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第七十五話 其の四 反撃(其の四)

 今日も朝から、義行とサイクリウスは食堂で取り調べの最終確認をしていた。


「今日の二人は民間人ということで、手荒なまねはしないということでよかったよな?」

「えぇ、これまでの三人は、曲がりなりにも公僕です。それなりのやり方をしても、国民から非難は出ないでしょうが、同じ手法ではあらぬ誤解を産みかねません」


 実は、裏帳簿にユーサー個人名か商会名でもあるかと思ったが、それが見つからなかった。その為、強引に行けないのだ。


「なにか明確な証拠がほしいですな」

「証拠か……。自分の懐も肥しつつ、インベーゼルにもキックバックしていた証拠……。なあサイクリウス、少し危ない橋かも知れんがガサ入れできるか?」


 ああいう小ズルい奴は、なにかのときの為に絶対裏帳簿を付けてると義行は睨んでいた。


「一発勝負は……」

「いや、確率の高い一発勝負だ。こっちのバックには誰が付いてる。世界最強の密偵だぞ」


 そこまで話し合って、シトラさんを呼び出した。


「シトラさんもすみません。朝早くに」

「いえいえ、昨日もなかなか楽しかったわよ。やっぱり敵は複数いた方がいいわね」

「インベーゼル、相当参ってましたよ?」


 そう言うと、「家から出るからよ」と、自分は悪くないとでもいう勢いのシトラさんだった。


「で、朝からすみません。一つお願いしてもいいですか?」

「なにかしら?」

「ユーサーの自宅か商会から裏帳簿を探してもらえませんか?」

「そんなものがあるの?」


 義行は、確実とは言えないが高い確率で存在することを説明した。しかし、シトラさんの反応は余り乗り気ではなかった。


「別に身バレするわけじゃないからやるけど、いつになるかわからないわよ? 協力者は朝が苦手だから」

「できれば、今日中に片を付けたいんです。午後一くらいになんとかなりませんか?」

「まあ、やってみるわ。でも期待しないでね。それで、誰に連絡して、どう対応すればいいのかしら?」


 サイクリウス曰く、治安部隊の誰かに話せば、長官が上手くしてくれるということだった。なので、調査結果はクリステインに伝えるようにお願いし、全員が持ち場に向かった。


 九時、十時と時間は過ぎるが報告はこない。


 結局、昼食も終わった十三時前にサイクリウスがやって来て、十分ほど前にガサ入れに入ったと報告された。あわせてユーサーとその甥を任意同行させたことも伝えられた。


「じゃあ先に一軒家に行ってる。二人を連れてきてくれ」


 義行は途中の果樹園に寄り、ヴェゼにお菓子の詰め合わせを渡して一軒家に向かった。


 ドアを開けた途端、財務担当部長と書類作成者の悲鳴というか怒声が聞こえてきた。


「出せー。ここから出せー。人権を無視したこんなやり方許さんぞー」

「森、こわい、こわい、こわい。出られない。出たい。出られない。ギャー」

「うるせぇ! これから客が来るんだから静かにしてろ。夕方には出してやる」


 これだけ興奮するということは余程楽しかったのだろうと思い、義行は自分の準備を始めた。


 それから十五分ほどして、ユーサーと甥っ子がやって来た。


「魔王さま、ご無沙汰しております。酒処の面談以来でしょうか」

「そうですね、酒処も順調のようで、だいぶ儲かってるんじゃないですか?」

「なにをおっしゃいます。出ていくばかりで、毎日出納簿とにらめっこですよ」

 ユーサーはわざとらしく溜息をつく。

「そうなんですか? 羽振りがいいとの噂が出てますよ」

「仲間の(ひが)みでしょう」


 昨日のように、いきなり『幾ら儲かった』はマズいと思い、義行は一般的な商人の挨拶からスタートした。


「そうそう、噂ついでにもう一つ。『酒処の食事の値段が高い』って耳にしたんですが」

「そうですかね? 新しく出回った食材や調味料を惜しげもなく使ってますから、値段は……多少ねー」

