29:――きみが?
「長官、19JP衛星から返信がきました」
インカムのスイッチを入れるなり、クリスの興奮した声が聞こえた。
「回線を回します」
言い終わらないうちに、19JP衛星からのメッセージが表示された。
『そちらの目的を確認しました。我々は個人的にこの衛星を利用しているだけですが、できる限り協力はしたいと思います。』
「個人?」
レノアは呟いた。
「組織にしては移動範囲が狭いです。確認、とあったのでチェックしたところ、一つ目の衛星から侵入してメインコンピューターにアクセスされてました……」
インカムの向こうでクリスが告げる。
「セキュリティシステムは?なぜ気が付かなかったんだ?」
「すみません、ちゃんと組んでいたんですが……」
「そうか……」
人工衛星をハッキング出来る人材が、まだ生き残っていたとは。
しかし、個人なら都合がいい。こちらの組織に彼等を呼び込むことができる。協力の意思があるなら、印象は悪くないはずだ。
レノアはすぐにエンフィスを呼んだ。
「――なるほど」
経緯を黙って聞いていたエンフィスは、画面を見つめたまま冷静に呟いた。小柄な彼は元々は傭兵だったが、その頭脳を買われ、参謀としてセンターから指令を出す立場にいた。長官であるレノアの事実上の右腕だった。
「確かに興味ある人物ですね。彼等の年齢や人数は?」
「メッセージを送ってきたサカキという者の年齢は分からないが、子供が四人いるらしい。」
「実動部隊の人材ならぜひ。それに子供の保護も必要です」
「では決まりだ。迎え入れたいと彼等に伝える。ヘリは出せそうか?」
「三日後でしたら」
そうして、「彼」と四人の子供たちを、迎え入れることになった。
エンフィスとともに十一階の応接室へ行くと、ドアの前で出迎えに行ったヒュージュが待っていた。
「こちらです」
そう言ってドアを開けた彼は、複雑な表情をしていた。レノアは怪訝に思いながらも中に入った。
正面のソファに背を向けて座る子供の頭がすぐに目に入ってきた。その頭が振り向き、ソファに沈み込むようにして彼を見上げた。一番小さい子は五歳ほど。大きい少年でも十一、二歳に見える。
そこで、子供四人だけだということに気が付いた。
「連れてきたのは彼等だけなのか?」
そう言ったのはエンフィスだった。後ろのヒュージュを振り返ると、彼は困った顔で頷いた。
「長旅お疲れ様。ところで、ここに来たのは君たちだけなのかな?私たちと連絡を取っていたサカキという人はどうしたの?」
レノアは子どもたちの正面にしゃがみ、彼等の顔を覗き込んだ。一番幼い子は、隣に座る七、八歳くらいの少年に寄りかかって小さな寝息をたてていた。その少年も隣の十、十一歳くらいの少女の手を、不安そうに握っていた。二人が戸惑ったように一番大きな少年に目を向けた。
「そのサカキがいないとオレ達は受け入れてもらえないのか?」
少年は静かに言った。子供とは思えない凛としたその声音に、レノアは一瞬目を見張った。強く光を反射する漆黒の瞳がレノアを真っ直ぐと見据えていた。そこに宿る意思が、彼に返答を求めていた。
「そんなことはないよ。ただ、彼はどうしたのかと思っただけなんだ」
笑みを浮かべてレノアがそう答えると、少女と、小さな少年の顔に安堵の表情が浮かんだ。しかし、先の少年はまだかたくなな表情を崩さないでいた。
「子供が四人だと最初に言った」
そう言って少年は一呼吸おいた。
「サカキはオレだ」
「――きみが?」
レノアは思わず声を上げた。こんな子供があのメッセージの送り主だというのか。エンフィスも隣で絶句していた。
「そう」
短く答えて、少年は二人を見つめた。
「しかし……」
レノアはそう呟いて言葉に詰まった。子どもだけで、この惨状を生き延びてきたとは考えられなかった。まして人工衛星まで。
「君たちはいつから四人でいたの?」
「四人で行動するようになったのはここ三ヶ月。それまではオレとルリカの二人だった」
そう言ってサカキは隣に座る少女を見た。
「エイシとリカはオレたちが見つけて保護した」
「ルリカの木」から逃れるため、子どもを置き去りにすることは珍しくない。
レノアは小さくため息をついた。
「衛星はどうやって?」
「あなたたちと同じ。システムに侵入して権限を取得した」
「君が?」
「そう」
淡々とした声音で、表情も変えないまま。
そのときになって、ようやくレノアはこの少年のもつ仮面のような表情と、何もかも見据える瞳の深さに気がついた。
多くの人間と対峙してきたから分かる。この少年の言葉は事実だ。彼は自分の力で、「ルリカの木」が徘徊するこの地獄の中を生き抜いてきたのだと。
