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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
第一章 囚人たちの浅層攻略
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第二十八話 囚人たちの沈黙

 シングフロアの音に慣れたのか、麻痺したのか、はたまた開き直ったのか、ラグス達のその足取りは軽快であった。思いの外、モンスターと遭遇しないこともその原因とも考えられる。事実既に半刻ほどもモンスターにも曲がり角にも遭遇していないのである。

 軽快な足取りとは、反比例するかのごとくラグス達の表情は焦りに染まっている。偶に立ち止まり、水を口になじませる程度に含み、また歩みを再開する。それの繰り返しであった。

 直進するしかないという現実に疑問を抱くなという方が不思議である。

 ほぼ総ての迷宮が、曲がり角、T字路や十字路を多用する理由を考えれば解るが、それらは方向感覚を狂わせたり、距離感を掴ませないためである。つまり、直線の通路しか存在しないものは迷宮の定義からはずれると云えよう。

 もう一つの問題が人の心理状態である。人はゴールの見えない状態が続くと不安が募る。不安が募れば懐疑的になり、最悪やっていることをやめてしまう場合もある。迷宮内で探索をやめるということは、すなわち死に直結していく。そんな精神状態にラグス達は陥りつつあった。

 それでも不安よりも死の恐怖が勝っているのか、歩みを止める気配はない。口に出せば不安が現実になるかのように口を堅く閉じている。

 変化のない景色に変化のない現実、意識に霞がかかったかのように愚直に脚を動かし続ける。徐々にラグス達の顔が青ざめているようにも、恐怖に染まっていくようにも見えた。それでも何かにすがるように足を動かし続ける。涼やかな鳥の鳴き声にも似たシングフロアからする音も鳴り続ける。

 何かから逃走するように、何かと闘争するように、早足から駆け足になっていく。狂ったような鳥の鳴き声の中、恐怖にうち負けそうな表情の男達。伝播する恐怖、恐怖が恐怖を生むかのようにその表情に加わっていく。

 不意に鳥達の叫声が乱れ止まる。あまりの速度にロイの脚が限界を迎えたのだ。膝が笑うのを止められず、潤んだ瞳で他の三人を見上げる。激しく肩で息をしながら見下ろす三人。いくつかの思考が頭をよぎったのか複雑な表情を浮かべている。

 見上げていた視線が縋るようなものになる。ザグンが頭を軽く振り、ドッカリと腰を落とす。それをみた他の二人もわずかな時間をおいて、腰を落とした。

 安堵の表情を一瞬浮かべ地面をみるロイ。息を整えるべく、深く息を吸い、しばらく止めた後、ゆっくりと吐く。その吐く息はため息にも似ていた。

 動く者もなく息を整えた後は、静寂がまるで喧噪に打ち勝ったかのごとく辺りを我が物顔で支配する。

 何か変化がないかを捜しているかのようにラグスがしきりに周りをうかがっている。ディックは消沈した表情で壁をみている。ザグンは手にしたツルハシの握りを確かめるように何度も何度も握りしめる。

 目印になるものもなく、ただただ単調に直進する閉塞感のある通路。途切れた会話。すべてが悪い方向に進んでいるかのような重い雰囲気が一行を支配する。

 しばらく無言の時がすぎる。奥歯を噛み締めるように口を引き絞った表情のラグスが立ち上がる。その行動を馬鹿にしたような涼やかな鳥の鳴き声。口を開けば悲鳴や悪態がでてくるのか、ラグスの口は変わらない。無言でロイに手を伸ばす。ロイがその動作に気付き手を差し出し、ラグスがロイを引き上げる。思いのほか強い力だったのかわずかにロイの表情に苦痛が混じる。自らの脚の様子を確かめるために足踏みをする。脚の笑いは収まったようだ。まなじりを上げ、まるで怒りに耐えているかのような表情のロイにラグスが頷き、ロイもそれを返す。それをみたディックやザグンも腰を上げる。ディックがロイから松明を奪い取るかのように受け取る。

