまま、続けているとザグンもラグスもその顔がどす黒く変色し始めた。ロイもディックも慌てて止めようとするが取り合わず、そのまま続ける。ザグンの顔が滝のような汗にまみれ、ラグスの顔も同様の有様になっていた。
ミシリと石柱が悲鳴を上げる。それにかまわずザグンが力果てるのではないかというほどに持ち上げようとする。ラグスもそれに助力することで絶叫にも似た音が石柱から聞こえてきた。バキリという音とともにその石柱は無残にも真っ二つになる。
激しい息遣いのザグンとラグスは力尽きたかのように腰を下ろす。ディックとロイは呆れた様子でそれを見る。
「いや、なんといいますか。豪快・・・・・・ですね」
ロイのその言葉に荒い息遣いながら朗らかな笑顔を返すザグン。なかなか息が整わないのか、言葉を継げないようだ。それでも何とか息を整えたザグンが話し始める。
「知恵で駄目なら力づくしかないだろう」
してやったりといった表情のザグンにディックが呆れた様子で、
「いやぁ、まぁそうだけどさ・・・・・・やるか普通、そんなこと」
「ロイにばかりに頼るわけにも行くまい。それにな、証明したかったのだ」
「証明・・・・・・ですか」
「全てとはいかないが、力で解決できることも多いということをな・・・・・・」
満足気な表情のザグンに、よくわからないといった表情の二人。ラグスは精魂尽きたかのようにうつむいて息を整えている。
「そりゃあ、たしかに力で解決できることは多いだろうけど、急にどうしたんだ?」
ディックが、ザグンの奇行にも近い行いの理由を聞く。ザグンが後頭部に右手で撫でながら、どこから話すべきかといった風に悩んでいる。まとまったのか後頭部を撫でていた右手が止まる。諦念とも後悔とも慚愧とも取れる表情を浮かべて俯き気味に話始めた。
「ふむ、ちょっと昔を思い出して……な」
ザグンは少し言いよどむが苦み走った表情を浮かべて、結局話を続けた。
「”双鎚”と呼ばれて浮かれて足元を掬われた。よくある話だよ。私が愚かだったのだ」
ザグンが何かに耐えるようにそう告げ、深い溜息を吐く。
「私はね、それが原因でここにいるのだ。ロイのような知恵もなければ、ディックのような特殊技能も、ラグスのような明るさもない。私には力しかない。それしかないのだ」
それはザグンの告解のようにも聞こえた。
「しかし、私はこんなところに放り込まれても死にたくはないのだ。死にたくないのだよ。そしてもう死なせたくない。だからこそ、私が持てる力にすべてを掛けることにした」
先天的才能、神が与えた才能であり、神が作り給うた世界の住人に等しく与えられるものだ。人はそれを様々に解釈する。神の思し召しだと考える者、他者よりも優れていることを誇示するための道具と考える者、自分の方向性の規定とする者やそれを矜持とする者もいた。総じてそれらは他者よりも優位なものとして好意的に受け入れられる。しかし、何事にも例外はある。例えば応用が利かないもの、あまり知られていないものや効果の薄いものは、人は意図しないながらも同情を寄せたりする。それによって神からの贈り物であることが、逆にそういった才能の所有者に劣等感を抱かせる原因ともなる。
つまり神からの贈り物が、人々の不和の原因となっているのである。それは先天的才能が人々の心に大きく影響しているからこそといえる。だからこそ非常に根深い問題でもあった。
ザグンがそう告げた時、表情は弱弱しいものの目には強い光が見て取れた。ラグスは、ザグンの言に強い感銘を受けたようで力強く頷きを返し、
「全部じゃないけど、わかるよ」
ザグンに体を向けながらラグスは真剣な表情でそう言った。
ロイはザグンの方を向いてはいるが、腕を組みながらその考えに至るのになぜ石柱の破壊が必要だったのか理解できない様子だがザグンの気持ちだけは受け取る。ディックは思う所があるのかアルカイクスマイルを浮かべながら思考の渦に巻き込まれていた。
