第四十話 囚人とお宝と
激しい燃焼の余波に顔を嬲られながら燃え尽きようとしている宝箱と手元の奇妙な形をした物体を見比べ、右頬を上げる。ディックはラグス達に振り返り、右手に持ったそれを突き出す。
それは中央部分に直径十五サンチメータルほどの透明度の高い無色の宝石のような輝きをもった鉱石が填められ、その周囲に装飾なのか五角形と三角形と四角形が組み合わされたものがあった。それをみたラグス達は絶句していた。
中央部分の無色の鉱石を振るえる指でさし、ロイが言う。
「この大きさの……万色の長神の奇石!」
ラディクラーゼの奇石、それはこの世界においてもっとも貴い石とされるもので、ラディクラーゼを表していると言われている。その奇跡のような無色の石はラディクラーゼ派において神聖視されており、かなり小粒のものをペンダントなどのアクセサリーにして相手に贈ることは大きな意味を持っている。それは贈る相手が異性の場合には求婚を意味し、相手が同性の場合には忠誠を誓うもしくは永遠の友情を示すものである。ただし、市場における流通量は多く、一サンチメータル程の小粒のものであれば安価で入手が可能である。
ラディクラーゼ派以外の場合は、それぞれ仰いでいる神の色をした鉱石を贈る。つまり既婚者の場合にはそれぞれが仰ぐ神の色をした鉱石をアクセサリーとして身に着けていることになり、それをもって信教を判断することも可能である。各宗派間での婚姻もありえるが、その場合は相手に合わせて贈るというのが一般的なものである。
しかし、十五サンチメータルほどの大きさともなるとその価値は格段に上がる。透明度が高いものでかつ傷が少なく大きなものであればあるほど、その価値は跳ね上がっていく。
「ですが、これ、中央に大きな傷らしいものが見えますのでそこまで価値はないかと」
確かに残念ながらその奇妙な形をした物体の中央部にはまっているものは石の内部に大きな傷らしきものが存在した。値段としてはそこまで高価とは言えない。それをロイが指摘したことで、ラグス達の表情には落胆の色が見えた。
ロイがディックの手から取り上げラディクラーゼの奇石の周囲にあるさまざまな角形の組み合わせられた奇妙な装飾らしき部分をつぶさに観察する。
周囲の装飾らしき部分には職人技とでもいえるような細工が施されていた。それは無数の術式のようにも見える。ロイの眉が軽く跳ね上がるが言葉には出さず、そのまま観察していく。その時のロイの表情はまるで専門家のようであった。
しばらくそうやって観察しているとロイがボソリという。
「これは……魔法制御用のもの……なのかな」
魔法発動においてその威力を強制的に増加させるために補助的な使用をするものが一般的であり、それは増幅器と呼ばれる。しかし、その奇妙な物体に描かれていた無数の術式は増幅器において使用されているそれとはまったく異なっていた。見たこともない術式も混ざっており、確実とはいえないが知っている術式を組み合わせて考えると魔法を制御するための術式群と類推できた。
さらにロイはあることに気がつく。これだけ術式が描かれているにもかかわらず、肝心の核となる部分の術式が周りの装飾にはないということである。核となる術式、それは他のすべての術式に対し、魔力を供給するための術式であり、増幅器においてもっとも重視される術式である。その術式がこの装飾部分には存在しなかった。威力を増幅するにしろ、制御するにしろ魔力供給は必須であり、その点においてこの術式群は異質としか考えられなかった。
「魔法制御に特化して、魔力供給は他に依存する形になっていると考えた方が妥当……ということでしょうか」
ラグスはロイが意味不明な言葉を言っていることに眉を顰める。ロイは自分が言葉を口にしていることを意識していないのか、独り言を続ける。
「現状の術式技術体系とは別個のものなのかも……だとするとすごい発見だ……」
興奮気味にロイがいうがラグスとザグンには意味がわからないのか眉を顰める。しかしディックは片眉を跳ね上げたことから、その言葉の持つ意味を理解したのが見て取れた。それを見ていないロイの独り言はさらに続くが、他の三人は仕方ないといった様子であった。
