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第七十七話 優良物件

 精霊が見えてもいじゃないか。俺は魔法使いにもなれる存在なんだぞ。

 そんな落ちが付いて終わった不正事件の一週間後、マインさんがやって来た。


「受け入れ準備ができたわ」

「大変だったでしょう?」

「そうでもないわよ。ほぼ全てを城で準備。私たちは見張りと指導だけ。それで、あの()()……。おほん、お互い利益が得られると」

 はっきりおやつと言ってもらって構わない義行だ。

「昔は、他の人もこういう関わりを持ってたんですよね?」

「私もそこまで昔の話はね……」


 そんな会話をしつつ、義行とマインさんは、明日の護送の話に移った。


「それで、どこまで護送しましょうか?」

「サトウキビの群生地の近くに大木があるでしょ、あそこまでお願い」

「時間は?」

「そっちの都合でいいわよ。人目に触れさせたくないなら早朝でもいいし、逆に夜でも」

「それじゃ、ここの出発を朝六時、大木の下には九時頃ってところですかね」


 その後も今後の話をして、他愛もない話になってきたときだ。


「そういえば、サトウキビなんて名前、よく知ってましたね?」

「あぁ、それはね、シトラから『齧ると甘い枝があるわよ』って聞いてから、甘いもの好きがよく取りに行ってるのよ」


 義行は、その『甘いもの好きが』という言葉を聞いて、もしかしたら嫌いな妖精もいるのでは思って聞いてみた。


「ほら、うちはガテン系だから。だから対価には普通の料理も混ぜたのよ」

「あちゃー、今日のお土産、甘いものにしちゃいました」

「それは構わないわよ。オミヤはオミヤということで、皆、喜んで食べてるわ」


 言われてみれば、甘いものをまったく食べないということもないかと義行は思った。

 ということで、マインさんにはバスケットを渡し、明日の護送に向けサイクリウスに馬車と御者の手配を頼んだ。もちろん、行きの御者と警備兵を乗せて帰るために二台分だ。


 そして義行はその足で地下牢に向かった。


「お前たち、明日の朝六時にある場所へ移送する。最後になにか要望はあるか?」

「では魔王さま、これを家族に渡してもらえますか?」

 そう言って、インベーゼルは一通の手紙を差し出してきた。

「会わなくていいのか?」

「会うと未練が残りますから。これで十分です」

「ユーサー、商会の処理はあれでよかったのか?」

 聞いた話では、廃業にするらしい。

「番頭の話じゃ、相当の悪評が広まって仕入れすらできないようです。残したところで遅かれ早かれ潰れます。それなら、いっそここで潰してしまえば退職金も出せます。魔王さま、こんなこと言えた身ではないですけどいいですか?」

「なんだ?」

「彼らが路頭に迷わないよう、少しでいいんで見てやってください」

「約束しよう」

「財務部長はどうだ?」

「なにも……。両親すら面会に来てません。自業自得ですよね」


 義行は静かに地下牢から出ていった。


 翌日、辺りがまだ暗いころ治安維持部隊から数人がやって来て、四人を馬車に乗せていく。魔王権限で処分したこともあり、義行は馬車が西門を出るまで見送った。


 義行はそのまま朝食を済ませ、動物たちとじゃれ合っていたときだ。


「こ、こ……、ちょっ……ま……。勝……に入…………い」

「は、はな……てく……。魔…………に、……せ……」


 表玄関の方がやけに騒がしい。声から判断すると、いつもは正門にいる警備員のはずだ。そして誰かは知らんが、もう一人男がいるようだ。この感じからすると、なにやら楽し気な予感がする。


 そう思い、義行は放牧場からフラフラと屋敷の玄関に向かった。


「あっ、魔王さま」

「こ、こら、お前、待たんか。魔王さま、お逃げください!」


 警備員に抑え込まれていた男は警備員の腕を振りほどき、義行に向かって一直線に向かって来る。


 (あ、あれ? もしかして、やばいやつ?)


