28:通信は可能か?
少し和らいだ初秋の日差しと、静かな波の音が、殺風景な部屋の中に満ちていた。今日はいつにも増して、波が穏やかだった。
砂浜で遊ぶ子どもたちの小さな歓声が、十階のこの部屋まで届いてきた。十月半ばとはいえ、日中はまだ汗ばむ陽気だ。それでも子どもたちはお構いなしに、昼頃からずっと遊び回っているようだった。
ひっきりなしに届く情報を手早く処理しながら、レノア・シュースターは、その無邪気な声を聞けることにどこか感慨を覚えていた。
一見のどかな光景だが、それがただの気休めに過ぎないことも理解していた。子どもたちの命は、多くの犠牲の上に辛うじて守られているのだから。
レノアはキーボードを打つ手を止め、窓の外に視線を向けた。内海を挟んだ正面の建物のヘリポートに、偵察から戻ったばかりのヘリコプターが旋回していた。目を細め、着陸の様子を追った。あの機体には、レノアが待ち望んでいた人物が乗っているはずだった。
――やっと「彼」に会える。
ヘリが着陸し、プロペラが停止するのを見届けたとき、レノアは自分がわずかに高揚していることに気がついた。
――まだ、こんな感情が残っていたのか。
思わず苦笑した。だが、何かが変わるかもしれない。何かが動き出すかもしれない――そう期待してもいいはずだった。
立ち上がりかけたとき、机の端に置かれたインカムが短くアラーム音を鳴らした。
「長官、ヒュージュが帰還しました。例の者たちも一緒です」
「分かった。すぐに行く。十一階の応接室に通してくれ」
「了解しました」
レノアは窓を閉める手を止め、もう一度眼下を見た。人工ビーチでは、子どもたちが無邪気に遊んでいた。何かを拾い、砂山を作り、追いかけ合い、思い思いに笑っていた。
――今のままでは、この子たちに未来はない。レノアは二重構造の窓を静かに閉めた。
「ルリカの木」は衰えることなく増殖し続け、今や地表の六十パーセント以上を覆っていた。世代を重ねるごとに進化し、あらゆる劣悪環境に適応していった。特に顕著なのは、これまで避けていた海岸線にまで進出する個体が増えてきたことだった。
もともとは乾燥に適応させるために改良された種にすぎなかった。だが、数世代で、湿気や塩分に耐性を持つ個体が異常に増え、同時にその凶暴性も増していった。手当たり次第に捕食する「ルリカの木」に対抗できる存在は、もはやなかった。
かつて生態系の頂点にいると信じていた人間は、今や「餌」へと転落した。陸上生物の大半は捕食され、「ヒト」も四分の一以下にまで減少していた。
だがレノアは、このまま喰われるつもりはなかった。人が生み出したなら、人が終わらせる。それが、この時代に生まれた自分の役目だと信じていた。
しかし、個人で対抗するのは無謀に等しい。だから同志を集め、組織を作った。
生き延びるため、そして――奴らを殺すための組織。
だが結成から数年が経っても、現実は厳しかった。防衛で手一杯で、増え続ける個体数を減らすには至っていない。
わずかに生き残った研究者を集め、実験を重ね、実働部隊を送り込んでも――決定打がない。
現在は、放棄された人工衛星を利用し、「ルリカの木」の分布や行動を解析していた。避難や局地的な駆除には一定の成果が出ていた。
そして最近、ようやく専門家を確保した。人材・機材・技術――いずれも不足しているが、わずかでも、前進はしていた。
いつか必ず撃滅する。そのために、今できることを積み重ねるしかない。
そんな中、「ルリカの木」の動向を監視している静止軌道衛星のオペレーター、クリスが怪訝な表情でやってきた。
「長官、我々以外にも監視している組織があるのでしょうか?」
そう言いながら、彼は手元の端末を操作した。レノアのモニターに無数の数値が表示された。
「JP地区の静止軌道衛星に、不正アクセスの痕跡があります」
「場所は?」
「JP地区中央の、かなり狭い範囲です」
画面には地図が展開され、一部に円が示された。
「これは観測衛星です。古い型ですが、地上の車両を識別できる程度の解像度はあります」
回転する衛星の映像が表示される。
「通信は可能か?」
「可能です。回線が開いたままです」
「……つまり?」
「向こうもコンタクトを取る意思がある、ということです」
レノアはしばらく考えた。同様の組織なら、ぜひ連携したい。情報も技術も人手も、いくらあっても足りない。
「クリス、接触する。メッセージを送れ」
「内容は?」
「任せる。ただし、余計な刺激は避けろ」
「了解しました」
返信が届いたのは、それから一週間後だった。




