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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
第一章 囚人たちの浅層攻略
26/66

第二十六話 囚人たちとそれぞれのやり方

どうしてもこの話である程度まで収めたかったので、少し長くなってしまいました。


 静寂の中に男が四人。それぞれ松明に照らされており、微妙な陰影が表情をわかりにくいものにしている。誰も喋ることなく沈黙のうちにたたずんでいた。

 その沈黙は、静寂によって耳が痛くなる程度の時間が経過したあと、ロイが言の葉を紡ぐことによって破られる。それは思考をまとめるための独り言のように聞こえた。


「ラディクラーゼ様が見ているのは本来であれば黄の主であるはずの場所に緑の主がいるようになっているから? ……となるとその緑の主が見ている場所はどこ……。赤の主が見ているのは青の主、青の主はその逆……緑の主が緑の主を見る……お互いに見ている」


 そこまで言ったロイの目にいままでとは違う何かが広がる。地面に固定されていた視線が全員に向けられる。


「お互いに見ているのです」


 断定的な表現を使うロイ。しかし、意味が分からないのか理解不能といった表情を向ける三人。それを見て自分の理解をどうすれば明快に伝えられるのかともどかしげな表情になる。


「視線が交差している場所になにかがあるはずです」


 すっきりとした表情のロイが、三人を見回すとすでにディックが移動を開始しており、慌てて追いかける。ディックが立ち止まり、周囲を確認する。


「ここだな」


 赤青緑の主の視線の交差する場所、そこは説教壇の正面六メータル程の位置。奇しくも聖堂の中央であった。周囲には信徒が祈りを捧げるための長椅子がある。

 ロイも周囲を確認し軽く頷く。それを見てディックが丹念に調べ始める。床、長椅子、視線が交差するであろう場所をくまなく丹念に。ほどなくしてディックの動きが止まる。

「これ……か?」


 そういうディックの視線の先には小さな紋様が描かれていた。それは黄の主を表すとされている聖紋であった。


「第一階層初の黄の主に関するものですね。まさしくそれかと……」


 ディックの肩口に寄り顔を覗かせながら肯定するロイ。ディックが紋様の周辺をスキルを使い調べ始める。何かの反応があったのか片眉を上げる。腰のサクスを抜き慎重に紋様の周りを何度か軽く叩く。その後、紋様の縁にサクスを垂直に刺していく。そこには元から隙間があったのかあっさりと刺さる。一瞬軽く息を吐き、目を瞑るディック。

 目を開けた瞬間、梃の原理を利用して紋様に力を加える。すると紋様と同じ大きさの石畳が持ち上がる。それを手に持ち完全に取り除く。

 中には鍵が存在した。ロイが軽く目を見開き、


「この鍵であの錠が!」


 そういって鍵を手に取ろうとしたところを強く手首を掴まれる。困惑した表情になるロイ。


「待て、何か怪しい」


 ロイが手を引き戻し始めると手首を離すディック。そして鍵をもう一度見る。

 その鍵は黄の主を模しているのか黄色で染められていた。ディックの体が淡く光る。特に何もなかったのか、ディックが安堵の表情を浮かべ鍵を手に取る。もしかしたら、かもしれない、危険予知に必須の考え方だ。これまでのラグスが陥ったトラップや術式、これらがディックをより慎重にさせる。うまくいったことが幸運なのだと言い聞かせるかのように。

 問題なく鍵を手に入れられたことで足取りが少し軽くなったロイを先頭に、南京錠のはまった箱の前に移動する。先ほど調べたばかりであったため、そのまま鍵を挿し捻る。特に抵抗もなく音を立てて南京錠が外れる。

 軽く息を吐き、慎重に箱を開ける。その中には黄の玉石が入っていた。ディックが慎重に取り出し周りのものにも見えるように立ち上がり振り返った。箱が勢いよく閉まる。大きな音がした。

