第七十八話 再開
先週から、第一圃場も第二圃場もポテの播種の準備に入った。昨年は秋植えがなかったことから、各農家ともがっつり準備をしている。それとなく自由組を覗いて見ると、ちゃんとマニュアルどおりに作業しているのが見える。少しはわかってくれたのだと思うことにした義行だった。
そして、第二圃場には三人の仲間が増えた。と言ってもド新人ではなく、進路未定となっていた元研修員五名のうち、三名が開拓地で農業を始めたのだ。他の二名は、伝手のある東の村と、海辺の村で農業をするとのことだ。
そんな中、一人アワアワする者がいた。クックさんだ。
「そんなに慌てなくて大丈夫ですよ」
「そう言われても、包丁なんて持ったこともなかったんですよ。種芋を切るって……」
種芋を横にして切るのは簡単だが、縦にして分割しろと言われたら慣れも必要だろう。
「奥さんや子供たちに任せたらどうですか?」
「いや、『父ちゃんはすごいんだぞ』というところを見せないと」
「それは家の建築でだいぶ見せたじゃないですか」
鶏舎こそ棟梁がサクッと仕上げたが、住居建築に関してはクックさんもがっつり関与している。その甲斐もあってか、今では内装を残すのみになっている。
「自分の我儘でやりはじめたんです、まずは自分ができないと示しがつきません」
そんなやり取りが行われている横では子供たちがサクサクと種芋を切って、奥さんが乾燥処理のため笊に並べている。
「まぁ、養鶏業に支障が出ない範囲で頑張ってください」
義行は、ガデンバートさんとミルカウさんの牧場にも顔を出した。
「最近どうですか?」
「あれからニワトリを増やすのは抑えて、増えた分は肉として販売する方向にして楽になりました。それにクックさんが来てくれたことでさらにやり易いです」
「ウシはどうです」
「五月あたりに、一頭出産しそうです」
そうすると、ミルカウさんのところが五頭になる。二人で回すにはそろそろ限界かもと義行は考えた。
「欲を言えば商会化して、もう少し頭数を増やして運営していきたいんですけどね」
「土地はそれなりに用意できますが、問題は人材ですよね」
「これまでに、体験希望者は何人かいたんですけど、一週間持てばいい方でして……」
意外な情報が手に入った。酪農希望者もいるようだ。クックさんを受け入れた際に、各マニュアルも整備したので、よい人がいれば城の方にと義行は宣伝を忘れなかった。
「では、商会を立ち上げるまではそうさせてもらいます」
皆、目標に向かって一歩一歩進んでいるようだ。
屋敷に戻ると、裏庭でノノとノエルがポテの播種準備をしていた。慣れたもので、超速で仕上げている。義行は手だけ振って振興部のデスクに向かった。
「さて、新たな食材を探し出すか、研究に精を出すか……」
向こう数か月のスケジュール表を見ながら、今後の予定を考えているときだ。
「魔王さま、要望書が出てきております。ご対応をお願いします」
「えー、面倒くさい。サイクリウス対応してー」
「魔王さまご自身が言ったことですから、魔王さまでお願いします」
そう言うと、書類だけ置いてサイクリウスはさっさと部屋から出ていった。
義行は、『俺が言ったこと?』と思いながら書類をめくった。酒処再開の要望書だった。
「くそっ、よく覚えていたな。それで、書類だけおいて出ていきやがったのか」
当初、娯楽の少ないこの国に多少の楽しみをと許可をだしたが、酒が絡むと面倒事も起こる。そのため、義行は自然にフェードアウトさせようとしていたのだ。
「おっ、ワイン組合とかどっかの商会のお偉らさんからの要望かと思ったら、本当に国民からか」
要望が出てきた以上、無視はできない。
義行は椅子にもたれ掛かり考える。
「できる限り俺が関与せずに再開させるには……」
ピコーンと来た義行はサイクリウスの執務室に向かい、緊急会議を開くので財務担当部、都市開発部、そして法務担当部から役職持ちを集めるように指示した。
一足先に振興部に戻った義行は出席者を待った。
「悪いな、急に呼び出して」
「なにか問題でも?」
「いや、要望書が届いてな。ただ、これを俺の一存で決めるものでもないと思い、皆に相談というわけだ」
