第二十七話 囚人たちと鳥たちの囁き
ロイが自然治癒力上昇の魔法を唱えて回り、一息つく一行。そこには笑顔があった。明朗闊達とはいえないが安堵による笑顔であった。自然と感謝の言葉も出てくる。そこには明るい雰囲気が確かに存在した。そんな久々のゆったりとした時間が過ぎていく。何にでも終わりがあるようにその雰囲気もディックの一言で終わりを告げる。
「この玉なんなんだろうな」
ディックが掌の上で玉石を転がしながら何の気なしに聞く。全員の視線が玉石に集まる。ディックの問いからザグンとロイの会話が始まる。ラグスは床においた穴だらけの盾に視線を移し、考え込んでいる。
「ふむ、黄の主を指しているのではないか」
「もしそうであるならば、第二階層にも同じようなものがあるのかもしれません」
「ふむ、在り得るな。だとすると青の主の玉か……?」
「それが妥当かと……」
「となると未だ口を開けているあの道が第二階層に至るのかもしれない」
ザグンはそういって下位オークが出てきたところを指差す。
「なんにしろ、そろそろ行くか」
ザグンの言に他の三人が頷く。重く感じるように腰を上げる。ラグスが穴だらけになってしまった盾を持って迷っていた。結局持っていくことにしたようでしっかりと握り剣を手に持った。ザグンは金属の棒とツルハシを手に持ち、もう一本の金属の棒を大袋に入れた。
全員の準備が整い、オークが出てきた壁に開いた通路に向かう。その通路はこれまでと同じ石畳で整備され横幅四メータル、高さ四メータルほどであった。
これまでのようにラグスとザグンがツートップ、その後ろでディックとロイが周囲を警戒しながら進んでいく。ロイは視界を広く取るという意味では警戒なのかもしれないが、キョロキョロしているというほうが正しい。なにもしないよりもマシなのかディックは特に注意をしていない。
しばらくそう歩いていると不意にディックが鋭く制止の声をあげる。その場で固まる三人。ラグスとザグンは軽く腰を落とし辺りを伺い、ロイはディックを凝視する。そんなロイを無視し、さらにラグスとザグンを追い越し数歩歩いたところで、ディックが床のある一点を指差す。それは一目みただけでは他の石畳と大差のない感じを受けるが、よく見ると他の床よりもわずかに盛り上がっていた。
「罠……」
そう言いながら周囲を伺い何度か体を淡く光らせるディック。
「落とし穴……だな。中央が落ちるみたいだ。できるだけ壁沿いを歩いてくれ」
振り返り、他の三人に注意を促す。ディックが見本とばかりに壁に張り付き罠を避けながら移動し、罠はここまでだとばかりに通路の中央に戻る。それを見た三人も同じように移動する。落とし穴を回避し、安堵の表情を浮かべるラグスたち。そして再び進み始める。
視界の中に曲がり角が見える。ただし、その曲がり角は下に向かっていた。
「落とし穴……なのかな?」
ラグスが視界に入ったそれを罠なのか心配する。三メータル四方のその穴は明かりを照らしても底がうかがえない。これまでのものとは違い土がむき出しになったその穴を見て居たザグンの視界の端に何かが映る。
「ふむ、あの蔦で下に降りられそうだ」
ザグンが指差したそれは植物を意図的に組み合わせた梯子のようなものであった。その蔦をみたロイが喜色まじりの声で言う。
「これで第二階層まで降りられそうですね」
ディックは蔦を凝視していた。少しの間そうしていたと思うと素早く蔦に寄り軽く足を掛ける。体重を徐々に預けていく。完全に体が蔦に乗る。体を揺すったり、軽く跳ねてみたりした。
「いけそうだ」
微笑を浮かべながら他のメンバーを見る。三人にも笑顔が広がる。ディックがそのまま蔦を折り始める。その後、ザグン、ロイ、ラグスの順に降りる。
この順番には理由がある。まずザグンが降りたのはその体重故であった。筋肉は空気ではない。当然、筋量があればあるだけ体重が増加してしまうことは否めない。そのため、他のメンバーよりも先に降りたのである。次いでロイだったのはその軽さのためであった。ロイは肉体的にはディックにすら劣り、ヒョロヒョロと枝のような四肢をしている。最後にラグスは上方警戒のためであった。
蔦から悲鳴のような軋む音が聞こえる。ラグスは大袋の紐に盾を通し、紐を肩に担ぎ、剣で蔦を斬らないように四苦八苦している。ロイは松明がラグスに当たらないように、蔦に火がうつらないように注意しながら降りる。ザグンは棒を二本とも腰に差し、ツルハシを手に持ちながら降りている。
ゆっくり正確に全員が注意しながら降りる。不意にロイが言う。
「第二階層に降りるには長すぎませんか」
その言葉は肩で息をしているせいか多少かすれていた。
「ふむ、そうかもしれんな」
ザグンがロイの言葉に肯定を与える。ラグスたちはすでに十メータル近く蔦で穴を下っているが、まだ底が見えない。このままでは第三階層もしくは第四階層にまで通じそうなその穴に疑惑を感じているようだ。
「本当に長いね……」
もう十分とばかりにラグスが嘆きを込めた言葉を発する。全員がそれに対し無反応という反応を返す。言わなくともそうだと言外に言っているようだった。その後は無言で蔦を降り続ける。
「床だ!」
ディックが声を上げる。全員が下に目をやると微かに、だが確かに床が見える。この蔦のゴールが見えたためなのか少し速度があがる一行。
ディックが床に足を付けた瞬間。鳥が歌うような音が聞こえた。更に一方の足を付けるとまた同じ音が聞こえた。一歩歩くごとに音がする。
「……歌う床か……」
シングフロア、どんなに慎重に歩いたとしても鳥が歌うような音がする床。シングフロアの設置してある場所ではモンスターとの遭遇率が格段に上がり、音が鳴るというだけの存在であるが罠として認識されるため他の罠に気が付きにくい。罠探知の難易度が格段に上がることと斥候的動きを阻害されるため、別名隠密殺しといわれる。
どのような原理でシングフロアが作られているのか、未だ予測の域を出ていない。時折、迷宮内に設置されているが、その階層の死亡率は格段に跳ね上がることが迷宮探索ギルドの統計に表れている。最も問題なのがこの罠を回避する術がないということである。
ディックが呟きながら脇に避ける。ザグンが降りてくるとディックの時よりも大きな音が鳴る。ザグンの頬が軽く痙攣する。全員が降り切る。全員がいつもの隊列になる。
まるで森の中にいるような涼やかな鳥たちの鳴き声が迷宮内を鳴り響くのであった。