 四人の体が硬直する。留め金を外すような金属音が二回鳴り響き、落とし戸を引き上げるような音が続く。その音の方向をみると箱の奥、壁が大きく口を開こうとしていた。

 口が大きく開ききった時、その奥から暗く仄かに紫色の肌を持つ生物が怒声、奇声、罵声にも聞こえるような鳴き声を上げながら走り込んできた。その数二匹であった。


「下位(ロー)オーク!!」


 下位オーク、豚のような鼻を持ち、イノシシのような牙をその口から生やす、その凶悪で歪な顔の造形は忌避感を醸し出す。身長が高く二メータル程もある。問題なのはオークという種すべてが先天的才能として怪力を有していることである。このため、すべてが優種であるともいえることからオークには優種と呼ばれる存在はいない。怪力持ちというだけあり、オーク種はすべからく肩口が筋肉で盛り上がっている。またその肩から伸びた太い腕は長く、逆に脚は短い。この脚の短さは戦闘の際に重心が下側にくるためにその体勢を崩しにくい安定的な体型をしているともいえる。

 また肌の色はゴブリンに近く、ゴブリンの近親種ではないかとの学説も存在する。種族名の前につく下位、上位及び通常であるが、通常の場合は、省略することが多い。この下位、通常及び上位の差は、地上であれば生存期間である。どれほど長く生存したかによって、生存競争期間中に得た様々なスキルやアーツなど、ヒト種でいう熟練度ともいえるものが加算され、それによって多少体型が異なってくる。これにより下位、通常、上位と振り分けられる。さらにオーク種の場合、上位を超える場合がある。それがオーガである。その身長は三メータルを超え、一流といえる探索者ですら屠る難敵である。ただしオーガに至るオークは数は多くなく、ヒト種の目に入ることも少ない。

 オークの強大な一撃は破滅をもたらすとも言われており、生半な探索者では手を出せない。このオーク種のような存在によって、この世界では女性の探索者が極端に少ない。その理由はオーク種は繁殖力旺盛で近親種以外の種でも構わずその性の対象としてしまうからである。オーク種以外にもこのような種は存在する。探索者であるからには当然命を懸ける。その上、その矜持をも危険にさらすことも厭わない剛毅な心持ができる女性がどれほどいようか。男性でも、なにかしらの理由がなければ探索者にならない。つまり、この世界での女性探索者は、命、矜持を掛けてでも、為さなければならない理由がある女性ということである。


 そんな下位オークの一匹が手にもったツルハシで盛大な風の音を立てながら、後ろ向きになっているディックの背中に殴りかかる。それを服を犠牲に避けるディック。なんとかラグスとザグンがディックとロイの前に出る。


「やっと俺たちの出番だ!」


 少し嬉しげにそういうラグス。それに対しザグンが厳めしい顔で言う。


「油断するな。ツルハシはやっかいだぞ」


 ツルハシ、本来は鉱山や畑などの固い土壌を突き崩す場合に優れた道具である。しかし、実は武器としてもその形状は非常に優秀といえる。T字型になった形状は、振るのは剣のようにであるが、手から伸びた柄の部分よりも先に刃先が届く。感覚的にいえば横から刺突武器で突かれるようなものだ。しかも刺突武器のように細くなくソードブレイクは難しく、その刺突性能は比喩ではなく岩をも砕く。盾で防御しようにもその盾ごと突き抜けて、もしくは盾の上から攻撃される。しかもそれを持っているのが怪力持ちのオークである。その破砕力はいかほどのものか想像にたやすい。

 

 ザグンが金属の棒を打ち合わせ、盛大に音を立てる。オークの注意を引き付けるためだ。ラグスの体が淡く光るとザグンを向いていた二匹のうち一匹がラグスに向き直る。呼び声(コール)を発動させたのである。ザグンの体も淡く光る。


「喝!」


 戦声スキルのアーツ、ウォークライを発動。一瞬下位オークたちの体が竦む。それを機を見るに敏に打ち掛かるラグス。体を淡く光らせ盾でオークの体を強打。盾術スキルのアーツ、バッシュの発動である。百キリグロム近いオークの体が浮き上がるほどの衝撃を与える。そのまま、浮き上がった体に剣を突き立てるべく、剣を突き出そうとした瞬間、盾に異様な衝撃を受けたたらを踏む。


「グッ」


 苦鳴ともとれる声をラグスが発する。オークがその歪な顔をさらに歪ませ、喜悦とも怒りとも取れる表情をしている。オークの体が淡く光る。オークの肌の色が更に暗くなったように感じる。