 そう思ったが、体が動かない義行だった。

 こういうとき、本当に体って動かないんだな……と考えながら、ただただこちらに向かって来る男を見るだけだった。

 すると突然、その男の体が宙に浮いたかと思うと視界から消え、再び目の前に現れ落下していく。


 (ま、まさか、男の妖精がいたのか? 聞いてないぞ。妖精は女の子がいいんだー!)


 そう思った瞬間、足元で『ズザザザーッ』と音がして、最後に『ゴツン』と鈍い音が響いた。

 奇麗なジャンピング土下座だった。


「魔王さま、ニワトリを譲ってください! 養鶏業をやりたいんです」

 その男はいきなりそう告げた。

「あの……。詳しい話は振興部で聞きますから、頭を上げてください」


 警備員は怪しげな目で見ているが、義行は手を振って問題ないと合図を送り、男と執務棟に入った。


「すみません、どちら様でしょう?」

「はい、私はクック・ドードゥルと申します。クックとお呼びください」

「で、養鶏業に参入したいと?」

「はい。今は街や村から荷物を預かって輸送することを生業(なりわい)にしていますが、開拓地の放牧場を見るたびに自分もやってみたいと……。ただ、養鶏業者に知り合いはおりません」

 これを聞いて、義行はようやく今年の研修員制度の申請条件を思い出した。

「推薦がないから、今回みたいな方法になったわけですか……」

 今年の研修員精度の条件を思い出すなかで、義行は、畜産の研修を全く考えていないことに気付いた。

「あの……、もしかして礼儀がなってないとダメですか?」


 義行はそんなことどうでもよかった。ジャンピング土下座なんて面白い物も見れたから。

 研修制度を考えていないことは一旦横に置き、一人でやるにはちょっと厳しいと思いそのことを問いただした。


「家族がいます。妻と子供二人。両親や兄弟も」

「そのご家族の方はなんと?」

「『動物を飼育する大変さをわかって言っているのか』、『遊びじゃないんだぞ』と……」


 クックさんは力なくそう答える。

 両親と家族はまともな判断ができているようだ。こういう家なら、うまく手綱を引っ張ってくれるんじゃないかと義行は思った。


「魔王さま、私は本気です。遊び半分でこんなことは言いません。途中で投げ出すこともしません。なので是非に」

「家族の了承は得られるんですか?」

「取って見せます」


 現状、ポーセレン商会等と伝手がない限り推薦は得られない。しかし今、目の前に根性の据わったオヤジがいる。このまま返すのは惜しい。それに、ユーサーの甥に出した経営権を剥奪したことで、城とガデンバードさんの負担が増えていた。


