第三十七話 囚人の単独行
ラグス達の目の前には白い植物群が広がっていた。
魔力溜りがあるために、これ以上進むと魔力酔いが発生する可能性があることをロイが示唆したことで立ち止まっていたのだ。ただロイ以外の三人には特におかしくは感じない。魔力酔いの恐ろしい所だ。気がついた時にはすでに手遅れになっている場合が多い。最初は軽い嘔吐感や頭痛から始まり、最終的に混乱、幻覚や内臓不全による吐血や下血といった中毒症状がでる。問題なのは、それが迷宮内で起きるということである。嘔吐や頭痛程度であれば引き返すという選択もあるが、中毒症状が出た場合にはそれすら適わなくなる。これらの心配からロイはラグス達を留めたのであった。
魔力溜りは、言い方を変えれば局地的な魔力過多といえるが、このような魔力異常が起こる原因は不明である。よく見られる現象として魔力過多の場合、モンスターが凶暴であったり悪魔種と呼ばれる稀有なモンスターが出現したりするのである。無魔力の場合はまた別の現象が報告されている。
ラグス達の目下の問題は、この魔力溜りが白い植物群の生えている辺り一帯にあるということである。立ち止まって、そのことについて相談していたのである。
「ロイが一人で行くのかい?」
「ええ、僕であれば魔力酔いに罹る心配もないので、その方がいいかと思います」
「ふむ、しかしだな、先ほどのようにモンスターが襲ってこないとも限らないぞ」
ラグスが心配気に聞き、それをロイが答え、ザグンが問題点を挙げる。ザグンの言に口を開きかけたディックが頷きで肯定をする。
「その場合は走って戻ってきます」
笑顔でロイがそう告げ、なおも心配そうなラグスをとどめる。
ディックが、魔力溜りに近づくことで光を放ち始めた玉をロイに渡す。白い植物群に松明によって燃え移らないようにするためだった。ロイが笑顔で光の玉を受け取り、白い植物群に歩を進める。
白い植物群は、高さは百五十サンチメータル程で目立った葉はなく、その枝は粘菌が広がるかのようであり、またその表面は編み込まれたかのような形状であった。敢えて名を上げるのであれば白いミズスギといえば近いであろう。それが群生していた。
その白い植物群をかき分け、一メータルほど進むとビシャリと音がした。ロイが足元を見るとそこには水が薄く張っていた。水深は五サンチメータルほどで、進行に特に問題がないために無視する。背後を見ると心配気な表情のパーティメンバーが見える。それに笑顔で手を軽く振ってまた歩を進み始めた。腰の小袋からの光では、その笑顔は朗らかでもあり、邪悪にも見えた。
七メータルほど進むと、前方に太さ二メータルほどの柱が見える。そこまで歩を進め、周囲を回りながら柱を眺める。その柱には、見事な装飾が施されていた。
「すごい……まるでミストキアの門柱のよう……」
ミストキアとは、メロマリ王国の首都にあるラディクラーゼ派の本山であり、メロマリ王国に生まれたならば一度は見ておくべきとまで言われるミストキア大聖堂のことを指す。そのミストキア大聖堂の門柱二対は、故リアゾ・ロディルム作の四色神が描かれたものである。その見事さは、ラディクラーゼ派の総本山であるディキリニ大聖堂の装飾に引けを取らないほどであった。
「けど、三色神しか描かれてない……青はいったい……」
ロイが少し残念そうにつぶやく。この柱には、上段に緑の主、中段に赤の主、下段に黄の主が柱に巻きつくように描かれていたが柱を一周しても、青の主はどこにも見当たらなかった。
歩くたびにバシャバシャと水が跳ねる。ロイが足元に目をやった。
「水……そうか、青の主が司る水!」
しかし、それがわかったとしても現状になんら変化はない。どうするべきかとこめかみに人差し指を当てて考え始めるロイ。三色神の描かれた柱、水、青の主、白い植物群、魔力溜りといろいろな単語が頭の中をグルグルと回るがなにかが足りないのか答えが出てこない。ロイは自分がまかされたのだからという強い責任感から、答えがでないかもしれない不安に駆られながらも思考を止めない。
ロイは一つづつ紐解くように思考を綴る。ここが第二階層なのであれば、装飾の施された扉は青以外が描かれていた。そこから考えれば、柱に青の主が描かれていないことも納得できる。本当に水は青の主を指しているのか。不明。指しているならばそれはなぜなのか。不明。白い植物群はなんなのか。不明。なぜここが魔力溜りなのか。不明。
