第七十六話 其の二 処分(其の二)
その翌日の午前、振興部で今年の農業研修の要項を作っているとドアがノックされた。
「はーい、どうぞー」
ドアが開き、シトラさんの後ろには少し背の低い、女の子といっても差し支えない感じの妖精さんが立っていた。ただ、発するオーラはシトラさんやアプリさんと遜色ない。
「どうも始めまして、現魔王です」
「こちらこそ。現鉱山長のマインと申します」
「どうぞ、座ってください」
二人をソファに案内した義行は、砂糖とミルクを付けた紅茶、そしてマリー特製ハチミツパンケーキを振る舞った。ふと横を見ると、シトラさんは既にがっついていた。
そんなことは無視して、義行が本題に切り込もうとしたときだ。
「お話はシトラから大体聞いています。条件次第では受けないことはありません」
こちらが切り出す前に回答をもらえた。また、条件提示は予想していたことなので、まずはその条件を聞くことにした。
「一つ。護送ですが、とある場所までお願いします。その後は当方で行いますが、一切を秘密にさせていただきます」
「わかりました。その場所までの護送担当は、城の者なら誰でも?」
「構いません。ただ、その後の護送のために馬車は提供願います」
「囚人に目隠し等は?」
「指定の場所までは不要です。馬車を置いて戻る際、その四名に目隠しをお願いします」
このくらいならなんら問題ない。
義行は次の条件を待った。
「一つ。労働環境については万全を期していますが、鉱山です。我々であれば問題なくても、人であると死に至ることもあり得ます。その際、我々の責めはないものとしていただきたい」
しかし、これに関しては城の誰かが見ているわけではない。不審死だってあり得る。そのことを指摘すると、「そのようなことが発覚すれば、今後、妖精は完全に魔王さまの下僕として扱われても文句は言わない」とまで言われた。
「一つ。我々の活動源は、食事ではありません。まあ、その……、別腹はありますが。故に、彼らに食事は提供できません。その対応を考えていただきたい」
これはこの後の交渉次第だと思った。転移さえしてもらえるなら、食材等一切をこちらで準備するつもりだ。
「一つ。一つ前の条件に類似しますが、彼らの衣類と住居を整えていただきたい」
これも転移してもらえるなら、いくらでも準備する。
「これが最後です。鉱山作業や貨幣鋳造は古の盟約ゆえ無償で行いますが、今回のものは追加になります。それなりの対価をいただきたい」
四つ目まではそれ程問題になるものではない。そして五番目の条件に関しては、義行も準備してきていた。
義行は静かにバスケットをテーブルに置いた。
「マイン様。こちらでいかがでしょうか?」
義行はちらりとバスケットの蓋を開け、ニヤリとする。
「ほう、そちもなかなか考えるのう。シトラがいう、あれか?」
ちらりと中を伺ったマインさんも、まんざらでもない表情を見せる。
「他にもご用意させていただきますよ」
「……」
「オッケー」
「イエーイ」
義行とマインさんはハイタッチを交わした。
「まったく。さっきまでのやり取りはなんだったのよ。緊張感のかけらもないわね」
パンケーキをつつきながら、呆れ顔でシトラさんがツッコミを入れてきた。
「ほら、そこはやっぱり演出というものが重要じゃない。ねぇー、魔王さま」
「そうですよー。一回、『そんな条件は応じられない』って、交渉を蹴るのもありかと思ったんですよ?」
「それも面白いわね。それで、妖精族と魔族が険悪な関係になって魔族の国は……」
会ったとき、シトラさんと同じオーラを感じ取れたのは幸運だった。その後、細かい内容を詰め、固い握手で終わった。
そんな話し合いも終わり、義行はサイクリウスに報告に向かった。
「サイクリウス、こっちは問題ない。交渉成立だ」
「かしこまりました。では明日の朝、国民に知らせたいと思います」
「主犯たちの家族はどうなってる?」
「国民が暴動を起こす可能性を考え、念のため城の地下牢で保護しております」
