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一度きりのリボン  作者: 矢満田太郎
第2章:失われた名と痛みの記憶
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【第11話】 “み”の続き

影の少女の名前の最初の一文字――

「み」。

その響きは紬の胸の奥で、まだ不安定に揺れていた。

触れようとすると指先からすり抜けるような、かすかな温度だけが残る。


紬は観察ノートを抱え、古道具屋の前で深呼吸した。

ルクは肩で小さく跳ねるが、光はまだ弱い。

少女に名前の響きを貸した影響が残っているのだ。


「紬、今日は“み”の続きが見つかるかもしれない」

蓮が静かに言った。

その声は、紬の胸の奥の空白にそっと触れるようだった。


「うん。少女の名前を取り戻したい」


紬はノートを開き、昨日拾った紙片を見つめる。

そこには、かすれた「み」の文字だけが残っている。


紬と蓮は、昨日少女が現れた廃屋へ向かった。

壁の落書きは風に晒されて色褪せているが、少女の名前らしき文字はまだ残っていた。


「み……」

紬は指先で文字をなぞる。


蓮が壁をじっと見つめる。

「この落書き、誰かが“名前を忘れないように”書いたんじゃないかな」


紬は胸の奥が痛くなる。

少女の名前が消えていくのを、誰かが必死に止めようとしたのかもしれない。


そのとき、ルクが肩で震えた。

「……糸が、近いよ」


紬は息を飲む。


廃屋の奥から、かすかな光が揺れた。

影の少女が現れた。


昨日よりも少しだけ輪郭がはっきりしている。

紬が貸した名前の響きが、少女の存在を支えているのだ。


「……来てくれた」

少女は紬を見つめる。


紬は一歩近づく。

「あなたの名前、“み”から始まるんだよね。続き、思い出せそう?」


少女は首を振る。

「まだ……怖い。名前を思い出すと、痛い記憶が揺れるの」


蓮が静かに言う。

「名前は、過去と繋がってるからね。思い出すのは簡単じゃない」


少女は紬の胸の奥を見つめる。

「紬……あなたの名前の響き、少しだけ貸して。そうすれば、続きが見えるかもしれない」


蓮が叫ぶ。

「紬、ダメ! 名前の響きがまだ不安定なのに!」


紬は蓮の手を握る。

「大丈夫。昨日より戻ってるから」


蓮は唇を噛む。

「紬……お願いだから、消えないで」


紬は少女の瞳を見つめる。

その瞳は、紡ぎ手の冷たさとは違う。

ただ、名前を失った痛みだけが揺れていた。


紬は静かに言った。

「……少しだけなら、貸すよ」


少女は紬の胸に手を伸ばし、名前の響きをそっと受け取った。

その瞬間、少女の瞳が強く光る。


「……思い出した。名前の続き……“みな”」


紬は息を飲む。

「みな……?」


少女は小さく頷いた。

「そう。私の名前は――」


だがその瞬間、少女の体が激しく揺れた。

糸が少女の背後から伸び、少女の名前の響きを奪おうとしている。


「紡ぎ手の糸だ!」

蓮が叫ぶ。


糸は少女の名前の響きに直接触れようとしていた。

紬はステッキを握りしめ、結びの輪を描く。


「紬、危ない!」

ユイが風を送り、糸の動きを乱す。


真白は少女の手を握り、治癒の光で少女の輪郭を支える。


ミナは糸の根元を切り裂こうとするが、糸は名前の響きに反応して避ける。


紬は胸の奥の響きを感じる。

少女の名前――「みな」。

その響きは、紬の名前の欠片と共鳴している。


「みな!」

紬は少女の名前を呼んだ。


少女の瞳が強く光る。

名前を呼ばれることで、少女の存在が強くなる。


紬は結びの輪を糸の中心に叩き込んだ。

輪は糸の位相を崩し、糸は自らの張力で絡まり合う。


少女の名前の響きが、紬の胸の奥にふわりと戻ってきた。


糸は崩れ、影は消えた。


少女は紬を見つめ、かすかに微笑んだ。

「……ありがとう。紬。私の名前は――みな」


その言葉を残し、少女は風の中に消えた。


戦いが終わった後、紬は膝をつき、深く息を吐いた。

胸の奥の「風花」という響きは、まだ薄いが、確かに存在している。


蓮が紬の肩を抱く。

「紬……本当に、よく頑張った」


紬は静かに頷く。

「みなの名前……守れた」


ユイは風を揺らしながら笑った。

「名前って、こんなに重いんだね」


真白は紬の手を握る。

「紬ちゃんの名前も、ちゃんと守るからね」


ミナは遠くを見つめながら言った。

「みな……どこに行ったんだろう」


紬は胸の奥の響きを感じながら、静かに言った。

「また会えるよ。名前が戻ったから」

あとがき(紬の日記)

影の少女の名前は“みな”だった。

呼んだ瞬間、胸の奥が温かくなった。

名前を守る戦いは、思っていたよりずっと重かった。

蓮の声が、今日も私を支えてくれた。

明日は“みな”の過去を探したい。

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