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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
第一章 囚人たちの浅層攻略
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第三十五話 囚人たちの苦闘(3)

 胸の骨の痛みがディックを苛む。奥歯を噛み締め、脂汗を浮かべながら弓を構える。一瞬でも気を抜けば、矢から手を離しそうだ。狙いはラグスの背後で突撃方向を微調整している飛蝗(ローカスト)の一匹。的は小さい。駆け寄ってサクスで一閃、それが出来ればよかったが今の自分の状態だと難しい、そう判断してのものだった。

 痛みで手が震え、目標が定まらない。ロイが掛けてくれた自然治癒上昇魔法の効果もあるのだろうが遅々たるもので今すぐというわけにはいかない。失ってしまった弓術の熟練度が惜しい。スキルの補正効果(かみのしゅくふく)が今こそ欲しいのだ。無い物ねだりをしても仕方がない。弓を持つ手から人指し指を突き出しポインターにする。息を止めると痛みが和らぐと同時に腕の振るえが減る。刹那の見切りが必要はなにも剣に限らない。その一瞬を見切り矢を放つ。距離はそこまで離れていない。放つとほぼ変わらない時を経て飛蝗の胴に矢が生え、顔から鏃が飛び出す。その衝撃で正に弾かれた様に吹き飛ぶ飛蝗。

 激痛が蘇り、苦痛がディックの表情を支配する。なぜロイの前に飛びだしたのか自分でも理解できていなかった。その時、そうしなければならないと強く感じた。それだけであった。ロイが横で魔術制御を行っているのか、片手を前に出しているのが見える。この苦痛から解放されたいとは思うものの戦闘は終了していない。

 次の矢を番える。弓を引くごとに痛みが比較級数的に増していく。ディックの顔色が赤を通り越していく。なぜこんなことをしているのかと、ここにいる奴らなど放っておいてもいいじゃないかと、昔の自分ならこんなところからさっさと逃げていたじゃないかと悪魔が囁く。それでも強く奥歯を噛み締め弓を引ききる。弓の有効射程距離百メータルほどである。それを四メートルも離れていない敵に放つ。距離減衰がおこらない。矢が刺さると同時に飛蝗が吹き飛ぶ。

 これでラグスは安全だと思った瞬間、膝から力が抜ける。右腕を地面につき倒れこむのを防ぐが、そのせいで激痛が襲い掛かり苦鳴がもれる。脚に力が入らない。厳しい視線でザグンを見やる。


 目の前にある白い植物の揺れがだんだんと近づき、大きくなっていることをザグンは苦慮していた。一足飛びに下がりラグスの援護に回るべきなのか。それともこのまま橋頭堡を確保することで後衛に飛蝗共を行かさないように牽制し続けるか。そんな悩みすら抱えて。

 飛蝗の突撃を回避するために体を翻す。その時、ザグンは片足をついているディックと目が合う。眉間に皺を寄せながら視線をはずす。そして橋頭堡としてここに起つことを選択した。これ以上後衛に飛蝗共をいかせることはできないと強く抱いて。

 力があるということは、それだけで脅威だ。適切なタイミングで適切な場所を全力で殴る。それだけで戦闘というのは大体ケリがつく。幼少の頃より友人とともに学んだことだ。苦みばしった苦悶とも取れるものがザグンの顔を走り抜ける。新たな飛蝗の突撃に合わせ金属の棒を全力で振るう。紙を握りつぶすような音がして飛蝗が絶命する。残り二匹。肉体的苦痛以外の何かに耐えるように奥歯を噛み締める。一瞬、自分の過去が脳裏をよぎる。

 全力、無駄な考えなど捨てて全力を出すことが今を打開できる。そう信じてツルハシと金属の棒を強く握り締める。それは皮を引き絞る音がするほどの強さだった。軽く前方へステップし、その勢いもろともツルハシをスイングする。飛蝗が左へステップを踏みそれを回避する。ザグンがスイングの勢いを利用して右足を前方に出し半回転、回避した飛蝗と相対する。視界の端にはもう一匹の飛蝗。そしてラグス。ザグンの視界に入っていた飛蝗に水滴のようなものが当たり弾け飛ぶ。ロイの方向をみるとロイが笑みを浮かべていた。軽くうなずき、一瞬白い植物群に目をやる。するとそこには白い蛇の頭が見えた。

 ラグスは王冠飛蝗は未だ処理しきれていない。ディックはこの戦闘では使い物になりそうにない。乾坤一擲、あの白蛇を相手取るしかない。全身に一瞬力をいれ弛緩させる。鋭く息を吐き、気合を入れる。

 白い植物群から出てきたのは体長二メータルほどの大蛇であった。胴回りは女性の腿ほどもあり、その表面はテラテラと松明の光で照り返していた。牙をむき出しにし蛇特有の威嚇音を放っている。先手必勝とばかりにザグンがツルハシで殴りかかるが、軽快な動きで避ける。白蛇が体をバネを圧縮するように縮め、腿を狙い、放つ。あまりの速さにザグンはギリギリのところで脚を引き、辛くも避けるが一瞬でも遅ければ食いつかれていた。肝が冷える。攻撃が早すぎる。ダメージ覚悟で攻める必要があるとザグンは判断を下す。

 白蛇の体勢が戻る。前に出て、金属の棒、ツルハシ、金属の棒、ツルハシと交互にまるで床を太鼓にして音楽を奏でているかのような連打。体をくねらせて避けるが全ては避けられない。痺れる手をそのままにツルハシが胴体に刺さった瞬間、無造作に引っこ抜くかのように白蛇を引き上げ、金属の棒で地面に叩きつける。

 

 「シッ!」


 鋭く声を伴った吐息の後、再び連打をする。白蛇が嫌がるように大きく移動する。それを見て取り連打を止める。苦痛を示すようにうねる胴体。その動きのまま、また体を撓(たわ)め噛み付きをするかのように飛び出してくる。噛み付きだと思い右に避けようとする。うまく避けれたが、体勢が崩れてしまった。それをあざ笑うかのように、白蛇がザグンの脚に絡みつく。

 ザグンの眉が跳ね上がり、絡みつかれた脚を上げ、白蛇の胴に足の裏を叩きつける。しかし、意に返さぬように胴体から首にと絡みつく白蛇。白蛇の顔がザグンの顔の真横に来ると蛇の二股の舌がザグンの頬を舐める。そして一気にザグンを締め上げる。


「グゥゥゥ」


 肺が圧迫され、強制的に声帯を狭まされたことによって意図せぬ声が漏れる。白蛇の舌が味見しているかのように何度も何度もザグンの頬を舐めるのであった。

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