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第七十九話 根回し?

 酒処は、調査と報告待ちで既に二週間近い営業停止になっている。

 そんな中、都市開発部の部長が報告書を持ってやってきた。


「魔王さま。これが今回の調査結果です」


 『原因不明』


「おい、バカにしてるのか?」

「いえ、治安維持部隊からの調査報告書、診察に当たった医師、料理番、給仕、被害者全員の証言を基に、法務担当とも議論した結果です」


 食中毒というのはわかっているはずだ。なら、なんで原因不明なんだと思った。


「どうしても中毒を引き起こしたものが判明しないんですよ。ポテは数日前に市場で仕入れたもので、他の客も別の料理で食べてます。モツ煮の内臓も、その内臓の購入者も解体した猟師の家族も特に問題ありませんでした。ワインも同様です」

「そして、料理番と給仕も否定してると……」

「そうなんです。故に、結論として食中毒の症状を呈した者がいたが、『原因は不明』ということなんです」


 しかし、これで発表して営業再開してもよいものか、義行としても悩ましいところだった。


「不安は広がってないのか?」

「はい、食中毒自体は一般家庭においても見られます。症状も軽かったということで、不安がる者は皆無ですね」

 商売として食品を提供する店と一般家庭を同一に考えるのはどうかと思ったが、この国ではそうなのだろう。

「考え方の違いか……。で、都市開発部の判断は?」

「法務担当と相談もしましたが、再開しても問題ないと判断しました」


 なんとも気持ち悪い幕引きだが、翌日から酒処は再開することにした。


 開店時間に義行は遠くから眺めてみたが、なにごともなかったように若者を中心に入店している。当分はこまめに様子を見ることにした。


 季節は早くも春だ。四月に入ってから大量の書類がやってくる。


「おいサイクリウス、この書類の量はなんだ?」

「見ていただければわかりますよ。大部分は添付資料で、メインの文書はそちらの紙ファイルに纏めて入れております」


 財務、都市開発、土木、法務、保健衛生、治安維持部隊等々、ある一部署を除いて書類が提出されていた。


「恒例行事ですが、今年は少し違いますね。蒔いた種は収穫してください。では」

「あ、ちょっ……」


 サイクリウスは、「魔王さまの判断で構いませんよ」と言い残して部屋を出ていった。

 「くそっ!」っとぼやきながら、上から書類に目をとおしていく義行だった。


「えっと……、財務担当部は人員強化と農業研修員制度の復活? 研修員制度は後が大変だからボツ」

「都市開発部は上下水道の整備か……。だいぶ人口が増えたらしいから、優先度はSだな」

「土木開発部は研究費増額依頼かー。いろいろ開発してもらいたい物があるしな……。よし増額」

「法務部はどうせ人員だろう。ボツ」

「治安維持部隊。ここはケチるわけにはいかんな。採用の問題もあるから、サイクリウスと調整だな」

「そして、うちからは……なしと」


 ざっと方向性を決めた義行は、裏庭で畑仕事や動物の世話に忙しいノノとノエルを捕まえる。


「なぁ、他の部署は、昨年の城の収入を狙って要望書を出してきてるが、振興部はいいのか?」

「要望ですか? 体一つでできますし、新しい栽培品種は魔王さまが探してきてくださるので、別にこれと言って……。そういえば魔王さま、温室どうしますか?」

 まさか、ここで温室の話が出てくるとは予想だにしてなかった義行は、返事に困った。

「ふふっ、冗談ですよ。必要なものは修理用の木材や、クワやスコップ、猫車、リヤカーと言ったところですから、今の予算で十分ですわ」


 欲がないというかなんというか、実にうち(農畜振興部)らしいなと思いながらサイクリウスの執務室に向かった。


「治安維持部隊の人員強化だが、サイクリウス、お前が担当だよな?」

「担当というか、治安維持部隊の長官とのパイプ役ですな」

「じゃあ、やり易いようにやってくれ。あまりに目につくような場合は止めるかもしれんがな。他の部署の分については、こっちの紙に纏めといた」


 義行が部屋を出るとき、サイクリウス担当の秘書が一緒について来た。各部署の添付書類を引き取るためだ。早く持っていってほしい。邪魔でしょうがない。


 やっとこれで終わるのかと思ったら、今度は入れ替わり立ち代わり各部署から人がやってきて、あーだこーだとまくし立てて帰っていく。主にやってくるのは予算を増やしてもらえなかった部署からだった。

