第三十六話 囚人たちと苦闘と想い
残り二匹、王冠飛蝗と飛蝗である。
どう処理をしていくかの問題。視界の端にザグンが白蛇と対峙している。
後ろの飛蝗二匹が飛んできたときには驚いたが、ディックが処理してくれたようだ。ありがたいと思いながら王冠飛蝗に<呼び声>を発動する。
ザグンに近づいていた王冠飛蝗がラグスに向き直る。
飛蝗が足を撓め始める。
後ろに行かせるわけにはいかない。壊れかけた盾で身を隠しながら、突撃のタイミングを待つ。右手の小指に力が入る。柄に巻きつけてある皮が悲鳴を上げる。
飛蝗の足が限界まで撓められた瞬間、長剣を前に突き出す。
まるで飛蝗がその長剣に吸い込まれるように突き刺さった。
ラグスの口元が一瞬緩むがすぐに引き締める。まだ終わっていない。王冠飛蝗が残っている。飛蝗の死骸を剣を振るうことでうち捨てる。
王冠飛蝗が翅を広げる。
まずい。あれはまずい。そうラグスの中で何かが騒ぐ。
その透明な翅がまるで過給器のように四方向に広がり脚を撓めはじめると、王冠飛蝗の体が淡く光り始めた。
盾の影に身を隠しているラグスの頬を汗が伝い、頤から滴り落ちる。
その瞬間、ドンと空気の壁にぶち当たったかのような音がした。
ラグスの持つ亀犬の盾が跳ね上がると同時に取っ手と縁を残して粉々となる。その破片がラグスにいくつも直撃し刺さった。苦鳴が口の中で反響する。
王冠飛蝗を見失ってしまった。周囲を見回すが視界には入らない。その時、ザグンが白蛇に巻きつかれているのが目に入った。王冠飛蝗が見えない位置からあの攻撃をしてきたらと考えると恐ろしくて仕方がない。しかし、目の前のザグンを放置するわけにもいかない。
ザグンと密接した状態で、白蛇にアーツの<呼び声>が効くとは思えないがやらないよりましだ、と判断し体を淡く光らせる。
一瞬、白蛇がこちらを向くが、すぐにザグンへの締め付けをきつくしはじめた。ザグンの顔がどす黒くなり始めている。ラグスがザグンに駆け寄り、白蛇を押しのけようとするがぬめぬめとした鱗のせいでうまくいかない。
どこからかまた空気の壁を突破するような音が聞こえた。
ザグンが不意にラグスの両肩を持ち、位置を入れ替わる。入れ替わった瞬間、鈍い音がザグンの背中からして、ザグンがラグスに向かって倒れこむ。それを何とか支えるラグス。白蛇が苦悶を示すかのようにザグンから剥がれ落ちた。
ラグスの視界に、大きくへこんだ白蛇の胴体と王冠飛蝗が見えた。ザグンを脇によけ、白蛇に<呼び声>を発動しながらザグンから距離をとる。
ロイから青い淡い光がザグンに飛ぶのが見えた。ロイの横でディックが跪いて、ラグスたちを睨むように見ていた。
なんという有様なのか、”守り手”として有るまじき為体、ラグスは奥歯を噛み締め現状を認識した。盾は砕け、身に着けているものは剣と囚人服のみ。それでも守る、守らなければ、そう強く願うラグス。そんなラグスの脳裏に過去の情景がよぎり、頭を振る。剣を両手で持ち、王冠飛蝗に対し正眼に構える。その目はギラギラとし、睨め付ける様であった。
王冠飛蝗がそのどこをみているのかわからない複眼でラグスを捉える。
ギシギシと音をたてているような王冠飛蝗の口の動きにラグスは嫌悪感を抱く。
視界の端の方で、白蛇がよろよろとラグスに向かっていくのが映る。
王冠飛蝗が脚を撓め始めたのが目に入る。翅は広げていない。
まるで岩になるかのようにラグスは全身に力を込める。柔軟な動きをする気はないようだ。
王冠飛蝗の体がぶれた瞬間、
「ハッ!!」
気合とともに発声、腕に更に力を入れ、剣の位置を微調整をする。
ラグスの上体が大きく揺れ、王冠飛蝗がラグスの横を通り過ぎる。
二つに別れた王冠飛蝗はそのまま切断面を地面に向け倒れた。
白蛇がザグンの横からラグスの方へ身をよじる様にしながら移動していく。
それをザグンが尻尾を捕まえ立ち上がる。その顔は悪鬼羅刹すら逃げ出す壮絶なものであった。
尻尾を握った手を持ち上げ、全力で降ろす。何かが地面に張り付いたかのような音が白蛇の先端から聞こえる。それを何度も何度も繰り返した。
何度も何度もまるで仇かのように打ち付け続けるザグンを横目にラグスは、尻もちをつくように腰をおとした。
なにかを見上げるように顔を逸らしながら、深い溜息を吐く。その溜息はラグスの想いを吐露するかのように長かった。
白い植物群から少し離れた場所に何とか全員が集まり、休憩を取る。
ディックは突撃を喰らった胸部に手を当て横になり、ロイは地面を見つめながら胡坐をかき、ラグスはなにかを見上げるように顔逸らし、ザグンは胡坐をかき両膝に手を当て何かに耐えているかのように目を瞑っていた。
思い思いの姿勢で会話もなく過ごす。
そんな中、ポツリとロイが誰に言うにでもなく呟く。
「魔力溜り……あの白い植物は関係があるのか……」
どうやらロイの思考が口から洩れてしまっているようだ。それに気が付かず続ける。
「光がない場所で育つ植物……魔力を吸って生きてる?」
そんなぶつぶつと続けるロイに他の三人は反応を返さない。
「そういえば……ディックさんの持ってる玉……」
少し離れたことでディックの小袋に入っている玉は光を放たなくなっている。またも疑問の残る現象が発生したせいかロイの目が輝き始める。
名前を呼ばれたディックがロイを見るが、特になにか用というわけではないみたいなので、放っておくことにする。ロイは思考をし始めると周囲にあまり頓着しないということがわかり始めたからだ。
ぶつぶつと意味を聞き取れない程度の大きさで話続けるロイをラグスもチラッと見るが、考えが終わるまで待つことにした。
ディックはジワジワと痛みが引いていくことを感じながら、なぜロイを助けたのかという疑問が頭の中でこびりついていた。
街で闇夜を味方にしていた頃には、見捨てるなど当たり前のことだった。現に共に行動する者を見捨てたことなど数知れない。なのに囚人迷宮にきてこんなことになっている。不思議でしかたなかった。
しかし、それは少しも不快なことではなかった。どちらかと言えば、安堵や爽快といった心地よいものといってもよかった。
そんな心の変化にディックは戸惑いを覚えていた。
ザグンは背中の痛みを感じながら、自分の弱点を思い返していた。
負ければ賊軍、そんな言葉が頭をよぎる。実際、彼は負けたからこそ囚人迷宮にいるのだ。
思い出というには早すぎて、苦みを伴うものであった。信じた力だけでは解決できないこともあると理解していたはずなのに、今回の有様である。
どうすればいいのか、そんな単純で難解な問題を中心にザグンの心を蝕ばんでいた。




