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第14話 消される者

【処刑まで――あと14日】


羊皮紙に書かれた住所を頼りにたどり着いたのは、王都の喧騒から遠く離れた、外縁部の古い農村だった。


石畳は途絶え、土と草の匂いが漂う静かな風景が広がっている。


あちこちに古びた家屋が点在する中、ローレルの実家だという小さな家の前に立った。


だが、玄関の木扉は、不自然に半開きになっていた。


嫌な予感が背筋を這い上がる。


「……ローレル、さん?」


声をかけながら、隙間から家の中へと足を踏み入れた。


返事はない。


室内には、つい最近まで人が生活していたような気配が残っていた。しかし、椅子が倒れ、テーブルの上のカップが割れているなど、どこか不自然に乱れている。必要以上に派手に荒らされているわけではないが、明らかに「日常」の風景ではなかった。


靴音を殺して、奥の部屋へ進む。


そして、俺は息を呑んで立ち尽くした。


「……嘘だろ」


部屋の中央で、ひとりの女性が仰向けに倒れていた。


胸のあたりが、どす黒い赤に染まっている。


すでに息はない。ようやく見つけた、あの晩餐会の毒殺未遂事件を知るかもしれない重要な手がかり。だが、彼女はもう、何も語れないただの動かぬ亡骸へと変わっていた。


冷たい恐怖が、足元から這い上がってくる。


震える足で遺体に近づいた俺は、彼女の胸に突き立っている凶器に目を落とした。


銀色のナイフ。


その柄には、はっきりと『教会の紋章』が刻み込まれていた。


教会……?


なぜ、元女中の彼女を殺した凶器に教会の紋章があるんだ?


アウロラの胸に刺さっていたあのダガーの光景が、脳裏をフラッシュバックする。形は違えど、同じように胸を刺して命を奪う手口。


頭の奥がガンガンと痛み始めた。俺は逃げるように、ローレルの家を後にした。


◇


村のはずれ、人目を避けられる静かな川辺まで移動し、俺は冷たい水で顔を洗った。


冷たさで少しだけ頭がクリアになる。


エリシアの両親の不審な死。


追悼式の晩餐会での、アウロラへの毒殺未遂。


アウロラの殺害。


そして、今日目の当たりにしたローレルの死。


これらが別々の事件なのか、誰かの意思によって繋がっているのか、今の俺には断定できない。


だが、もし誰かがエリシアを陥れるために一連の事件を起こしているのだとしたら、どうしても腑に落ちないことがある。


――なぜ、アウロラ自身が殺されなければならなかったのか?


国民から慕われる聖女を殺せば、その怒りは間違いなく対立していたエリシアへ向かう。エリシアを社会的に抹殺し、陥れるための手段としては効果的だ。


だが、それだけのために、あのアウロラを標的にするだろうか。


もしかすると、アウロラ自身が「何か」を知っていたのではないか? 別の理由で命を狙われ、その結果として、エリシアが犯人に仕立て上げられただけだとしたら。


ローレルもそうだ。彼女も何かを見てしまったから、口封じのために……。


そこまで考えた時、背筋に冷たい汗が伝った。


事件の真相に近づくこと。それは、あの凶器を握る正体不明の何者かの『標的』になるということだ。俺自身も、すでにその危険地帯に足を踏み入れているのかもしれない。


このまま何の備えもなく動き回るのは、あまりにも危険すぎる。


そう判断した俺は、村の中を歩き回り、古びた看板を掲げたしがない武器屋を見つけた。


王都にあるような立派な店ではない。旅人や村人が獣除けに買うような、実用本位の武骨な道具が並んでいるだけの店だ。


俺は手持ちのなけなしの金で買える武器を探し、使い込まれた中古の片手剣を一本購入した。刃には細かな傷があり、柄の革もすり減っている安物だ。剣の訓練なんて受けたこともないが、何かが起きた時、無抵抗のまま殺されるわけにはいかなかった。