「魔力供給自体の術式がないということは、やはり使用者が魔力供給をするということですよね。となるとどこに供給するかが問題になりますね。一般的な増幅器なら持ち手の部分に供給するのですが、これの場合はどこを持つのか……」
まるで前日に多量の雨が降った川のように口から思考が溢れているロイの思考は更に加速していく。
「そういえば飛行型増幅器の場合は、増幅器の核に直接魔力供給をして一旦バイパスを作った上で魔力供給をしますね。これの場合もそうと考えた方が妥当でしょうか。しかし、未知の技術体系らしきものですから、そう単純なものとは限りませんね」
飛行型増幅器、それは魔法使いの周囲を飛行する特殊な増幅器で他の本型や杖型のものよりダメージの増幅効果は低下するが防御型の魔法を行使する際には、魔法使いがある一定内において任意の場所で防御型魔法を展開でき、さらに必要な制御条件が減り即時展開が可能になるというメリットがある。これにより拠点防衛時において魔法使いの優位性が確保された。ただし、どれほど能力の高い魔法使いであっても飛行型増幅器の複数使用は困難を極める。
この飛行型増幅器において使用されている術式が先ほどロイが制御特化型ではないかと疑問に思った要因である。それは飛行型増幅器の場合、どうしてもダメージ増幅効果の低下が起こるわけであるからそれを逆手にとって、ダメージ増幅に必要な術式を削り魔法制御用の術式をより詳細により多く描くことで防御展開効率をさらに上げている。その際に使用されている魔法制御用の術式が装飾部分には見て取れた。つまり、ロイの思考展開は魔法制御用の術式から飛行型増幅器へと逆算していった形となっているようだ。
「う~ん、考えれば考えるほどこれは興味深いですね。起動してみてもいいですか?」
ロイが現実に戻ってきたのか他の三人に問いかけるように言う。
「ふむ、危険はないのか?」
ザグンが心配気にロイに問いかけるが、ロイは笑顔で答える。
「たぶんそこまで大きな問題は起きないかと、いくつか不明な術式はありますが罠等に使われている術式とは異なりますので」
それを聞いた三人はそこまでいうならということでロイに許可を与える。
ロイは三人から少し離れた所に移動し、制御器と思しきものに魔力を供給するために外部場を発動した。外部場を右掌に載せた制御器と思しきものが重なるように移動させそこに魔力を供給する。
中央部分の鉱石が仄かに輝き始め、その周辺を囲っていたさまざまな角形が鉱石を中心にそれぞれに回転を始める。どのような構造なのか、五角形、四角形と三角形の装飾はそれぞれを透過し、微妙に角度を変えながら複雑な軌道を描いていた。回転速度はそれぞれ異なっているようで五角形の物が一番早く、二番目に三角形、一番遅いものが四角形であった。一番遅いものでも術式を確認できない速度で回転しており、そこに描かれた術式が発光しているがそれが帯のように見えるほどだ。
ある種幻想的なその動きにロイはしばし見とれていた。すると制御器と思しきものがロイの手を離れロイの周囲をまるで小鳥が遊んでいるように変則的に回り始めた。
ロイは目を大きく見開きながら独り言をいう。
「やっぱり飛行型だった……となると魔法を使ってみれば術式の効果がわかるかな……」
そういってロイは自分にしか見えない外部場を再度展開し、自らに自然治癒上昇を掛けてみると、最低限の条件設定をするだけで激発因子注入待ちの上体になってしまった。
「す……すごい! これを研究すれば……」
興奮気味にそういった後、他の三人に聞き取れない程度の音量で何事かをつぶやいている。暫くそうして何度も魔法を発動しているかのように体を淡く光らせていた。さながらそれは実験をしているかのようであった。
漸く落ち着いたのか、ロイがラグス達の方を満面の笑みで振り返る。
「これはすごいです。これを研究すれば歴史的大発見になるかもしれません!」
なにがどういうことなのかさっぱりわからないラグス達はロイにもうちょっと説明しろという風な表情を浮かべていた。