 ラグスが前を向き、脚を踏み出す。鳥の鳴き声が道化師の嘲笑にも聞こえる。それでも更に一歩踏み出す。前へただ前へと、それをひたすら繰り返す。この脚の動きだけが、先が見えない終わりへと続くものと信じているかのように繰り返す。

 それから四半刻ほど歩き続けた頃、はるか前方から仄かな明かりが見える。凄惨な表情だった四人の表情にも明かりが灯る。脚の動きがさらに早くなり、鳥の鳴き声も姦しさを増していく。まるで狂乱し逃げ惑うかのように鳴り響く鳥の叫声に周囲の音がかき消されていく。それでも目にしている明かりのほうが重要とばかりに脚の動きを緩めようとはしないラグスたち。

 その形相には必死さが浮かんでいた。あそこにたどり着ければなんとかなるという根拠のない楽観的とも希望的ともいえる心情がそうさせるのかもしれない。それでもそれにすがることが彼らの脚を動かし続ける原動力となっていた。

 彼らは気が付かなかった。非常に緩やかだがその通路が下り坂になっていることも、途中で微妙に床が沈み込んだことも。この通路がシングフロアでなければ、直進がありえないくらいに続く通路でなければ、平時であれば気が付けたかもしれない。しかし、気が付けなかった。ただそれだけ、たったそれだけだった。

 脚を動かし続け、一歩でも早く光に近づく。一行がその思いに捕らわれようとしたとき、少し遅れていたロイがまたも派手に転ぶ。一度休憩を入れたとはいえ、その休息で得られた体力以上に体力を消耗してしまったのだ。ロイが転倒したことに気が付かず、先に進む三人。それを絶望の表情で手を伸ばす。必要以上の水分を消費してしまったのか、その口から出る言葉はひび割れ、鳥たちの叫声にかき消される。

 最後の希望が経たれたかのようにうなだれる。その時、ロイに聞こえたのは地鳴りのような響きを伴う音であった。この疾走が始まって初めて振り返る。それは玉だった。通路を埋め尽くすほどの巨大な玉であった。どこから出てきたのか、それはラグスたちを追いかけるように転がっていたのだ。ラグスたちの選択は間違っていなかった。疾走をしていなければもうすでに追いつかれていたかもしれない。押しつぶされていたのかもしれない。そうでないかもしれない。しかし、今それはせまっていた。

 ロイの目が大きく見開かれる。自身の命、これまで助けてくれた人たちの命。この危機をいかにして伝えるか。ひび割れた声。かき消され届かない声。自らに気が付いてくれなかった。体力のなさ。逡巡。あまり時間がない。ロイの脳裏を何かがよぎった。

 その瞬間、自分の命の危機すら、慮外とせんとするばかりに精神を研ぎ澄ます。自らの目の前に外部場が発生。周囲の状況を数値として把握。条件に合うように魔力供給量の調整。魔力供給量の注入。激発因子により、外部場が拳大の石に変換される。


「あああああああああああああああああああ」


 しわがれた、血を吐くような声を上げ、ロイは魔法を射出する。ラグスたちの方に向かって。

 石の砲弾が疾走するラグスたちの間をすり抜ける。なにか聞こえた気がする。ギョッとした表情で後ろを振り向く三人。見えないロイ。脚をとめる。聞こえる轟音。後方でわずかになにかが明滅する。アーツを使用した時のようなぼんやりとしたものだった。その光が掻き消え、轟音が更に迫る。その轟音の元がなにかに気が付いたのかディックの顔が驚愕に染まり、手に持っていた松明を取り落す。足元からの光で壁に凶笑する悪魔のように影が踊る。


 松明の明かりを踏み潰し玉が転がり続ける。轟音が去っていく。


 そして、そこには静寂が残った。

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