「今日は外からの客が多くてな」


代金を支払う時、店主が何気なくこぼした。


「……そうなんですか」


適当に相槌を打ち、俺は剣を腰に下げて店を出た。その時は、その言葉の意味を深く考えもしなかった。


◇


王都へ戻るため、村の外れへと続く人気のない道を歩いていた時のことだ。


ふと、前方の道の中央に、二つの人影が立ち塞がっていることに気づいた。


「あ……」


一人は、見覚えのある男だった。


赤髪の長身。昨夜、裏通りの酒場で俺をからかった、あの飄々とした男だ。彼の背中には、その体格にすら不釣り合いなほど巨大な剣が背負われている。


もう一人は、黒髪の女性だった。丸い眼鏡の奥の瞳は冷徹で、灰緑色のコートを羽織り、背中には白銀の装飾が施された魔導の杖らしきものを背負っている。


二人の服装には、騎士団の所属を示す十字のエンブレムが刻まれていた。


だが、俺が知るアギスたち正規の騎士団とは、纏っている空気がまったく違っていた。彼らからは、底知れない不気味さと、得体の知れない違和感だけが漂ってくる。


赤髪の男は薄ら笑いを浮かべて俺を面白がるように観察しており、眼鏡の女の方は、まるで路傍の石を片付けるかのような、一切の感情を排した目で俺を見据えていた。


「……お前たち、騎士団なのか?」


無意識のうちに後ずさりしながら、俺は短く問いかけた。


赤髪の男は、俺の怯えを楽しむように肩をすくめた。


「さあ、どうだろう? 騎士団ではあるが、」


「あなたには関係のないことです」


横から、眼鏡の女が冷たく言葉を遮った。


赤髪の男は俺の腰に下がった安物の剣をチラリと見て、大げさにため息をついた。


「……しかし、こんな弱い一般人ばかり殺して良いものかね?! 心が痛ましい。聖職者としてどう思うザルエラ」


ザルエラと呼ばれた眼鏡の女は、微かにも表情を崩さない。


「バカな無駄口はやめなさい。我々は決定に従うまで」


殺す。


その単語が耳に届いた瞬間、全身の毛穴が粟立った。こいつらは、明らかに俺の命を奪うためにここに立っている。


「いやいや、だって見てみろよ。剣もまともに扱えそうにない少年だぞ? こんなの、そこらの野犬でも倒せそうだぜ?」


「だから何だというのです」


「いや、だからさ。わざわざ俺達が出向いて殺すほどの相手なのかって話だ。」


「その判断をするのは我々ではありません」


「……まったく。いつもいつも上の方々は、ずいぶんと慎重でいらっしゃる」


「ギーク」


「はいはい。仕事に戻りますよ」


「次に余計なことを口にすれば、あなたも処分対象として報告します」


「おお、怖い怖い。味方にまで剣を向けるとは、さすがだねえ」


「黙りなさい」


冗談のような軽口を叩き合いながらも、二人の足は確実に俺の間合いへと詰め寄ってきていた。


ギークと呼ばれた男が、ゆっくりと背中の大剣に手をかける。


「……はいはい、んじゃ悪いな少年。死んでくれ。」


その瞬間、俺の視界の端で、ザルエラのコートの裾が揺れた。


彼女のコートの裾には、銀色の投げナイフがいくつも備え付けられている。武器の形状こそ違うが、その柄には、はっきりと教会の十字の紋章が刻み込まれていた。


さっき、ローレルの胸に突き立っていたナイフと同じ紋章だ。


こいつらが、ローレルを? 王国の騎士が?


