第三十四話 囚人たちの苦闘(2)
“魔法使いは接近戦闘には無力である”。五百年前、かの有名な亡国の将軍ディライア・ロケニーロは言った。この言葉にプライドの塊とまで揶揄される魔法使いの中で反発があったのは当然のことであった。このことが起因して汎用射出制御が研究されたのである。汎用化に成功した射出制御以外の対象や範囲といった制御方法に関しては旧態依然としたものであるが、それでも外部場における魔術制御作業は格段と早くなったことは確かだ。もちろん対象や範囲といった制御方法も汎用化できないかと研究はなされているが、象牙の塔の闇の中で蠢いているのが現実である。
実際に魔法を戦闘に用いる際に、魔法使いが一番注意を払っているのは各制御時における魔力供給量である。多すぎても少なすぎても望ましい効果を発揮できないのだ。この場においてロイは焦っていた。焦りの一番の原因は近くに魔力だまりがあることによってこの場の魔力量が不安定なことにある。最適解を導くために脳をスロットルを一段あげる必要があった。そのためには集中が必要であるがモンスターが邪魔でできない。そういったジレンマに襲われての焦りであった。ディライア・ロケニーロの言がロイの脳裏をよぎる。頭を振って無駄な思考の排除、全力で敵に相対すると決意をした。
外部場の形成、各条件を選択していく。飛蝗が飛び掛ってくるのが視界の隅に写る。冷静に右にステップし大きく距離を取り、条件選択を続ける。
外部場というのは、ある種の泡のようなものと考えるほうが理解が早い。泡を壊さずに高速で移動するのが困難なのと同様に、この外部場を形成している状態の移動というのが困難なのである。それをするためには、外部場を形成するときと同じ量の魔力を満遍なく注ぎ込む必要がある。そのため、ロイは外部場を手で覆いながら移動した。極度の集中のためか、冷や汗とも取れる汗がロイの額に浮かぶ。汎用射出条件が決定され、あとは対象と範囲である。
対象と範囲の制御方法の汎用化が遅れているのには理由がある。対象と範囲はそれぞれ使用する段階でなければ、それを決定できないのだ。対象が一つの場合もあれば、二つ、三つの場合も当然ありえるし、範囲は広めの範囲を取らなければならない場合もあれば、極狭い針の先ほどのものある。汎用化すればするほど臨機応変に対応することが難しくなり使用方法が限定されてしまう。問題は、このことから魔法は臨機応変に対処ができることこそが重要であるというものと限定されたとしても速度が優先されるという二つの考え方が対立図式を描いてしまったことである。相容れないものを許容するのは生半でできることではない。この二つの考え方ーー言い換えれば、臨機応変説と速度優先説とでもいえようーーが魔法使いの中でも真っ二つに割れてしまっているのである。これによって汎用化が遅れているのである。
今ロイの視界に入っているのは突撃を仕掛けてきた飛蝗以外の三匹。これをまず対象と看做す。そのための条件を選択し、次いで、一撃をもって三匹同時に攻撃するのか、それとも個別攻撃をするのかの判断が迫られる。双方のメリットデメリットについての逡巡の後、一撃でもって三匹同時を選ぶ。
さらに一番問題の魔力供給量の決定に迫られる。体内に入ってくる魔力に強い不快感を覚える。しかも体内流入量が一定にならないために最適な魔力量の調整に時間がかかってしまう。
前方にいた飛蝗がロイに突撃をしようと足を撓めるのが視界に入る。その瞬間ディックが、足を撓めている飛蝗にサクスで牽制をいれ、行動を阻害する。感謝の念が沸くが集中することに専念。最適な魔力供給量が決定できた。それを外部場に注入し、土の激発因子も入れる。発動。
淡い黄の光が飛び、三匹の飛蝗の足元の石畳が不意に変形する。ツララのような形状の槍衾が突如石畳から生える。回避ができなかった飛蝗たちは胴を顔面を無数のツララによって無理矢理引きちぎられた。
ディックがステップを踏みロイに近づき、押しどける。不意なディックの行動に反応できなかったロイがよろけた。ロイがディックを見るとそこには先ほどロイが避けた飛蝗が、再度の突撃を仕掛けたのをかばうディックの姿があった。
鈍い音がし、ディックの体がくの字に曲がる。滴る汗もそのままにロイは右手を前に出し、集中する。ロイの体が複数回淡く光るのと同時にディックがサクスで噛み付こうとする飛蝗を切り飛ばした。ロイの手から一瞬玉のような形状ができたのち、不定形となったそれがディックに飛び、その体を包む。ディックは自分の体が淡い青い光に包まれたことに気がつき、ロイのほうを見て、苦痛から眉間に皺を寄せながらも右ほほを軽くあげた。ロイはその姿に一抹の罪悪感を覚えた。
ラグスは苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。それは現在のスキル熟練度では数が多すぎて飛蝗たちを全て集めることができないことと、白い植物群が揺れていることが原因である。その怪しい植物の揺れは新たなモンスターの出現を暗示しているかのようであった。
パーティ内で突出しているザグンを視界にいれながら飛蝗との攻防を繰り返すのが精一杯のためロイたちの安否すら確認できずにいる。守り手の才能を持つものとしては、その矜持が許さない。奥歯を音がするほどに噛み締めながら一つ一つ対処していく。結局のところそれが一番早道であるからと焦りを騙しているそんな状況であった。
既にどうにか飛蝗一匹は討伐した。しかし残り王冠飛蝗と飛蝗三匹。特に問題なのはラグスが回避したことによりラグスの後方に飛蝗が二匹いることである。この二匹は視界に入っていない。視界の中にあるザグンの周囲にはまだ三匹の飛蝗がいる。こちらに援護にくるのは難しいだろうと判断。すり足で移動をすることで背後からの突撃の的になるのを避けるくらいしか出来なかった。対象が小さいことが大きなネックとなっている。攻撃するにしてもすくい上げるような攻撃か、突きの二択であり、さらにカウンターを狙うにしても的が小さすぎるのだ。
飛蝗がゴブリン程度の大きさだったら、武器が剣ではなく打撃武器であれば、盾が穴だらけでなければ、そんなたらればという希望的観測ばかり脳裏をよぎる。今持っている盾の正面にしろ側面にしろ、地面と挟み込むように打撃武器として攻撃したらその衝撃で盾としての機能は失われるであろうし、鉄剣で石を切るなどと、現在の熟練度から考えても御伽噺もいいところである。地面を剣でたたけば下手しなくても曲がる、下手をすれば折れるのだ。そんな選択は当然出来ない。限られた少ない選択肢から最良を選ぶしかない。
盾を前に出し前傾姿勢を取り、頭へ突撃が直撃するのをさけるために顔の上半分だけ盾から出してジリジリとザグンがいるほうへ移動していく。そう移動することで視界外にいるであろう飛蝗も視界に納められればなお良い。飛蝗よりも一回りほど大きな王冠飛蝗が突撃姿勢に入るのが見えた。盾を体にひきつけ、さらに前傾姿勢となる。体を斜めにして衝撃を上方に逃がしやすくするのだ。いくら神が制定した制度を最初からやり直させられているとしても、経験までは奪えない。その経験を生かした構えであった。
盾が壊されたかと焦るほどの凄まじい衝撃を受ける。今回はなんとか盾はもったようだが穴と穴の間に無数のひび割れが存在していた。次に同様の攻撃を食らえばまず間違いなく盾は粉々になる予測できる。
ラグスの渋面がさらに濃くなった。
迷宮は探索者に対し許容もなく慈悲もなく、ただその牙を剥きつづけるのであった。