 ハードマッスルスキン、先天的才能の怪力を有する者だけが得られる特異なスキル。そのアーツが発動したのである。その効果は、一定時間の物理防御上昇及び耐衝撃性能向上である。嫌なものを見たかのごとくラグスの顔がさらに引き締まる。


 ウォークライを発動後、半身になり左手をバックハンドの要領でオークの腹部に棒を打ち出すザグン。間髪おかずにフォアハンドでもう一撃腹部に打つ。オークの体がくの字に曲がり苦痛に耐える。頭が下がった所を右手の棒を逆袈裟に打ち下ろす。それを咄嗟に上半身をひねりながらバックステップで避けるオーク。足が着地すると同時に前にステップを踏み、捻ったままの上半身を戻しながらツルハシを水平に打ち込む。

 ザグンがしゃがみ回避をし、つるはしが通りぬけた瞬間折りたたんだ脚を一気に解放と同時に、両腕の棒を前上方に突き出す。オークの胸筋辺りに棒が軽くめり込み、たたらを踏む。ザグンに狂気にも似た怒りの視線をぶつけ、体を淡く光らせる。こちらのオークもアーツを発動させる。


 ラグスが更に腰を落とし、体が盾の影に入る様に盾の位置を調整する。ラグスの得意なカウンター気味な戦法、盾のせいで視界は悪くなるが相手をよく見ることで後の先を取る手法である。また盾の影に剣を隠すことで攻撃の初動を察知させないためのものでもある。

 オークは前傾姿勢でだらりと伸びた手にツルハシを持つ。じりじりと向かいあうラグスとオーク。先に焦れたオークがツルハシを上段に持ち上げ、打ち下ろす。それを左に避け一歩前に前進すると同時に剣を突き出す。脇腹を軽く削られながら上半身をひねって致命傷を裂けるオーク。ひねりの反動と腰の回転を使い、さらにツルハシを打ち付ける。それを腕の部分に盾を強くぶち当て防御とともに攻撃に回るラグス。

 打ち返されたことを機に距離を取るオークが、威嚇の声を上げる。


 ラグスとザグンが激しく動き敵を牽制しているのを弓を番えつつ、少し距離を置いて見守るディック。矢での攻撃はともすれば誤射の恐れがあることから、慎重に、かつ微妙に敵の視界の死角になるような位置に移動しながら狙いを定める。極度の集中を要する作業である。ザグンが飛び上がりオークがのけぞる、その一瞬射界が開ける。

 引き絞り続けた弦を矢とともに解放する。唸りを上げ、矢羽を回転させながらオークに迫る矢。狙いは眉間。オークの体が微かに光って見える。すんでのところでオークが首を曲げる。矢がオークの微妙にとがった耳の先端あたりを掠めて飛んでいく。

 激しく舌打ちをし、再度ディックは矢を構えるのであった。


 ロイは冷静にその状況を見て居た。ラグス、ザグンの激しい動き、ディックの狙い。それらすべてを頭に叩き込みながら、現状使える魔法の取捨選択。目の前に自らしか見えない外部場を発動させる。対象はラグスのオーク。範囲は一。射出速度はハードマッスルスキンを使っていることから最大射速。その分、大目に魔力供給を行う。体内に一瞬魔力が入ってくる不快な感覚。それを無視し、対象、範囲、射出に必要で正確な量を外部場に注入。何度か体が淡く光る。あとは激発因子を外部場に注入するだけで魔法が発動する。外部場内で激しく無軌道に回転する大小様々な形をとった魔力。発動タイミングを計る。ラグスから一瞬オークが離れ威嚇を放つのが目に入る。体内で練っていた黄の激発因子を外部場に注入。

 魔法が完成、発動される。外部場内で黄の激発因子が制御された条件を吸収、無から有を作り出す。それは拳を一回り大きくした石であった。それが空気を無理矢理引き裂きながら突進する。最大射速のせいか石に微妙なブレが発生する。オークの右足に当たるかと思われた瞬間、オークが足を引き、石は飛び去る。

 奥歯を噛み締め、再度外部場を展開させるロイであった。



 薄暗い聖堂の中、神々の視線のある中での戦いはすでに四半刻の半分ほども続いていた。

 ラグスの盾はいくつもの穴が開き、その態を為していない。その風穴がいつ自分の体に開いてもおかしくはなかった。

 オークの体にしても打撲とみられる大小とりどりの青あざや剣による切り傷がいくつもあり、矢もその身に飾っていた。抜群ともいえるその生命力は、なお下位オークに戦意をもたらしている。

