09:強い者に権利があるんだろ
「断る」
一瞬、空気が止まった。
誰も動かない。
「……は?」
少年の口からようやく漏れた声は、間の抜けたものだった。だが、唇の端にはまだ薄ら笑いが残っている。
「断る。合理性がない」
同じトーンのまま、サカキはくり返した。
その言葉に、四人は色めき立った。形勢的に誰が見てもサカキとルリカのほうが不利だ。彼らは、二人が黙って荷物と服をおいていくと踏んでいたのだろう。
「ずいぶんと見上げたことを言うじゃねぇか!」
前の少年が視線を送ると、二人が同時に踏み込んだ。
「―――っ!」
次の瞬間にはもう、倒れていた。
床に叩きつけられた鈍い音が、わずかに遅れて響く。
サカキは、何事もなかったかのように立っていた。呼吸一つ乱れていない。
「なに……」
少年たちは言葉を失ったまま、呆然と目の前の光景を見つめていた。その顔には先程までの余裕の表情は見られない。一瞬の出来事に、何が起きたのか理解できていないようだった。
それにはお構いなしに、サカキは足元に転がっているナイフを拾ってズボンのポケットにしまった。
「強い者に権利があるんだろ」
淡々とした声音でサカキは言った。その顔は何の感情をも映し出してはいない。
「甘く見るなっ」
そう言うと、リーダーの少年はジャンバーのポケットに手を突っ込んだ。
「――後悔しろよ!」
ポケットから出した手には、銃が握られていた。銃口はサカキに真っ直ぐと向けられている。
「中に入ってろ」
サカキは後ろにいるルリカに小さく声をかけた。彼女が中に入って身を屈めるのを確認すると、背負っていた荷物を降ろし、倒れている二人の少年をまたいで一歩前へ出た。
「動くな!」
引き金に指がかかった――その直後、
サカキの姿が消えた。
銃声だけが、遅れて響く。
「後悔するのは、お前だ」
サカキは銃身をつかみ、倒れた少年の胸に片足を乗せていた。その右手にはコンバットナイフが鈍く光っている。
喉笛に皮一枚の距離で突きつけられたそれに、少年は声も出せずにいた。
「二度目はない。死にたくなければ、今すぐにこの街を出ていけ」
そして茫然と立ちつくしている残りの少年を一瞥する。
「お前もだ。そこでのびてる二人にも伝えておけ」
少年は、喉元のナイフから目を離せなかった。
ごくりと唾を飲む。
足が動かない。
サカキは足元の少年が小さくうなずくのを見ると、その胸から足を下ろし、彼が握っていた銃をズボンの腰に差し込んだ。
「忘れるなよ」
そう言い捨て、サカキはドアの前まで戻ると自分の荷物を拾いあげた。
「大丈夫か?」
それまでの無感情な声音とは裏腹に、奥でうずくまっているルリカにやんわりと問いかける。
「……大丈夫」
ルリカは、小さく息を吐いて答えた。
「行こう」
サカキはルリカを促し、四人の少年たちには目もくれずに歩き出す。脅しがきいたのか、誰も身じろぎ一つしない。サカキにとって、もはや彼らの先行きはどうでもいいことだった。
「……追い出さなくてもよかったんじゃないの?」
しばらく歩いて、ルリカがポツリと言った。それまでの場所を捨て、全く新しい土地で生きていくための居場所を確保するのは、そう容易なことではない。
「ああいう奴らは、汚い手を使って何度でも仕掛けてくるから」
サカキはそれ以上何も言わなかったが、ルリカには分かっていた。自分の身だけを守るなら、彼はいつどこでどんな手段を使われようと大丈夫だ。だが、ルリカに万が一でも危害が及ばぬよう、危険因子を芽の段階で断ったのだ。
生き抜くためには、ときに誰かを犠牲にしなければならない。
ルリカは、自分の無力さに胸を痛めていた。