「わかった。我々は喜んで君たちをここに迎え入れよう」
彼等を拒否する理由はない。むしろこの少年に計り知れない興味を感じていた。
隣のエンフィスを見ると、彼も異存はないようだった。
「じゃあ、私に付いて来てくれるかな。まずシャワーを浴びてきれいな服に着替えよう。それから、悪い病気にかかっていないかちょっとだけ検査するからね」
エンフィスの言葉に、小さな少年が不安そうな表情を見せた。
「けんさって、痛いの?」
「ちくっとするだけですぐ終わる。大丈夫だよ」
やんわりと答えても、少年はなお不安げに眉をひそめていた。
「エイシ、大丈夫だから。ね。行こう」
心地よいヴァリトンの声で少女が穏やかに言った。それからうたた寝をしている一番小さな少女の肩に触れた。
「リカ、起きて」
小さな女の子がぼんやりと起き上がるのを確認し、サカキがソファから立ち上がった。
「行こう」
同じように立ち上がったルリカに手を引かれるように、エイシも立ち上がり、寝ぼけたまま何やらよく分からぬ顔でリカもそれに続いた。
エンフィスの後について四人が出て行くのを見届けると、レノアはこの施設唯一の医師であるティンエに連絡をいれた。
「今から例の子供たちを連れて行くから、カサノバと一緒に待機していてくれ。あと、サカキという一番大きな少年なんだが、体内構造、運動能力等のデータを取ってくれるか」
「それはエンフィスのほうが良いのではないですか?」
ティンエが怪訝な声を漏らした。
「いや、傭兵としての運動能力ではなく、医学的な数値としてのデータが欲しいんだ」
「分かりました。その少年に興味があるのですね」
ティンエはあまり深く尋ねずに通信を切った。優秀なドクターである彼は、レノアのこういった突然の要望にも手抜かりなく応えてくれる。おそらく自身も興味津々でサカキのデータを取るはずだ。
あとは彼等が無事に検査をパスしてくれるのを待つばかりだ。
「ここは元々何の施設だったんだ?」
エンフィスの後ろからサカキが問い掛けてきた。
窓の外に見えるのは一面の海原。ここは海岸から十キロメートルほど離れた沖合い。
「ここはひと昔前の研究都市だったんだ。研究施設と居住区を集めた人工島だ。放棄されていたが、手を加えて今の状態にしたんだ」
「どれくらいの人間が?」
「大人が三十五人、子供が二十八人だ。君たちのように少しづつ受け入れをしていくうちに今の人数になった」
「――まるで、ノアの箱舟だな――」
「ノアの箱舟?」
サカキの呟きにエンフィスは足を止め、肩越しに振り返った。この時代に少年が聖書の一説を知っているとは以外だった。
サカキは深みのある漆黒の瞳をエンフィスに向け、少し皮肉気な笑みを唇の端に浮かべた。
「こんな沖合いにまではルリカの木もやってこない。だから奴らに怯える心配はない。だけど物理的な限りがあるから、誰も彼もが居住できるわけじゃない。――だから、選別しているんだろ?ここに連れてくる人間を。例えば、健康な子ども、戦える人間。――もし、オレたちの誰かが手に負えない病気を持っていたらどうする?」
サカキの言葉に、エンフィスは絶句してしまった。まさかそこまで読まれているとは思っていなかった。
交信の段階で、この少年は「サカキ」という存在を利用していた。見る限り、当のサカキの表情からは何も読み取れなかった。だが、十分にあり得る。エンフィスは内心舌を巻きながら、小さくため息をついた。
「もしそうだとしても、ちゃんと治療する。それだけの医師も施設もここにはある」
サカキは透かし見るような目でエンフィスを見据えていた。――やがて
「わかった。今は、信用する」
表情も変えずにそう言った。もし今の言葉に偽りがあれば、それなりの報復はする。彼の表情はそう言っているように見えた。
傭兵として、十年以上前線で戦ってきたエンフィスだが、たった一人の少年に畏怖を感じるのは初めてのことだった。相手はほとんど「ルリカの木」だった。――だが、この少年は違う。それを本能で感じて戦慄を覚えた。
「君たち、歳はいくつなんだ?」
再び歩き出しながらエンフィスは言った。
「十四」
サカキが答えると、
「十三」
「九」
「五つ」
残りの三人が声をそろえた。
そこでまたエンフィスは不覚にも驚愕してしまった。四人ともどう見てもずっと幼く見える。しかしよく考えてみると、彼等はここにいる子どもたちに比べ、圧倒的に栄養状態が悪い。発育が遅いのは至極当然だった。大人の庇護者もなく子どもたちだけで生きてきたとなれば。
――レノア……
エンフィスは心の内で呟いていた。
――我々は、とんでもないものを拾ったのかもしれない