「今から時間ありますか?」

「はい、何時間でも玄関前で粘るつもりでしたので」


 礼儀は不要と言ったが、さすがにそれは非常識だと釘を刺してから、クックさんを連れて放牧場へ向かった。


「ここでは、ウシ、ヤーロウ、そしてニワトリを飼育しています。牛舎の一部にヤーロウも住んでいます」

「あの茶色い子たちはウシですよね。ヤーロウは?」

「ヤーロウも放牧場で遊んでるはずです。こっちが鶏舎です」

 この時間は、抱卵中の子以外は放牧場で餌を(ついば)んでいる。

「基本、昼間は外に出してます。鶏舎の中にもどうぞ」


 この男、なんの躊躇いもなく後ろを付いてくる。義行は慣れてるからなんともないが、結構きてるはずだが……。

 二人は鶏舎から出て、次に堆肥置場に向かった。ちょうど、シルムとノエルが作業中だ。つまり、敷き草も替えて糞も掃除した後だったようだ。


「魔王さま、そちらの方は?」

「あぁ、ちょっとな」

「魔王さま、これはなんですか? かなりきついにおいがしますが?」

 においは感じているようだ。ただ、後ずさりするようなこともない。

「ニワトリの糞から堆肥を作っています。こうして発酵させてから畑にまくと作物の生長がよくなるんです。養鶏業者の副収入にもなります」

「はえー、糞が金に成るんですか……」


 なにを思ったのか、クックさんは堆肥箱を覗き込んだかと思うと、鼻をつまんでいる。


「まあ、最初は卵の販売が中心でしょうけど、数が増えれば頭数調整で肉の販売もできます」

(つぶ)しちゃうってことですか?」

「簡単に言えばそういうことです。もしやる気があるなら通行証を出しますので、明日から一ヶ月来てください。八時半には作業してますから。もちろん、手伝ってもらった分の賃金は支払います」


 振興部に戻り、義行は臨時通行証に署名したものを渡して一旦帰ってもらった。


 時間的に昼時だったので、義行は食堂に向かった。


「魔王さま。さっきの方、養鶏業を希望なんですか?」

「ああ、警備員の制止を振り切って、玄関前で土下座までされた。悪いが指導してやってくれないか?」

「ビシビシ行きますよ?」

「頼む」


 そんなことがあった翌日から、クックさんは毎日やってくる。運搬業も休んでるそうだ。家庭の方が心配になってくるが、一週間ほどすると奥さんも来るようになった。


 更に一週間すると、子どもたちまでやってきて手伝っている。ただ子供たちは、ウシやヤーロウと(たわむ)れる時間の方が長い。

 義行はそこまで見て、ガデンバードさんの放牧場の近くに土地を確保して、簡単な柵だけ作っておいた。


 約束の一か月まであと一週間というところで、義行はクックさんを連れて開拓地へ向かった。


「あと一週間ですね。やってみてどうでした?」

「大変ですけど、可愛いですね。手をかければかけただけ懐いてくれますし」

「では、今から大事なお話です」


 西通用門から出て右手側、柵で囲われた運動場の前で義行は立ち止まった。


「家族四人で切り盛りするなら百羽以上可能でしょうが、最初は六十羽で始めましょう。土地もこれだけあれば十分かと。どうされます?」


 義行は合格・不合格も告げずに、賃貸借契約の話を始めた。


「この三週間の仕事ぶりを見せてもらいましたが、全く問題ありません。是非、仲間になってください」

「ありがとうございます。ただ、この広さの土地を購入することは……」

「そこは要相談です。例えばニワトリ六十羽で始めます。卵が毎日四十個とすると、卵二個で銅貨一枚ですから、月に金貨六~七枚になります。そこから生活費を除いて返済していけば、数年で土地まで手に入りますよ。畑作の方ですが、既に自分の土地にした方もいます」

「返済額も自由に設定できるんですか?」

「無理のない範囲で。畑もあると、食費とエサ代が浮くかも知れませんね」

「この広さに畑三面分を借りた時の賃借料を教えてください。妻と相談します」


 義行とクックさんは一度屋敷に戻り、賃貸借契約の細かい相談をした。


 翌日にはクックさんと奥さんがやって来て賃貸借契約を結んだ。一、二週間は悩むと思ったが早かった。


「鶏舎と住居ですが、よい棟梁がいるので問題ありません。他の仕事の兼ね合いもありますが、なんとかなるでしょう。自宅の方は、できるところを自分たちで仕上げれば費用が減ります。これ秘密です」


 一週間もすると運動場には鶏舎ができ上がったので、城からまず三十羽を移動させた。住居もないのにとなりそうだが、ガデンバードさんが、住居の一室を使わせるということになっているからだ。


 なんとなく目が合った子たちを見繕ったが、なにも言わなくても後ろを付いてきてくれる。西通用門を出て柵が見えるところまでくると、自分たちから運動場に入っていった。


「ま、魔王さま。ニワトリってのは、こんなにも頭のいい動物なんですか?」

「さあ?」

次回の更新は、七月十日(金)十七時三十分前後を予定しています。

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