20:どこか安全な場所へ
下階に降りると、ランが簡易コンロで果実スープをつくっている最中だった。隣では、ルリカが硬いパンを切ろうと苦戦している。
「今日は珍しく米が手に入ったんだ」
スープの味見をしながらランが言った。
「街のはずれで物々交換ができる場所があるって聞いて、ルリカと行ってきたんだ。運良く米が手に入った」
「何と交換したんだ?」
ソファから顔を上げてスープをのぞき込んでいたタケトが聞いた。
「……この実を一つ……」
スープに浮かぶ果実を指さし、ランが苦笑いする。
タケトに力になるものを食べさせようと、一番大きな木の実を持って出ていたのをサカキは見ていた。結局、手のひらに少し余る程度の米しか手に入らなかったらしい。
野菜類などと違い、穀物はとにかく少ない。それを育てる土地も、手間をかける時間もないからだ。枯れた土地でわずかに獲れる穀物は、それを巡って人殺しが起きるほど希少だった。
ここがまだそれほど危険でないうちに、タケトに動けるようになってもらいたい。ランの焦りは、見ていて切実なものだった。
「ルリカ、どうかしたのか?」
体を起こすのを手伝ってもらいながら、タケトはさきほどから押し黙ったままのルリカの顔をのぞき込んだ。
「うん……」
タケトの視線から目をそらすように俯き、ルリカは曖昧な返事をした。
「タケト……」
「――雨が来る」
遠慮がちに言いかけたルリカの声に、サカキは横から声を挟んだ。一瞬、タケトはそれが何のことか理解できない顔で首を傾げた。
「雨?」
即座に反応したのはランの方だった。途端にその表情が険しくなり、窓に近づいて真っ暗な空を窓越しに見上げた。
「本当なのか?」
「おそらく今夜」
サカキの言葉に、ランは悲痛な表情になった。
「降らないときはずっと降らないのに。こんなときに限ってどうして……」
前の雨から、まだ五日。意を決した表情でランは唇をかみ締めると、床に転がっている荷物をまとめ始めた。
「何をするつもりだ?」
「決まってるだろ。今すぐここを離れる」
のんびりと問いかけたタケトに、今にもつかみかかりそうな表情でランは言った。極力荷物を減らすようにしているとはいえ、大人二人の荷物は大きなリュック二つでは収まらない。
ランは投げ捨てるように荷物を並べ、大きなため息をついた。傷を負ったタケトとこれだけの荷物を抱え、果たしてどこまで行けるというのか。
「今すぐここを出るとして、どこへ行くつもりだ?」
「どこって、どこか安全な場所へ……」
言いかけて、ランはやっと我に返ったようだった。
「安全な場所……」
戸惑った表情のまま足元の荷物を見つめ、それからタケトに視線を向けた。
「今の俺たちに、安全な場所なんて分からないんだよ」
落ち着いた声でタケトに言われ、ランは言葉を詰まらせた。すでに身をもって経験していることなのだろう。
「じゃあ、どうするつもりなんだ?このまま何もしないで雨を待つのか?」
ランの苛立った声に、タケトはスープに伸ばしかけていた手をとめ、ふっと笑みを見せた。
「なるようにしかならねぇだろ」
「そんなこと言ってたら……」
ランは泣きそうな顔で、タケトの横にすとんと腰を降ろした。もしヤツらに遭遇したら、タケトを連れて逃げ切れる可能性は低い。最悪、全員捕まる。そうなればタケトは、自分を置いて逃げろと言うだろう。
「雨が降ったからって、ヤツらがこの街に来るとは限らねぇし、どこが安全でどこが危険かなんて、その時にならないと分からねぇだろ」
熱いスープをすすりながら、タケトは落ち着いた声でランに言い聞かせた。冷静というより、腹を決めている様子だった。
黙ったままのルリカの表情に気づいたのか、タケトは苦笑しながらその頭を軽く撫でた。
「そんな顔するなよルリカ。お前は自分のことだけ考えてればいい。これは俺達の問題だ。お前が気にすることじゃない」
「でも……」
「いいから早く食って寝ろ。サカキ、お前もだ」
サカキは口を挟まなかった。彼らが死ぬ覚悟を決めるか、生き延びるためにあがくかは、彼らが決める事だ。サカキが口を出したところで、何が変わるわけでもない。
それは、自分が一番よく分かっていることだった。




