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19:雨が来る

「何作ってるんだ?」

 

 床に細かな部品と工具を広げ、サカキは無心に作業を続けていた。

 

 その背後から、タケトが大柄な身を折り曲げてのぞき込んできた。腹の傷が痛むのか、わずかに眉を歪めている。

 

「アンテナ」

 

 顔も上げずにサカキは短く答えた。

 

「何に使うんだ?」

 

 タケトの怪訝な声に、サカキは手を止めて顔を上げた。

 

 出血多量で死ぬだろうと踏んでいたタケトは、予想に反して恐るべき早さで回復していた。退屈しのぎにサカキへちょっかいを出しに来る。

 

「衛星用」

「……衛星用?」

 

 タケトは無精髭のごつい顔をいぶかしげに歪め、サカキの手元にあるいくつもの金属の破片を見つめた。

 

「人工衛星は稼働しているはずだ。ハッキングすれば情報収集ができる。誰かとコンタクトが取れるかもしれない」

「そんなことできるのか?」

「おそらく。電波の送受信アンテナと、操作基板があれば」

「……よくわかんねぇけど、すげえ難しそうだな」

 

 タケトはサカキと足元の部品を交互に見つめ、息まじりに呟いた。サカキは答えず、作業を続けた。


 タケトとランと同じビルで生活するようになって、すでに五日が経っていた。ルリカはすっかりランに懐き、二人でよく外に出ている。そのおかげでサカキは、時折タケトの相手をしながらも、自分の作業に集中できていた。

 

 二人だけで出歩くことに多少の不安はあったが、ランにはそれなりの心得があったし、近場を回る程度なら問題ないと見ていた。

 

 人工衛星に繋がれば、上空から奴らの動きを監視することができる。危険の少ない場所を選ぶことで、居住地を求めてあちこち移動する必要もなくなる。

 

 それでも――サカキには分かっていた。ヤツらがいる限り、どれだけ探しても、安息の地などありはしない。逃げ回り、その場しのぎで生き延びる――それだけだ。

 


 サカキは工具を床に置いて立ち上がった。タケトは痛み止め代わりの酒を飲んでソファで眠っている。かなり出血したため、痛みが和らいでも貧血で長くは起きていられないらしい。

 

 タケトを起こさないようにそっとドアを閉じ、サカキは屋上への階段を登った。屋上に出ると、ビルの隙間に落ちていく燃えるような夕日が視界に入った。季節風で巻き上がった砂塵のせいで、普段より赤く大きく見えた。ここに来てから雨は降らず、風も強い。そのせいで、普段以上に埃っぽかった。

 

 サカキは胸にぶら下げた小型双眼鏡で周辺を見回した。背の高いビルが多く、そう遠くまで見渡せないが、特に不審なものはない

 

「良好」

 

 広げていたソーラーパネルを折りたたみ、パネルの陰に置いたボックスからコードを外した。壊滅状態の電力設備に代わり、充電式のソーラーパネルで電力をまかなっていた。拾い集めた部品で作ったものだ。コンパクトに折りたためば、大した荷物にならない。


「サカキ」

 

 風に紛れて、ルリカの柔らかな声が届いた。風に乱れる髪を押さえながら、ルリカが歩いてくるところだった。

 

「すごい風だね」

 

 夕日に目を細め、ルリカが笑う。サカキは少し肌寒い西風を正面に受け止め、上空を見上げた。

 

「――今夜中に荷物をまとめろ」

 

 そしてルリカを見下ろし、低く呟いた。

 

「雨が来る」

「雨……」

 

 ルリカは不安げな表情でサカキを見つめた。

 

「タケトとランは?」

 

 ランはともかく、タケトは遠くまで動けないはずだ。

 

「今のうちに安全な所に移動したほうが――」

「無理だ」

 

 ルリカが言い終わらないうちに、サカキはきっぱりとはねのけた。

 

「ここが危険だとは限らない。どこが安全かも分からない」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「奴らが来ないことを祈る。それだけだ」

 

 そう言って、サカキはまだ熱の残るソーラーパネルの取っ手をつかみ、持ち上げた。

 

「そのボックス持ってきてくれ」

「サカキ!」

 

 背中からルリカの悲壮な声が響いたが、そのままドアを開けて下に降りた。



 


 後に残されたルリカは、風に吹かれながら上空をすぎゆく薄い雲を見つめた。

 

 サカキのことだから、状況を判断したうえでの言葉だと分かっている。だが――危険と判断すれば、タケトとランを見捨てるということだ。

 

 その真意を測りかね、ルリカは重いため息をついた。

 

 今の自分には何もできない。誰かを助けるどころか、自分の命すら守る力もない。サカキだって、自分とルリカを守るだけで手一杯なのだ。タケトたちに手を貸す余裕がないことも、分かっている。

 

 ルリカはもう一度上空を振り仰いだ。薄暗くなってきた街に、夜の風が冷気と雨の気配を運んできていた。

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