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一度きりのリボン  作者: 矢満田太郎
第2章:失われた名と痛みの記憶
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【第13話】 みなの「痛み」の正体

みなの家を訪れた翌日、街は曇り空に覆われていた。

風は弱く、屋台街の提灯はほとんど揺れない。

紬は観察ノートを抱え、胸の奥の響きを確かめるように深呼吸した。


「風花」という名前の響きは戻ってきた。

だが、みなの名前を呼んだときに胸に走った“痛み”が、まだ残っている。

それは、みなの記憶の奥にある何かが紬の中に触れたような感覚だった。


ルクは肩で小さく跳ねるが、光はまだ弱い。

みなの名前を支えた影響が残っているのだ。


「紬、今日はみなの“痛み”の正体を探そう」

蓮が静かに言った。

その声は、紬の胸の奥の空白にそっと触れるようだった。


「うん。みなの名前が戻ったなら、痛みの理由も見えるはず」


紬はノートを開き、昨日の記録を見つめた。

みなの名前を呼んだ瞬間、胸の奥に走った痛み――

それは、ただの共鳴ではなく、みなの記憶の一部が紬に触れた証だった。


紬と蓮は、再びみなの家へ向かった。

家の中は静かで、昨日と同じように埃が積もっている。

だが、壁に貼られた絵が昨日よりも鮮明に見えた。


「これ……昨日より色が濃い」

紬は絵を指でなぞる。


蓮が絵をじっと見つめる。

「みなの名前が戻ったことで、記憶の一部が“色”として戻ってきてるんだと思う」


紬は胸の奥が温かくなる。

みなの世界が、少しずつ戻ってきている。


そのとき、ルクが肩で震えた。

「……糸が、近いよ」


紬は息を飲む。


家の奥から、かすかな光が揺れた。

みなが現れた。


昨日よりも輪郭がはっきりしている。

だが、その瞳はどこか怯えていた。


「……来てくれた」

みなは紬を見つめる。


紬は一歩近づく。

「みな、昨日“痛い”って言ってたよね。何が痛いの?」


みなは胸の奥を押さえ、震える声で言った。

「名前を失った日……痛かったの。すごく。忘れられるのって、こんなに痛いんだって思った」


蓮が眉をひそめる。

「忘却の偏りが集中したとき、名前の響きが引き裂かれるように消える。それが“痛み”なんだね」


みなは紬の胸の奥を見つめる。

「紬……あなたの名前の響き、昨日触れたとき、少しだけ痛みが和らいだの。だから……もう少しだけ貸してほしい」


蓮が叫ぶ。

「紬、ダメ! 名前の響きがまだ不安定なのに!」


紬は蓮の手を握る。

「大丈夫。みなの名前が戻ったから、響きは安定してる」


蓮は唇を噛む。

「紬……お願いだから、消えないで」


紬はみなの瞳を見つめる。

その瞳は、昨日よりも強い光を宿していた。


紬は静かに言った。

「……少しだけなら、貸すよ」


みなは紬の胸に手を伸ばし、名前の響きをそっと受け取った。

その瞬間、みなの瞳が強く光る。


「……思い出した。名前を失った日、私――」


だがその瞬間、家の奥から黒い糸が伸びた。

紡ぎ手の糸だ。


糸はみなの胸の奥に触れようとしていた。

紬はステッキを握りしめ、結びの輪を描く。


「みな!」

紬は少女の名前を呼んだ。


みなの瞳が強く光る。

名前を呼ばれることで、みなの存在が強くなる。


ユイが風を送り、糸の動きを乱す。

真白はみなの手を握り、治癒の光でみなの輪郭を支える。

ミナは糸の根元を切り裂こうとするが、糸は痛みの記憶に反応して避ける。


紬は胸の奥の響きを感じる。

みなの痛みは、名前を失った瞬間の記憶そのものだった。


「みな、痛みはあなたのものだよ。でも、私が支えるから」

紬は静かに言った。


みなは涙を浮かべながら頷いた。

「……紬」


紬は結びの輪を糸の中心に叩き込んだ。

輪は糸の位相を崩し、糸は自らの張力で絡まり合う。


痛みの記憶が、みなの胸の奥に戻っていく。

糸は崩れ、影は消えた。


みなは紬を見つめ、かすかに微笑んだ。

「……ありがとう。紬。痛みが……少しだけ軽くなった」


みなは風の中に消えた。


戦いが終わった後、紬は膝をつき、深く息を吐いた。

胸の奥の「風花」という響きは、まだ薄いが、確かに存在している。


蓮が紬の肩を抱く。

「紬……本当に、よく頑張った」


紬は静かに頷く。

「みなの痛み……名前を失った瞬間の記憶だったんだね」


ユイは風を揺らしながら言った。

「名前って、ただの言葉じゃないんだね」


真白は紬の手を握る。

「紬ちゃんの名前も、ちゃんと守るからね」


ミナは遠くを見つめながら言った。

「みな……まだ何か隠してる気がする」


紬は胸の奥の響きを感じながら、静かに言った。

「みなの痛みの続き……探さなきゃ」

あとがき(紬の日記)

みなの痛みは、名前を失った瞬間の記憶だった。

呼んだ瞬間、胸の奥が強く揺れた。

痛みを支えるのは怖いけど、みなの名前を守りたい。

蓮の声が、今日も私を支えてくれた。

明日はみなの“失われた記憶”の続きを探したい。

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