【第12話】 みなの影を追って
みなの名前が戻った翌日、街はいつもより静かだった。
風は穏やかで、屋台街の提灯はゆっくり揺れている。
だが紬の胸の奥には、昨日の戦いの余韻がまだ残っていた。
名前の響きは戻ったものの、みなの存在はまだ不安定で、どこか遠い。
紬は観察ノートを抱え、古道具屋の前で深呼吸した。
ルクは肩で小さく跳ねるが、光はまだ弱い。
みなに名前の響きを貸した影響が残っているのだ。
「紬、今日は“みな”の過去を探そう」
蓮が静かに言った。
その声は、紬の胸の奥の空白にそっと触れるようだった。
「うん。みなの名前が戻ったなら、過去も少しは見えるはず」
紬はノートを開き、昨日拾った写真の切れ端を見つめる。
そこには、幼いみなと誰かの手が写っている。
紬と蓮は、古書館へ向かった。
女主人は紬の持つ写真を見て、静かに頷いた。
「この子……“みな”という名前だったのね。記録には名前が残っていなかったけれど、確かにこの街にいたわ」
紬は胸の奥が温かくなる。
みなの存在が、少しずつ輪郭を取り戻している。
女主人は古い記録を開き、紬たちに見せた。
そこには、みなが写った写真が数枚貼られていた。
「みなは、よくこの街の公園で遊んでいたの。家族と一緒にね」
紬は写真を見つめる。
みなの笑顔は、どこか影が差しているように見えた。
「でも、ある日突然名前を失った。家族も、友達も、誰も呼べなくなった」
蓮が眉をひそめる。
「紡ぎ手が関わってる?」
女主人はゆっくり頷いた。
「可能性は高いわ。紡ぎ手は“忘却の偏り”を集める。みなの名前が消えたのは、その偏りが彼女に集中したからかもしれない」
紬は胸の奥が痛くなる。
みなは、ただ忘れられたのではなく、偏った忘却の犠牲になったのだ。
古書館を出ると、ユイが駆け寄ってきた。
「紬! 風の中に、みなの声が混ざってる!」
紬は耳を澄ませる。
風の流れに、かすかな声が揺れていた。
――思い出したい。
――でも、怖い。
――家に、行きたい。
紬は胸の奥が締めつけられる。
みなは、自分の家を探している。
「紬、みなの家を探そう」
蓮が言った。
紬たちは古書館の記録を頼りに、街外れの住宅街へ向かった。
そこには、古い家が一軒だけ残っていた。
「ここ……みなの家だ」
蓮が静かに言った。
紬は家の前に立ち、深呼吸した。
胸の奥の響きが、かすかに揺れる。
そのとき、家の影がゆっくりと形を変えた。
みなが現れた。
みなは紬を見つめ、かすかに微笑んだ。
昨日よりも輪郭がはっきりしている。
「……来てくれた」
紬は一歩近づく。
「みな、ここがあなたの家なんだね」
みなはゆっくり頷いた。
「うん。でも……怖い。思い出すと、痛い」
蓮が静かに言う。
「名前を失ったときの記憶が、まだ揺れてるんだね」
みなは紬の胸の奥を見つめる。
「紬……名前の響きを、少しだけ貸して。そうすれば、扉が開く」
蓮が叫ぶ。
「紬、ダメ! 名前の響きがまだ不安定なのに!」
紬は蓮の手を握る。
「大丈夫。みなの名前が戻ったから、響きは安定してる」
蓮は唇を噛む。
「紬……お願いだから、消えないで」
紬はみなの瞳を見つめる。
その瞳は、昨日よりも強い光を宿していた。
紬は静かに言った。
「……少しだけなら、貸すよ」
みなは紬の胸に手を伸ばし、名前の響きをそっと受け取った。
その瞬間、家の扉がゆっくりと開いた。
家の中は静かで、埃が積もっている。
だが、壁にはみなの絵がいくつも貼られていた。
「これ……みなが描いたの?」
紬は絵を見つめる。
みなは小さく頷いた。
「うん。家族の絵。友達の絵。全部……忘れられたけど」
紬は胸の奥が痛くなる。
みなの名前が消えたとき、みなの世界も消えてしまったのだ。
そのとき、みなの瞳が強く揺れた。
「思い出した……名前を失った日。私、紡ぎ手に――」
だがその瞬間、家の奥から黒い糸が伸びた。
紡ぎ手の糸だ。
「紬、危ない!」
蓮が叫ぶ。
糸はみなの名前の響きを奪おうとしていた。
紬はステッキを握りしめ、結びの輪を描く。
「みな!」
紬は少女の名前を呼んだ。
みなの瞳が強く光る。
名前を呼ばれることで、みなの存在が強くなる。
紬は結びの輪を糸の中心に叩き込んだ。
糸は崩れ、影は消えた。
みなは紬を見つめ、かすかに微笑んだ。
「……ありがとう。紬。私、少しだけ思い出せた」
みなは風の中に消えた。
あとがき(紬の日記)
みなの家を見つけた。
名前を呼んだ瞬間、胸の奥が温かくなった。
みなの記憶はまだ揺れているけど、少しずつ戻っている。
紡ぎ手の糸がまた現れたのが気になる。
明日はみなが失った記憶の続きを探したい。