義行はなんのことかは知らせず、いかにも重要な案件であるような雰囲気で説明をする。
しかしそれに対して、「魔王さまの決定であれば、我々は意見を申し上げませんが……」と言ってくる者がいた。
「あかん! そんな他人任せの考えじゃ大臣になんかなれんぞ。考えるんだ、意見を出せ。出した分だけ出世が近づくと思え。というわけで、酒処再開の要望書が出てきた」
なにが『というわけで』だと言われそうだが、それは無視して義行は本題を切り出す。
「あぁ、それですか。うちの若いのが、『街の若い連中が、酒処の復活を願って要望書を出す』という噂話をしてましたね」
「俺個人としては前回賛成したとはいえ、あんなことがあったんだ、再開には疑問符が付くんだよな」
義行はまず軽いジャブとして、例の事件のことをさりげなく持ち出す。
「しかし魔王さま、それは運営側の問題で、若い奴等からしたら食事ができる場所として好評だったようですよ?」
「それなら、酒処じゃなくて食堂でいいんじゃないか?」
「そこはまあ、その……、お酒が入ると気が緩んで、あんなことやこんなことも……」
ちろっと目を向けると、財務課長は慌てて「仲間で酒を酌み交わす場所もなかったので、よい交流の場になってたんですよ、男女とも」ともっともらしいことを言って繕い始めた。
「だが、乱闘騒ぎも起こったようだが? お前たちは知らんかもしれんが」
今度はやや強めのジャブを放ち、国のトップとしては積極的に賛成はしかねるという表情を作る。
「そこは若い奴らですから、そういったこともあるでしょう。城で運営すれば幾ばくかの収入も入り、国民に還元もできます」
「およっ……、『幾ばくかの収入』なんて、法務担当としてはどうなんだ?」
「今の都市開発課長の発言の是非は横に置いておきまして、居酒屋の再開については認めても良いのかと。ただ、あのようなことがありましたから、我々がまったく関与しないというのも……」
「なるほど。お前たちは皆、推進派か。それなら、運営方法を考えて出してくれ。よかったら署名する」
勝った。
義行は、財務部、都市開発部、そして法務担当部に丸投げした。最終署名権者という責任は免れないが、面倒な作業は回避できた。おまけに、問題が起きても担当部署に任せられる。
こうして、農業に打ち込める環境を手にしたと思った二日後だ。
「魔王さま、三部署連名で酒処再開計画案が出てまいりましたぞ。確認をお願いします」
「おいサイクリウス、ちょっと待て。まだ二日しか経ってないぞ。あいつら、そんなに再開させたいのか?」
これじゃ、外にも行けんと思い、義行は出てきた起案文書に目をとおす。
「都市開発部が総合管理するのか。料理担当や給仕は、パートのおばちゃんに依頼。金銭的な管理は財務担当。酒はワイン組合からか。管理を城がするというだけで、それ以外は前のやり方じゃねーか」
「料理や給仕はそれ以外になさそうですよ」
しかし、パートのおばちゃんを城で選考して管理するという方法を、法務担当はよく許可したなと思い、そのあたりをサイクリウスに聞いてみた。
「そこは城の賃金体系で雇用できますし、変な者はいないという安心感も出せるということでした」
「ふーん……。なんだ、治安維持部隊も噛んでるのか?」
「えぇ、見回りを強化するそうです」
「まあ、ここまでやるなら許可するか」
義行は酒処の再開計画案に署名をして、サイクリウスに渡した。
決裁がおりてからの各部署の動きは速かった。あっという間に場所を再整備し、料理人等を雇用して三月の初旬には開店させたのだ。その能力の半分でもいいから城の仕事に向けろと義行は思った。
しかし本当に望まれていたのだろう、初日から満員御礼だった。第一圃場に行った帰りにエリーさんに聞いてみたが、雇ったパートのおばちゃんたちがなかなかの料理を出しているらしい。それも、魔王印の食材をメインにしてだ。
その後は、春植えのポテの準備があり、酒処のことは義行の頭からすっかり消えていた三月の下旬、もう月末というときだ。
「ま、魔王さま、申し訳ございません。さ、酒処で食中毒が発生しました」
義行は喰ってた笹……、じゃない、パンを放りだし、テーブルを乗り越えて一目散に酒処に向かった。