ロイの眉間に皺ができる。腰につけた小袋から洩れる光が眩しいかったのか、少し手で移動させる。
「そういえば、なんでこの玉は光始めた?」
ロイは新たな疑問に喜々としておもちゃに飛びつく子供のように飛びついた。こういう玉の場合、通常であれば魔力供給用の特別な装置が存在する。そこに設置しなければ、魔力が供給されないようになっている。これは魔力の安定供給が難しいからである。魔力溜りに近づくまでは、ただの玉であった。しかし、現在では玉は光っており、魔力が供給されたことを示している。
「この魔力溜りに調整されていたのかな?」
思考が口から洩れているが、気づかないロイはそのまま続ける。
「となると、意図的にしているということだから……」
玉に関連する何かがないかと柱を丹念に調べ始める。ゆっくりとためつすがめつしながら柱をみていると、柱のかなり下のほうに白い植物に埋もれながらもへこみが存在した。そのへこみは拳を二回りほど大きくしたようなものであり、ちょうど件の光の玉が填まるようであった。
思考が正しかったことがうれしかったのか、ロイの表情が明るくなる。
光の玉を小袋から取り出し、そのへこみに填め込む。すると光が柱を稲妻のように走る。ロイが驚いて一歩後ろに下がる。光は天井付近まで伸びた後、柱全体が光り始めた。
離れた所からラグスの声が聞こえてくる。どうもロイを心配してのようだ。
「大丈夫です。罠とかではなさそうです」
ロイがラグスに返し、再び柱を調べ始める。
光の玉から先ほどまでなかった柱を這うように横に伸びる光の帯ができていた。その帯を目で追いながら移動を始める。光の玉をはめた場所から柱をはさんでちょうど反対側に先ほどまではなかったものがある。それは白い植物に埋もれながら存在した。台座である。
「あった!」
地中から生えたようなその台座は、青の主の装飾が施されていた。探していた青の主、その装飾の発見をロイはうれしげに言う。台座の上をまず見ると、そこには何も存在しなかった。装飾を丹念に調べていくと四面に青の主が描かれているが、それぞれに表情が違うことが見て取れる。正面から右に見ていくと冷静、冷酷、平穏、暴虐の表情の青の主であった。それぞれの面を描いたそれも柱と同様に見事なものであった。
「確か第二階層の扉の装飾は、赤が嫉妬、黄が笑み、緑が無関心だから・・・・・・平穏が一番近いかな?」
そういって、ロイは平穏な表情の青の主の面の前に立つ。先ほどの柱に光の玉を填めたことから、まず足元のほうを調べてみるが特に何もない。ゆっくりと上へと調べていく。すると青の主の手が他の装飾部分よりも盛り上がっているように見えた。ロイが一瞬躊躇するが、思い切ってその盛り上がった青の主の手を押してみる。
ロイはかなりの抵抗を感じながらも押し込むと、ガコンと下のほうから音が聞こえた。ビクリとロイの体が硬直する。ラグスがレバーを引いた瞬間、床が開いたときのことを思い出したのだ。恐る恐る足元を見てみるとそこには確かに穴が開いていた。しかしそれは小物入れ程度の穴であった。
安堵のため息を一つつき、しゃがみこんで水の中にある穴を確認すると、中には拳大の青い色をした玉があった。黄の玉を得たときの事を思い、恐る恐る玉を手に取るが何か変化があるわけではなかった。
ロイは、それを大事に抱え込み、ラグス達の元へと戻ることにした。光の玉は今後も必要になるかもとそれも回収してからである。
戻る途中、ふと白い植物を気まぐれに手折ってみると折った瞬間、仄かな光の粒子となり、その存在が消える。
「この白い植物はいったい何なんだろ」
そういって首をひねるのであった。これまでの装飾がそれぞれ意味があったように、今後必要になるかもしれないと思い、その存在は記憶に留めておいた。
ロイが戻ると、ラグス達はうれしそうな笑顔で迎えた。
迷宮内では力だけが必要なのではない。知恵も必要となる。力と知恵、共になければ迷宮で朽ち果てる結末を迎える。ロイの単独行はそれを証明するものであった。
ロイがその行動の一部始終を説明し終わった後、ラグス達はその知恵を賞賛した。うれしげなロイの目には罪悪感にも似たものが宿っていた。




