13:新しい木を創りたいんです
「和泉は?」
おもむろに日々木が言った。
「和泉は何か目標みたいなものあるのか?」
「目標っていうか……」
呟くように莉菜は言った。隠しているわけではないが、日々木に言うのは何だか気恥しい気もする。
「新しい木を創りたいんです」
「新しい木?」
「適応力が高く、成長速度の速い木。基本は乾燥に強い木なんですけど、この樫の木みたいに大きくて人に憩いと潤いを与える木です。そして栄養価の高い大きな果実を実らせる木。そんな木を作れたらいいなって、ずっと考えているんです」
「すごい夢だな」
「漠然としていて、無謀だって言いたいんでしょう?」
意外そうな日々木の表情に、莉菜は言ったことを少し後悔した。そんな都合のいい木があれば、誰も苦労してグリーン・ワークを行う必要はない。
「本気で、すごいと思ってる」
莉菜の表情に苦笑しながら日々木は言った。
「既存の種類や技術にとらわれない新しい木か。土壌や空気の洗浄、砂漠の緑化。いろいろな問題が改善されるな」
「何種類かの植物の遺伝子を組み合わせて複合種を作ろうと思うんです。まだ、構想段階ですけど」
莉菜は小さく肩をすくめた。共同研究の合間にできる個人研究の時間などたかが知れている。納得のいく実験ができるようになるまで、どれぐらいかかるのだろう。このまま構想だけで終わってしまうかもしれない。
「頑張れよ。いつか和泉が考えた木を俺が植える日が来るといいな」
「来るといいですね……」
日々木の言葉に莉菜は笑顔を見せた。
今はまだ夢物語でも、いつか必ず現実にしてみせる。莉菜がこの大学に入ったそもそもの目的が、この新しい木を創り出すためであった。
進行する砂漠化。焼き畑農業後の丸裸になった密林。土壌流失によって不毛の地となった荒野。幼いころに見たテレビの映像が、もの悲しく記憶に残っている。その時から莉菜は、何かしら環境問題に関わる仕事をしたいと決心していた。
それが莉菜の夢であった。
「そろそろ行こうか」
莉菜がリンゴを食べ終えたタイミングを見計らって日々木が腰を上げた。時計を見ると、かれこれ一時間近くここで休息していたことに気がついた。
「そうですね」
そう言って、莉菜も立ち上がった。
莉菜は温室に来ると必ずこの樫の木のもとに立ち寄ることにしていた。この木を初めて見たのは三年前。講義の時間つぶしに温室を回っていたら、温帯ルームの一番奥にこの木を見つけたのだ。静かに佇むその姿に、莉菜は何か郷愁に近いものを感じた。
――この木だ。
自分が求めている新しい木の具現化した姿がそこにあった。
それ以来莉菜は温室に来ると、この木の下であれこれと構想を練るようになった。共同研究の間のつかの間の自分の研究時間であった。
二ヵ月前にここのカード・キーを無くしたため、再発行までの間に何度か日々木と一緒に温室に来たのだが、驚いたことに彼もこの樫の木を気に入っていて、サンプルのチェック後にここで休息することを知った。
「お前もか」そう言って日々木は、隣の研究室が栽培している木から果物を失敬することを教えてくれた。まじめそうに見えて結構悪いこともしてるんだと、日々木の意外な一面を知ったのだった。
二人が外に出ると、光ファイバーの光とは違う太陽の強い日ざしが照りつけていた。その眩しさに目を細めると、日ざしの向こうに、中央公園の木々の緑が日の光を浴びてざわめいているのが見えた。その揺らめく姿に莉菜は思わず安堵の笑みを見せた。
ありとあらゆる「都会」から、風に揺れる樹木の緑が姿を消して久しい。加えて止まることのない環境汚染。一見平和に見えるこの街にも、その影が静かに広がっていた。
だれが悪いと言うわけではない。自分に何かができるなど、大それたことを考えているわけでもない。それでも、ふとした瞬間に、言い知れない感情が込み上げてくることがある。
新しい木を。
自分に思いつくことなんてそれぐらいだ。でもそれで何かが変わるのなら、それは決して無駄な努力ではないはずだ。
実現したい。――実現しなければならない。
莉菜には、どこかで分かっていた。科学が進歩し、生活が便利になるほど、人は少しずつ自然から遠ざかっていくことを。
それでも、自分たちは「正しいことをしている」と信じている。それが本当に正しいのかどうかは、誰にもわからないとしても。
その選択が、どこへ向かうのかも知らないまま――