 義行は、そんな暇があったら実績の一つでも上げてみろと言いたくなった。


 そんなことが一週間ほど続き、来訪者の少なくなった午後のことだ。ノノとシルムが憮然とした表情で戻ってきた。

 振興部のソファーで優雅にお茶を飲んで休んでいた義行は、「あらら、ゴキゲン、ナーナメデースネー」っと楽しそうに話しかけた。


 しかし、ノノとシルムがぎろりと睨まれ、義行は久しぶりに身悶えた。


「魔王さま、なんとかしてください。仕事になりませんわ」


 なにがあったのか聞いてみると、このところ異常に接近してくる奴や、妙に仕事を手伝おうとする奴が続出して、鬱陶しくて堪らないとのことだ。


「結婚アピールか?」

「そんなんだったら、殴り倒してやりますわ」


 それだと『()()()()()()』になってしまい、後が大変なので我慢するように義行は諫めた。

 ただ、仕事に支障が出るとは聞き捨てならないので、サイクリウスの部屋に向かった。


「サイクリウス。最近、ノノやシルムが変な輩に絡まれてるらしいが、恋の季節か?」

「魔王さま、アホですか? そんなわけありますかいな。全ては、先月に発表された、昨年の収支決算と成果報告一覧ですよ」


 あれのどこが、ノノとシルムをストーカーする理由になるのかさっぱりわからない。


「大手を振って褒められものではありませんが、今回の国庫の増加、その原動力は農畜振興部です。そして、大臣は魔王さまとはいえ兼任。上役全てが不在で、正職員は一人。絶好の穴場なんですよ」


 義行はようやく納得できた。簡単に言えば、『私を要職に』というアピールだ。


「でも俺、大臣兼任するし、管理職もいらんぞ。ノノたちも無能に辟易してるし」

「ですので、煮て喰うなり、焼いて喰うなりご自由にしてください」


 振興部に戻って、この一週間の変化を説明すると大きくため息をつかれた。


「まあ、そう悲観するな。どうせなら楽しもうぜ」


 そう伝えた翌日からだ。


「ノノさん、よかったら手伝いますよ。これでも僕、力はあるんです」

「あら、そうですの? ではこの畑一面お願いしますね。その後、あそこの堆肥置場から落ち葉堆肥と、牛糞堆肥を()き込んでください。それが終わったら知らせてください」

「はいー」


 別作業を終わらせ、畑に戻ったノノが見たものは。


「ちょっと、なにやってますの? まだ半分ちょっとって。急ぎなさい」

「はぅーん……。 で、でも、もう手にまめが……」

「そんなもん唾付けときゃ治りますわ。あと三十分で堆肥まで漉き込みなさい」

「あ~ん……」


 一方、ノエルのところでは。


「ねえノエルちゃん、仕事大変でしょう。手伝うよ?」

「じゃあお願いします。鶏舎から敷き藁を取り出して、鶏糞堆肥の箱に入れてください。あと、放牧地の牛糞を集めてください」

「えっ、えっ……? 俺一人で?」

「いや、手伝ってくれるんですよね?」

「あ、あぁ、もちろんさ……」


 しかし、ノエルが働くすぐ横では……。


「い、いや、ちょ、なに、このニワトリ。ちょ、突っつくなよ。あいて。う、うわっ、くさっ! あ、手に付いた」

「うるせー! うんこが手に付いたくらいでガタガタ言うんじゃねーよ」

「あ~ん……」


 ところ変わって、シルムのところでは。


「シルムちゃん。僕、農業経験あるんだよ。やってあげようか?」

「そうなんですね。ここにニンジンとサラダ菜を蒔きます。ニンジンは、(うね)幅六十センチ、条間(じょうかん)二十センチの二条蒔き。最終的に株間は十五センチ程度にするから。サラダ菜は、畝幅九十センチ、条間と株間は二十センチね。それが終わったら、ドテときゅうりの苗づくりね。育苗(いくびょう)ポットは納屋にあるわ。土は畑の土や腐葉土をうまく混ぜてね。私、ちょっと第一圃場に行ってくるから」

「あ、えっ……、そっ、その呪文なに?」

「なに言ってるのよ、農業経験あるんでしょ? 帰ってくるまでに終わらせておいてね」

「あ、あ、あ……」


 シルムが第一圃場で作付の話を二時間ほどして戻ってみると。


「ちょっと、なにやってたのよ。一つも進んでないじゃない。あんたアホ? このヘタレ!」

「あ~ん……」

「もういいわ。邪魔だから帰って」

「いや~ん……」


 こんな状態が四日ほど続いた。

 もちろん、義行のところにも口にはしないものの、『私を大臣に』、『私を部長職』にという奴等が来ていた。が、半日ついてこれた奴が一人いただけで、二時間もしないうちに皆消えた。


「魔王さま、やっとハエを退治できましたね」

「一週間付いてこられたら、本気で部長職くらい考えたんだがな……」

「研修員でもいらないレベルでしたよ?」

「そう言うな。ライザーみたいなのもいるわけだし」

「あの人は特別ですわ」


 こうして、農畜振興部にちょっかいを出す奴はいなくなった。ただ、それから数日後のことだ。


「あの魔王さま。最近、変な視線と荒い息づかいをよく聞くんですけど……」


 ノノたちの対応は、新たなモンスターを生み出してしまったようだ。

次回の更新は、七月二十四日(金)十七時三十分前後を予定しています。

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