さすがサイクリウスだ。自分だとこういうところまで気が回らないと義行は思った。
「今回、そして今後のことを説明する必要もありましたし、最後の家族水入らずになるでしょうからね」
「騙し取られた金の方はどうだ?」
聞いてみると、ユーサーは商会から、インベーゼルからは九割近く回収可能と言われた。ただ、財務部長は派手に使い込んでいたようだ。
「足らない分は城で補填が可能か?」
「どなたかのお陰で、昨年の国庫は多少潤ってます。うまく国民に還元しますよ」
「悪いな、頼む」
そんな諸々の相談を終わらせた午後、義行はまずユーサーの甥のところに向かった。
「ま、魔王さま、この度は申し訳ございませんでした」
いきなり謝罪された。つまりは、反省しているということなんだろう。
「どんな処分も甘んじて受けたいと思います」
「わかった。では処分を発表する。養鶏業の免許は剥奪。今後変なことに首を突っ込まないように」
「えっ、それだけですか?」
「まあ、お前がやったことは、直接国民に被害を与えてはいない。不正会計事件への関与の度合いも低い。これは、俺やポーセレン商会を騙したことへの処分だ」
続いて、酒処の出資者のところだ。
「今回の事件について、お前たちの関与はほぼないと言っていい。ただ、この酒処が利用された上、料理の値段にも疑問を持たない。監督不行き届きというやつだ」
「し、しかし魔王さま、あの隠し部屋については……」
図面に描かれていない部屋の事を言われてもだろう。義行だって反論しているだろう。
「そう言えば、乱闘事件をもみ消してるよな。約束覚えてるか? よって、酒処は、無期限の営業停止とする」
厳しい処分と言われるかもしれないが、義行は暴力事件に対する制裁にすり替えることにした。
「そ、その……、乱闘事件のもみ消しについては我々の対応の誤りですが、若者や独り者にはそれなりに人気がございます。なんとか営業をするわけには?」
「もし、本当にここが必要な場所なら、利用者から再開の要望が出るはずだ。それで決めたいと思う」
最後に第一圃場の自由組、そして身の振り方の決まってなかった五人に今回の処分を伝えた。
「ったく……。お前たちも簡単に唆されるんじゃないよ。うまい話には裏があると思え。それと、そっちの五人はこの先の予定がないよな? 相談には乗るからなにかあれば振興部に来い」
なんで俺がこんなことをしてるんだ? とぶつくさ言いながら義行は屋敷に戻った。
もう夕方で仕事をする気にもならず、食堂で茶を飲んでるとシトラさんがやって来た。
「午前中はありがとうございました」
「マインとは気が合いそうね。で、精霊たちへのお礼の件なんだけど」
「はい、どうしましょう?」
「明日のお昼でいいから、ワイン一本と肉ポテ、デザートにハチミツパンケーキを二人分くらい用意しておいてもらえるかしら」
なんとも控えめな要求だった。思わず『誰かさんとは』と言いそうになってしまう義行だった。
そして一夜開け、義行自ら腕を振るって料理を作った。それを食堂のテーブルに並べていると、シトラさんがやって来た。
「あら、魔王さまお手製なのね」
「ちょっと、マリーよりも味付けが濃いかもしれませんけど」
なにを思ったのか、メイドたちまで食堂に集合している。
十二時を少し回った頃だろうか、料理の上を無数の光の玉が飛び交るのが見え始めた。
「おおっ、奇麗な光の玉だな」
「えっ、なにも見えないっすよ?」
「本当ですー、奇麗です」
シルムとノエルからは同じ言葉が発せられた。
「シルム、ノエル。見えるの?」
「はい。テーブルの上を光の玉が乱舞してます」
「えーっと、見えてる人?」
手を挙げたのは、義行、シルム、そしてノエルの三人だけだ。その三人が顔を見合わせていると。
「おかしいわね。大人になると見えなくなるんだけど……」
「はいはい、どうせ子供ですよーだ」
このやり取りに、テーブルの上の光も楽し気に点滅していた。
次回の更新は、七月三日(金)十七時三十分前後を予定しています。




