第二十九話 囚人四人
静寂の中に潜む狂気があたりかまわず攻撃をし始めようとする頃、賑やかな鳥の鳴き声がし始める。
「くっ……なんなんだ。いったい」
壁の隅に緊急避難していたラグスが頭を振りながら体を起こす。
「間に合った……か」
恐怖がこびりついた表情で、もうなにごとも起こらないかと周囲を警戒するディック。大きな体をできるだけ小さくしていたザグンは深い深い溜息を吐く。
彼らは大玉にある死角に避難することで難を逃れていた。
「ロイ……ロイは!」
お互い、彼方にある光のみで視界を確保している状態であり、周囲はうすぼんやりとしか見えない。お互いの顔もはっきりとしないほどだ。ラグスが最後にロイを見たあたりを伺うが反応がない。全員が立ち上がりロイを探す。
ロイが倒れていた辺りまで戻る。するとそこにはロイが壁の隅に横たわっていた。微かに動くロイ。彼らに安堵が訪れる。ロイの上半身を抱え上げるディック。
ロイは体を起こすのも億劫なのかそのままの状態で腕を軽く前に出し、疲労の中で微かな引きつった笑顔を浮かべて拳から人指し指と中指を立てる。全員の顔が破顔する。
ラグスがロイの前にしゃがみ、拳を軽く突き出す。それに拳を返すロイ。
ザグンがロイを背負う。赤面したロイがぶつぶつと何かをいうが鳥の鳴き声に紛れ周囲には届かない。体力の限界を迎えていたロイを少しでも休ませようということになり、ザグンが背負うことになったのである。身長差もあり、その姿はまるで仲睦まじい親子のようであった。そんなザグンがロイにだけ聞こえるように。
「これぐらいしかできないが、感謝している」
そう告げる。ラグスとディックがロイの持ち物を持ちザグンとロイを追い抜く際にロイの背中を思いっきり叩いた。あがる悲鳴にニヤリと悪い笑顔を浮かべ二人が通り抜けていく。その時のロイの顔は赤面した状態で怒っているのか笑っているのか判然としないものであった。ザグンは二人のその不器用すぎる感謝の仕方に苦笑いを浮かべた。
ラグスとディックが先頭に立ち大玉が過ぎ去った方向へ歩を進め始める。今度は焦ることなくしっかりと一歩一歩確実に。目に見える目標もある。先ほどの失態も。パーティ全体の体力量を測るほどの余裕もなかった。唯一の明かりだった松明も失った。自力歩行が難しくなったロイもいる。玉が通り過ぎる前よりパーティの状態は確実に悪化している。
ラグスの脳裏にいくつかの選択肢が浮かぶ。それらをかなぐり捨て、それらの思考に起因する恐怖を理性で抑え込む。それはディックもザグンもロイも同じであった。いくつかの危機。その都度、誰かしらの手によって助けられた。気軽にも気重にも冗談じみたものもあったが、確かに取り交わされた約束がある。それは決意でもあった。四人でこの迷宮を脱出する。そこには得が少なく損が多いかもしれない。しかし、それでもこの四人であれば、この四人こそがという思いがそれぞれに去来する。
無言の行進。少し前とはその在り方が変わっていた。つい四日前に出会ったばかりの四人。迷宮への恐怖、不和への恐怖、裏切りへの恐怖、より優位に立とうとする意識的、無意識的な行動。そんなものが四人の中には確かにあったし、今もある。しかし、今かすかに信頼という形のないものが、その実を結ぼうとしていた。
四人には、前方の明かりが希望の明かりのようにも見えた。
その明かりは、第二階層の黄の主の装飾が描かれた部屋にあった明かりと同じ原理のようであったが、それよりも少し小さかった。明かりの周辺を探査するディック。やや離れた場所で背負うのをやめ、壁にロイを寄り掛からせロイを守るように周囲を警戒するザグンとラグス。ロイがそれを見やり一瞬口が動こうとするが体力の回復が最優先とばかりに無言で地面に俯く。
しばらくディックが明かりの周囲を調べていると、光の玉のすぐ横に押し込み式のボタンのような小さなでっぱりがあった。他の三人がある程度距離があること、アーツを使って危険がないことを確認し、でっぱりを押し込む。するとガコンと音がし、光の玉がまるでディックの胸に飛び込むように外れた。不意だったこともあり、ディックがわたわたと玉を受け取る。その拳を二回りほど大きくしたような光の玉は、熱くもなく、どちらかというとひんやりとしていた。かなり光度があり、眩しいほどのその玉はわずかづつだがその光を失っているようであった。
ディックがそれを持ち体を淡く光らせる。これ自体にも危険はないようであった。光の玉を持ってラグスたちの元へ移動する。
「ふむ、明かりは手に入れたがこれは眩しいな」
光の玉を直視しないように少し顔をずらしてザグンがいう。ラグスが何かを思いついたかのように顔を明るくして光の玉を指差しながら、
「それ、小袋にいれたら丁度いいんじゃないかな」
と言う。ディックが確かにといった風に頷き、自身の小袋の中に入れてみる。すると小袋から光が漏れほどよい程度の明かりになる。言ったとおりだろと得意気な顔をするラグス。
「いいな、これ」
と光の玉を見ながら肯定するディック。そのまま腰に括り付ける。
「ただちょっと問題があるっぽいな。さっき外れた時から光がどんどん弱くなってる気がする」
括り付け終わったディックが他の三人に言う。ロイが地面に俯いたまま告げる。
「もしかしたら魔力供給用の特別な装置があるのかもしれません。そうであるならその光はもって二刻ほどかと。常用するには厳しいです」
その言葉に今後松明を買わなくて済むかもという皮算用をしていたラグスの顔に落胆が広がる。軽く落ち込むラグスを見てザグンが軽く肩を叩き、
「それでも貴重な明かりだ。二刻以内に寝床に戻らなければならないな」
と進言する。全員がそれを了承し、移動の再開しようと準備する。
準備が整い、移動が再開される。明かりもあるし、寝床にもどるという達成すべき目的もはっきりとした。
全員の顔は少し明るくなっていた。




