34:オレの命そのものだ
―――自己、満足。
低く呟いたサカキの言葉に、莉菜は打ちのめされた。
それは、あくまでも莉菜自身の一方的な感情であり、考え方ではないのか。
何かができるのだという傲慢さ。狡猾さ。
「求めているのは、ルリカの木の存在を排除すること。自然を科学技術で変えようとした結果が、これだ」
自然を科学技術で創り出すということ。自然界の連鎖を人為的に操作するということ。
結果、すべての歯車が狂い、最悪の結果を招いてしまう。
「あなた今いくつ?」
「十六」
莉菜はゆっくりと立ち上がり、真正面からサカキを見つめた。
現代に生きる十六歳の少年たちは、死とは無縁の場所で生きている。地球環境のことなど、どこか遠い世界の話のように。毎日を楽しく過ごし、やりたいことに夢中になっている。
――少なくとも、自分はそうだった。
いろいろなものが過剰に与えられ、氾濫する中で、ぬるま湯のような日常に浸かり、不自由のない生活を送ってきた。たとえ現実を突きつけられても、それを自分のこととして引き受けることなど、できなかった。
死と隣り合わせの、残酷な世界で生きてきたサカキが、ぬくぬくと生かされてきた自分に、未来の現実を突きつけている。
この世界で生きていれば、サカキだって、友達や彼女や学校のことで、悩んだり騒いだりしているはずの年齢だ。凶暴な食肉植物から生き延びるための日々が、彼をこんなにも厳しく冷淡な表情にさせてしまったなら。
「ルリカの事が大切なのね」
莉菜の言葉に、無表情だったサカキの瞳が揺らいだ。
「――オレの命そのものだ」
サカキは莉菜から目をそらすと、生温い風にそよぐ中央公園に視線を向けてわずかに目を細めた。
「ルリカがいなければ、オレはオレでいられなかった。生きてもいなかった。」
サカキは首の後ろに手を回し、銀のネックレスをはずして莉菜に差し出した。
「イニシャル R.I.――Rina Izumi。これは莉菜のイニシャルだ」
「―――わたし、の?」
「同じもの、持っているだろ?」
確かに持っていた。二十歳の誕生日に母からもらった。亡くなった母の形見として大切にしていた。
「莉菜から莉菜の娘、そのまた娘へと受け継がれて、今はルリカが所有者だ。ここに来る前に、オレに渡してくれた」
莉菜は冷たく光るネックレスを受け取ると、月明かりに掲げてそれを眺めた。
確かによく似ていると思っていた。
かなり光沢を欠いており、刻名は殆どつぶれているが、まぎれもなく同じデザイン、同じ刻名様式だ。
「どうして気が付かなかったんだろう」
自分の持つネックレスが、この先一四〇年も受け継がれていくなんて。擦り切れた鈍色や、つぶれかかったイニシャルも、一四〇年分の時間の重みなのだ。
自分の遺伝子を受け継ぐ子孫たちが守ってきたもの。
無言で莉菜を見つめるサカキの顔が、ゆがんで見えなくなってきた。こみ上げる涙を抑えられず、莉菜は唇をかみしめてうつむいた。ネックレスを握り締めたこぶしに、涙がぽたぽたと落ちてきた。
守るべきもの。
今、自分が守らなければならないもの。
地球環境や未来のために、何かをしたいと思ってきた。そのためにルリカの木を創ろうとしていた。
だが――
それを捨てれば。
――自分が信じてきたものも、すべて失う。
それでも。
未来に生きる人たち――サカキやルリカ、多くの人たちを救えるのだとしたら。
自分が、ここで手を止めれば。
――それで、終わらせられるのなら。
ふと、頬に何かが触れた気がして、莉菜は顔をあげた。莉菜を見おろすサカキが、手のひらで莉菜の涙をぬぐっていた。
「サカキ……」
初めてその名を呼んだ。サカキは手を止め、ふと笑った。
「泣き上戸なのは、遺伝か」
「遺伝?」
「ルリカもよく泣いていた。しかも、一度泣き出すとなかなか泣き止まない」
「失礼ね。子供じゃないんだから」
こんな大人びた顔で笑う少年にずっと守られてきたルリカとは、一体どんな少女なのだろう。同じように大人びていて、厳しい表情をしているのだろうか。
「……悪い。似すぎてる」
「似過ぎてる……?」
サカキは目を伏せた、
「……見間違えるくらいには」
「そう……」
それ以上何も言えず、莉菜はネックレスをサカキに返した。
何世代にも渡って受け継がれてきた莉菜の遺伝子が、再びルリカに色濃く現れている。そのルリカと出会ったサカキが、一四〇年の時間を超えて、今こうして莉菜と向き合っている。
そのめぐり合わせに、きっと意味があるのかもしれない。
「少し待っていて」
そう言い残して莉菜は部屋の中に入った。
受け取ったネックレスを掛けなおし、サカキは天空を振り仰いだ。莉菜がどんな結論を出すのかわからない。この期に及んでまだルリカの木に固執するなら、そのときは最終手段に出る。
――和泉莉菜を殺す。
それがルリカとの約束だった。
もし和泉莉菜を殺すことになったら、その時はサカキの手で。
それが、ルリカの願いだった。