ただ三人はザグンが信頼して僅かながらでも過去と心情を吐露してくれたことを嬉しく思っていた。
無茶苦茶という言葉がピタリとはまるザグンの暴挙の代償は、休憩に入らざる得なかったことである。ただそのことに対して文句をいう者はいなかった。ただし、ただの通路である。当然、周囲の警戒は行っていた。そんな中ディックが閂の破壊された扉を調べていた。
その石柱の太さ、形状、材質の三点を改めて見てもザグンの想いの強さがなければ破壊は難しかったことがディックには見て取れた。
ザグンの先天的才能は”怪力”、シンプルだが応用力の高いものだ。それゆえに力に頼りがちになってしまうことも理解できる。それゆえの壁にぶち当たってしまったことも昔の知人を思い出させる。
ディックが複雑な表情で扉を調べていると、特に問題なく開くことがわかる。念入りなことにここだけ外開きの扉だ。これまでは全て内開きの扉であった。
ディックは反対側の扉も調べ始める。ロイは通路の中央で立って足元を見て居た。それを無視し、調べてみても石柱をどうにかする方法はわからずじまいであった。
四半刻ほどの休憩の後、全員が扉の前に立っていた。手持ち無沙汰のようにラグスが左手をぶらぶらとさせ後、扉のノブを握り、後ろを振り返る。全員が頷くと扉をゆっくりと開いた。
その部屋は八メータル四方ほどの正方形であった。そして白い植物群が所狭しと密生していた。青の石を手に入れる前のことを思い出し、慎重に歩を進める。魔力溜りのような魔力異常ではなさそうだとロイが告げる。
ロイは白い植物を弄りながら思考の海にもぐり込もうとする己を押しとどめていた。迷宮内の植物といえばモンスターか空気を発生させるためのものである。空気を発生させるためのものは、迷宮固有の植物であり、それは一種しか発見されていない。しかし、それはこの白い植物のようなものではない。魔力溜り特有の植物かと考えたが、魔力溜りではないここにも白い植物が存在するということはそういうわけでもないらしい。
ディックが植物を避けるように壁際を移動するのに合わせロイも移動を始める。植物が視界を阻むため、遅々としてその探索は進まない。しかし、非常に遅くはあるが丹念に調べ続ける。
扉正面の壁あたりでディックの体が止まる。ラグスはそれを見てより警戒を強くした。ディックは白い植物に隠れたでっぱりを見つけていた。サクスで突いたりアーツで調べたりしながらそのでっぱりを調べていく。
特に致命的な仕掛けは存在しないようである。ロイを少し下がらせて、でっぱりを押し込む。石を引き摺るような音がした後、でっぱりの横の壁が引き込まれ横に移動することで入口ができた。
ディックがラグスやザグンに合図を送り、入口から中に入る。ラグスとザグンが左右に展開し、その後ディックとロイが腰を落としながら入る。
その部屋には白い植物は存在していなかった。その違いにまた疑問が増えたとばかりにロイの眉間に皺が寄る。この部屋には変化はなかった。中央においてある宝箱以外は。
全員の目が色めき立つ。迷宮内の宝物ほどロマンを掻き立てるものはない。ラグスが駆け寄ろうとするのをザグンが止め、ディックがそれでも周囲を警戒しながら近づいていく。ばつがわるそうな表情を浮かべたラグスがディックを見守る。
フロアトラップ、ウォールトラップやシーリングトラップはないか。期待が高まるからこそ慎重に慎重に進む。
なんとか宝箱の前まで移動したディックが一瞬安堵の表情を浮かべ、気を引き締める。宝箱にアーツを使用し、罠がないかを調べる。ディックの眉が跳ねあがる。
ラグス達を見て、警戒を促し、再び宝箱に向かうディックであった。