「ちょっとそこ、立ち入らな……って魔王さま。ウチの若いのが報告に行ったと思いますが……」
「来たよ。だからこうして来たんじゃないか」
「いえ、調査を開始したばかりなので、城に控えていただくようにと伝えたんですが?」
完全に義行の早とちりだったようだ。しかし、ここまで来て「そうですか」で帰るのも馬鹿らしいので、そのまま調査に加わることにした。
「それで、ここまでわかったことは?」
「開店してすぐに訪れた若者二名が、一時間ほど滞在したようです。帰り際になって腹を押さえ嘔吐して倒れ込んだようです」
「二人共か?」
「はい。ただ幸いなことに、それほどひどい食中毒ではなかったようで、先ほど運ばれた医院で事情も聴いております」
こういったことは起こらないことが一番だが、完全に抑え込むのは難しいだろうと思う。
「診察した医者はなんて?」
「はい、状況と状態から判断すると、酒処で出した食事か酒に問題があったのだろうとの見解です」
しかし、判断が短絡過ぎないだろうかと義行は思った。朝、または昼の食事が悪かった可能性も考えられるのに。
そんな考えを察知したのか調査官は、「彼らは朝は食べてなく、昼は仲間とパン屋のパンを食べたようです。しかし仲間はなんともないことがわかってます」と教えてくれた。
「そうなると、酒処の食事か酒が原因だわな」
「はい」
ただ、もう一つ考えられることがあった。料理人や給仕からの聞き取りも続いているので、義行は小声で「毒の可能性は?」と聞いてみた。
「えっ! 殺害目的もあるというお考えですか?」
馬鹿みたいな大声で調査官が答える。義行は、調査官の再教育も考えんといかんかと思った。
「念のためだ」
「いやー、どう見ても普通の一般人で恨みを買うような人物には……。その線はないと思いますよ」
「料理担当や給仕からはなにか聞いてるのか?」
聞き取りは今も進められているが、出された食事は内臓の煮込みということが判明しているということだ。
「これはこの後の報告になりますが、内臓は今日の昼に販売したもので、購入者と解体した猟師の家がちょうど夕食にしてましたので、問題かあれば連絡が来ます」
「おいおい、えらい調査能力だな?」
「魔王さま、部下を信頼してますか?」
調査官にツッコまれてしまった。
「そうなると、ワインか……」
「ただ、ご覧のとおり樽で仕入れ、そこからグラスに注いで提供してます。故に、ピンポイントで二人だけというのも不思議なんですよね。モツ煮にしても大鍋で作られ、他に食した者もいますから……」
そんな話をしているときだった。
「ちょっと、いい加減にしてください! 私がなにをしたって言うんですか」
甲高い叫び声が酒処に響いた。聞き取りが行われている店の奥からだ。
「私は注文の料理を配膳しただけです。彼らと面識はありません。料理を出しただけで犯人扱いですか!」
「い、いえ……、なにも貴方が犯人だと言っているわけではありません。他の方にも同様の質問をしています」
(えらい通る声だな。それに、俺の苦手な声じゃん)
義行はチラッと給仕の方を見たが、その女性は眉間に皺をよせ、調査官に食ってかかっている。
「気持ちはわかりますよ。突っ込んだ質問もしますし、聞き取りを受けるのが初めてならなおさら……」
「そうは言っても、単なる聞き取りだろ。あそこまで興奮するものか?」
「人によりますよ」
この調査官もそういった者に当たった経験があるのだろう。いつものことだという感じだ。
「まぁ、さっきの声の主じゃないですけど、そういうことのようです。被害者二人も、いつもの給仕たちがいるな程度だったようです」
「その線は薄そうだな。ただ、城が管理する酒処で起きたことだ、被害者二人にはそれなりの賠償を出すようにしてくれ」
「かしこまりました」
「それと、調査が完了し俺への報告が終わるまで営業停止」
それを伝えて義行は屋敷に戻った。
なんとなく、モヤモヤがぬぐい切れないが、はっきりとした証拠がない。取り敢えず報告を待つことにした。
次回の更新は、七月十七日(金)十七時三十分前後を予定しています。




