12:枯れてました
若苗大学自然科学群ⅠとⅡの建物に挟まれた中庭には、自然科学群Ⅱが所有する大規模な地下温室がある。地上三メートル、地下十メートルに広がる総面積二千五百平方メートルの施設だ。
大規模な光ファイバーシステムを使って太陽光を地下に導くことにより、本来光の届かない地下でも植物を栽培できる最新技術の温室である。
温室内は四つに区切られており、それぞれ熱帯・温帯・寒帯・乾燥帯の各気候帯が存在する。それらに合わせて、室温・湿度・光量管理がコンピュータによって二十四時間自動管理されている。
この中で、人工的に創り出された、さまざまな植物が実験的に栽培されているのである。
「和泉、そっちの苗木どうだ?」
背の高い灌木の林の中で、日々木のくぐもった声が聞こえてきた。莉菜は顔を上げ日々木の姿を探したが、自分よりも背丈のある灌木に遮られて彼の姿はどこにも見当たらない。
「日々木さん、どこですか?」
莉菜はマスクをずらし、日々木の名を呼んだ。
「こっち」
相変わらず当てにならない返事が聞こえてきた。とりあえず声がした方へ歩いて行くと、しゃがみ込んで土を掘り返している日々木の姿があった。
「何してるんですか?」
「土を持ち帰ろうと思って」
日々木はユニパックのチャックを閉めながらそう言うと、立ち上がって裾の泥を払い落とした。
「また土壌のチェックですか?」
「そう。こういうことは他人任せじゃなく、自分でもまめにやらないと」
「そんなこと言って、実際に解析するのは麻生さんじゃないですか」
「それを言われたら身も蓋もないんだけど」
苦笑して日々木は言った。
土壌管理は専門チームが二週間ごとに調査しているが、日々木はそれとは別に定期的に土を持ち帰り、土壌科学研究室にいる同期に分析を頼んでいた。完璧主義の日々木らしい行動だった。
「それで、そっちの苗木はどうだった?」
ふと思い出したように、日々木はさっきと同じ質問をくり返した。
「枯れていました。根づいていなかったみたいです」
「そうか。こっちの苗木も枯れていた」
日々木の手には土が入ったユニパックのほかに、枯れた苗木が入ったサンプル瓶があった。
「なかなか思うように育ってくれませんね」
「こうやって試行錯誤を繰り返して、よりグリーン・ワークにかなったものを選抜育種していくんだ」
莉菜の持っていたサンプル瓶を受け取りながら、日々木は言った。
遺伝子操作による新種育成なんてそんな簡単に成功するものじゃない。マスター1年生のとき、たて続く実験の失敗に落ち込んでいた莉菜に日々木はそう言ったのだ。失敗は次の糧になる。優秀な日々木から莉菜が最初に学んだことだった。
「そういえば、日々木さんはグリーン・ワークの現場技術者になりたいんでしたね」
樫の木の下に腰かけている日々木に、莉菜は隣の研究室から失敬してきたリンゴを渡した。
温室のサンプルのチェックを終えたあと、温帯ルームに植えてある大きな樫の木の下で一息つくのが日々木と莉菜の日課だった。この木は温室建設時に植えられたもので、実験サンプルではない。だが見事に成長したため、そのまま残されていた。
「ドクターを出たらすぐに北アフリカのリサーチ・ベースに行くつもりなんだ」
「北アフリカ?どうしてまた」
北アフリカ・リサーチ・ベースは、現在世界中に五ヵ所ある研究拠点の中でもっとも規模が大きく、最重要拠点とされている。そこに入るためには、五十倍を超える競争率を勝ち抜く必要がある。ドクター・コースを卒業したばかりの、名も知られていない日々木がそんな簡単に行ける場所ではないはずだ。
「現地に先輩がいて、その人が卒業したらこないかって誘ってくれてるんだ」
「そうなんですね」
「滅多にない機会だし。それにグリーン・ワークは、俺の昔からの夢だったから」
「北アフリカか……」
吐息交じりに莉菜は呟いた。この手の研究をしている者にとって、現地での実地実験は一度は挑んでみたい機会でもある。