だが、その疑問を整理する暇など一秒も与えられなかった。


ギークが地を蹴った。


圧倒的な殺気が、暴風のように俺の全身を叩き据える。


俺は悲鳴を噛み殺し、腰の中古剣を無我夢中で引き抜いた。正しい構えなんて知らない。ただ、相手から目を逸らさず、両手で必死に剣を前に突き出した。


「おらよッ!」


ギークの大剣が、恐ろしい速度で横薙ぎに振り抜かれる。


逃げられない。俺は咄嗟に、自分の剣の腹をその一撃の軌道に叩きつけた。


ガァンッ!! という鼓膜を破るような金属音が響き渡る。


両腕の感覚が根こそぎ吹き飛ぶほどのすさまじい衝撃。受け流すことなどできず、ただ力任せに刃と刃を衝突させただけだ。


次の瞬間、俺の中古剣は、乾いた音を立てて刀身の根元から呆気なくへし折れた。


だが、大剣の勢いは止まらない。切っ先が俺の肩を掠め、ビリッという鈍い音とともに、布が裂けた。


肩に掛けていた、エリシアにもらった赤いマントだった。


「あ……」


空中に舞う折れた刃。俺の手には、役立たずの柄だけが残された。


体勢を崩した俺の背後に、いつの間にかザルエラが回り込んでいる。完全に退路を塞がれた。


これが、圧倒的な実力差。


事件の真相だとか、エリシアを救うとか、そんな覚悟を抱いたところで、強者の前では虫けらのように踏み潰されるのが現実なのだ。


ギークの大剣が、無慈悲に振り下ろされる。


死ぬ。


そう覚悟して固く目を閉じた、その時だった。


キンッ!! と鋭い金属音が響き、ギークの大剣の軌道が逸らされた。


「ちっ!?」


体勢を崩したギークが、舌打ちをして後ろへ飛び退く。


その直後、俺とギークの間に、一人の小柄な影が滑り込んできた。


街娘の服を着た、見慣れた後ろ姿。


「マリー……!?」


「おいおい、なかなかやるじゃねーか。こんな町娘が助っ人に登場するなんて聞いてねーぞ」


ギークは面白そうに口元を歪め、マリーを眺めた。


「マリー・ウロティッタ。排除の対象なのでこのまま消します」


ザルエラは眼鏡の奥からマリーを見据え、淡々と言い放った。


「はは。なら手加減しなくていいな」


「逃げてください」


俺の方を振り返りもせず、マリーは低く、しかし絶対の意志を込めた声で言った。


逃げる? 俺だけが?


相手はバケモノみたいな暗殺者二人だ。剣も折れ、まともに戦えない俺がここに残ったところで、完全に足手まといになることくらい嫌というほど分かっている。


それでも、自分を助けてくれた彼女を置いて逃げることなんて――。


葛藤で足がすくみ、動けずにいる俺に、マリーが言葉を紡ぐ。


「エリシア様があなたを招き入れたことには、意味があると私は思います」


その静かな声に、俺はハッと息を呑んだ。


マリーはゆっくりと横顔をこちらに向けた。いつもは感情を一切見せない彼女の瞳の奥に、必死に何かを押し殺しているような、かすかな揺らぎがあった。


「……また、街へ買い出しに行きましょう」


「え……」


「あなたには、生きていてほしいんです」


今の絶望的な状況には、あまりにも似つかわしくない、ささやかな日常の約束。


それなのに、その言葉は俺の胸に痛いほど深く刺さった。


また一緒に街へ行く。


そんな当たり前の未来を、彼女はまだ諦めていないのだ。


「どうか、エリシア様をお願いします」


マリーはそれだけを言い残すと、俺の退路を切り開くように、立ちはだかるザルエラへと疾風のごとく斬りかかっていった。


激しい金属音が弾ける。


ここで俺が迷って立ち止まれば、彼女の決意ごと無駄にしてしまう。


俺は折れた剣の柄を握りしめたまま、奥歯が割れるほど強く噛み締めた。


「絶対に……死ぬなよ!」


振り返りたくなる衝動を必死に抑え込み、俺は背を向けて全速力で駆け出した。


情けない。何もできない自分の弱さが、悔しくてたまらない。


だが、この命は絶対に無駄にはしない。


生き延びて、必ず真相を突き止める。エリシアを救い出し、そしてマリーと、あの何気ない日常を取り戻す。


その決意だけを胸の奥で燃やし続けながら、俺は村の道を駆け抜けていった。


【処刑まで――あと13日】

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