 恐怖を押し殺すほどの戦意を胸にラグスが一歩踏み出し、剣を一閃する。スエーで避けるオーク。鼻息も荒くお返しとばかりに拳を振るう。ツルハシは足元に柄を斬られて転がっている。盾の縁部分を拳に合わせる。いかな強靭な肉体を持っていようとも鉄で補強された部分を殴ってただでは済まない。オークの拳から嫌な音が聞こえた。手首を持ち激痛に耐えるオーク。好機とばかりにラグスが盾をオークに投げ、すかさず駆け寄り、オークが盾を振り払った瞬間、その喉に深々と剣を突き刺す。吹き出す血を裂けるようにオークの脇を駆け抜ける。

 首の半分ほどを斬られたオークが目を見開き、首を手で押さえる。駆け抜けたラグスが振り返り、背中を剣で突く。心の臓を抉られたのが先か、血を失ったのが先か、オークが両膝を着き倒れ伏す。

 ラグスが鋭い視線でザグンの方を見ると、そこには元の顔の形がわからなくなっている倒れ伏したオークと己が血で塗れたザグンが立っていた。

 どさりと音がする。そちらを見るとロイが腰を落としていた。青ざめた顔に引きつった笑顔を張り付けて。

 剣が甲高い音を立てて地面に転がる。力尽きたかのように両膝を着き、腰を下ろすラグス。

 生存するためだけの勝利。噛み締められる勝利。しかし、囚人たちには最も必要なものであった。全員が腰を落とし、激しい息使いだけが聖堂に響く。

 オークの死骸が静かに光となっていく。さまざまな想いがラグスの胸の中を去来し、静かに目を閉じる。


「……勝った……」


 勝利を称える者もなく、死者を弔う者もなく、生存のための戦闘の結果は誰の耳にも届かず、虚空に消えた。




名称:ラグス レベル:2 先天的才能:守り手(ガード)

スキル:<剣術>(2:12/30)、<盾術>(2:5/30)、<気迫>(1:3/10)、<**>、

     <**>、<**>、<**>、<**>、<**>、<**>

アーツ:<剣術>:スラッシュ、<盾術>:バッシュ、<気迫>:呼び声(コール)、

     <**>:**、<**>:**、<**>:**、<**>:**


名称:ザグン レベル:2 先天的才能:怪力(パワー)

スキル:<鎚術>(2:18/30)、<両手利き>(2:10/30)、<物理耐性>(2:10/30)、<戦声>(1:3/10)、

     <自己治癒上昇>(2:7/30)、<**>、<**>、<**>、<**>、<**>

アーツ:<鎚術>:スマッシュ、<両手利き>:同時攻撃(ダブルアタック)、<戦声>:ウォークライ、

     <自己治癒上昇>:自己治癒上昇強化I、<物理耐性>:痛覚軽減、<物理耐性>:ハードマッスルスキン


名称:ディック レベル:2 先天的才能:弓の名手(スナイパー)

スキル:<弓術>(2:4/30)、<探査>(2:9/30)、<開錠>(1:1/10)、<罠設置解除>(1:8/10)、<危険察知>(2:6/30)、

     <**>、<**>、<**>、<**>、<**>

アーツ:<弓術>:ピアッシング、<開錠>:簡易開錠、<**>:**、<**>:**、

     <**>:**


名称:ロイ レベル:2 先天的才能:魔法使役者(マジックユーザー)

スキル:<魔法制御>(2:4/30)、<水属性制御>(2:5/30)、<土属性制御>(2:1/30)、

     <**>、<**>、<**>、<**>、<**>、<**>、<**>

アーツ:<魔法制御>:射出制御・対象制御・範囲制御、<水属性制御>:激発因子作成、

     <土魔法制御>:激発因子作成、<**>:**、<**>:**


所持品:白い鍵、黒い鍵、黄の鍵、黄の玉石

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所持品が増えてきたので今話から所持品を必要に応じて追記します。


誤字脱字誤用等ありましたら、感想などにてご指摘くださると幸いです。

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