「これはいうなれば制御に特化した魔法器です。制御器といったほうが速いかもしれません。魔法を説明した際に言ったと思いますが、魔法を使用するにはそれぞれに制御しなければならないものがあるのですが、それをこの制御器が補助的に行ってくれるのです」
一気に説明するロイの言葉に「はぁ」と全く理解していないラグスの返事。なぜわかってくれないのかともどかしげにロイがどう説明すればいいのか、しばし考えいい説明を思いついたのか口にする。
「要するに魔法を使うのが今までより早くなるってことです」
漸く事の重要性を理解できたラグスが言う。
「すごいじゃないか!」
「ええ、すごいんです。これを術式から条件構築にまで落とし込めれば歴史的大発見といえますよ!」
また意味のわからないことをロイが言っているかのようにラグスの表情が変化したが、気を取り直していいものを手に入れたことを素直に喜んだ。
迷宮内には宝が存在する。しかし、それは最初に攻略したものの総取りである。だからこそ山師的なものが探索者には多いし、それを知って一攫千金を夢見る者がなる。卵が先か鶏が先かの議論に近い。
当然最初に攻略するものは危険も多いため、探索者の中でよく言われるブラックジョークとして、”宝は得たが死んでしまった”という言葉がある。得た宝を持ったまま死亡してしまうこともよくあることで、二番目、三番目やその後の番手の攻略者がそれを得ることもままあることであった。
古い迷宮を探索するメリットがないわけではないが、うま味が減るのは確かである。そのため新たな迷宮やこれまで探索されていない道が発見された迷宮などに探索者が蟻の如く群がるのも当然であった。
古い迷宮を探索するメリット、それは経験の浅い探索者の修練の場所とも言える。探索者養成所といった包括的な教育をする機関などというものは存在しておらず、すべて実地で経験しなくてはならない。そのため下積みともいえる修練期間を経た上で比較的新しい迷宮に入るか更に深層を攻略するというのが探索者の一般的な行動であるし、迷宮探索ギルドもそれを推奨している。当然それにも例外はあるが、そういったものは比較的早期に迷宮の手痛い歓迎を受け屍を晒すのが常である。
ラグス達がここまでこれているのは、それまでの技術的知識的下地と少しの幸運があったことに他ならない。子供が夢見るような一攫千金はまさに命がけで行われるものといえよう。
「ふむ、これで迷宮攻略が捗りそうだな」
ザグンが腕を組みながら興奮しているロイをにこやかに見守る。首を縦に何度も振りながらロイがそれを肯定した。まるでおもちゃを得た子供のようにロイの周囲を飛翔する制御器を目で追いかけていた。ディックが呆れたようにそれを見ていた。
「なんでここの宝が残っていたのかな。”怪力”持ちなら他にもいただろうに……」
ラグスがふと疑問に思ったのかそんなことを口にした。確かに行ける道は全て辿るというのが迷宮攻略の基本であるから疑問になるのも当然であった。
「ふむ、たしかに」
ザグンがその疑問に肯定を返し他の二人に振る。この言葉は言わば私は判らないから判るやつがいたら答えてくれと丸投げしているのにも等しかった。それを聞いてディックが苦笑を返し、ロイに振る。
「え~っと、そうですね……」
そう言った後、少し考えてロイがラグスに告げる。
「囚人迷宮は他の迷宮とは探索の前提が異なっているからかもしれません」
「前提が異なる?」
「ええ、他の迷宮であれば主目的はこのような宝を得ることで、副次的に攻略をしますが、この迷宮では主目的が攻略で宝を得ることは副次的になっているといえるのではないでしょうか。この違いがこの宝が今も残っている原因かもしれません」
ラグスがロイの言を何度か反芻しているのか、しばらく無言のままいたが理解できたのか口を開く。
「そうだね。たしかにそうかもしれない。ここから出ることが目的だものね。どうせバニゼゲとかに格安で買いたたかれるなら宝を探す危険を冒すより攻略を優先したほうがいいって考えるかもね」
ロイは言葉が通じたことに安堵の表情を浮かべた。
話がひと段落したところで、ディックが告げる。
「で? 反対側は調べるのか?」
その言葉に他の三人は悩むのであった。