「そうですか。ウチの料理人が、あの量ならまだ安く作れると言ってましたが?」

「魔王さま、あそこは賃貸です。さらに人も雇ってます。安全に飲食できるように警備体制も整えてますので、そういった経費が値段に乗ってきてしまいますよ」

 義行は、なにが警備体制が抜群だ、ケンカをもみ消してるくせにと思ったが、まだそれは口にはしない。

「確かに必要経費ですね。あ、そうだ、酒処では卵料理や鶏肉なんかも出てるとか?」

「よくご存じで。甥から仕入れておりますよ。これも魔王さまのお陰です」

「ふーん。国民には出さずに、親族の商会へ横流しですかー」

 一瞬だが、甥っ子はビクッと体を震わせた。義行もこのときだけは敢えて口調を変えたのだ。

「それは直接市場で販売していないだけです。酒処に足を運べば食べられるのですから、問題はないかと思いますが?」


 商人だから口が上手いというわけではないだろうが、難なく切り返してくる。

 そんなことを考えていると、部屋の中を風がとおり抜けた。ユーサーと甥っ子は辺りを見回している。


 (お前らには見えねーよ、バーカ)


「なるほどな。でもなー、国民騙して小銭稼ぎ、いや、かなり稼いでる奴がいるんだよ。どう思う?」

「そんな奴がいるんですか?」

「ああ、今、俺の前に座ってるよ」

 一瞬、ピクッとしたユーサーだったが、なにもなかったかのように「私がですか?」と惚けながら答える。

「いや、冗談じゃないんだよ。この半年、ポテや玉ねぎなんかが城の倉庫からどこかに出て行くんだよ。でも、城の販売所では売られていない。そんなことがあると、その翌日に必ずあるお人からあるお人に、お菓子の箱が届くんだよ」

「それが、当商会だと?」


 小判の入った最中(もなか)なんて言い回しは通じないだろうと思い、お菓子と表現してみたが、通じてしまった。


「そうなんだよ。で、その横流し品は酒処に高値で卸され、売上の一部がキックバックされてる。あるお方の懐は潤い、お前さんの金庫も膨らむ一方だ」

「お言葉ですが、当商会がそんな阿漕(あこぎ)な商売をしている証拠はあるのですか?」


 こう来ることは義行にしても想定の範囲内だ。

 茶番はこれまでにして仕掛けることにした。


「これは、酒処の出納簿だな?」

「はい。我々は真っ当な商売をしてますし、税金を納めるためにきっちりとつけておりますよ」

「先に調べさせてもらった。さっきも言ったが、値段は高い。しかし、民間が行う事業であり、その金額を国が決めるべきものではない」

「そうでしょう、そうでしょう」

「ただな……」


 義行はひと呼吸おいて指を鳴らす。

『ビュッ』と風が吹いて、テーブルの上に一冊の帳簿が出現した。


「どうだ、なかなか面白い手品だろう。これには誰もが驚いてくれるんだよ」


 その帳簿を目にしたユーサーがカタカタと震え始めた。それはテーブルをも揺らしている。


「どうした。そこまで驚く手品でもないだろう。ほっほー、横流しの受入量、酒処への卸価格との差額、それに、お菓子の箱に入れられた金貨の額まで。この商人さんはなかなか立派な方のようですね。非常にわかり易く纏められます」

「あっ、あ、あの、あの……」

「おっ、夏のポテからドテまで。これ誰の帳簿ですかねー」


 義行は手に持った帳簿を、ユーサーの目の前でヒラヒラと左右に振ってやる。 


「なぁユーサー、インベーゼルや財務担当部長たちからも裏は取れてんだよ。もちろん、そこの甥っ子が、卵と鶏肉を安値でお前の商会に納品する為に養鶏業に参入したこともな」

 甥っ子はまたまたビクッとする。

「まだ白を切るか?」

「ま、まち が い ありま せ ん」


 終わった。ようやく終わった。後は裁判にかけるだけだ。


「サイクリウス、調書の作成は向こうでやるぞ。そっちの三人も城の地下牢に移してやろう。その方が安心するだろう」


 各部屋のドアを開けると、一目散に財務担当部長が駆けだしてきた。


「こ、こんなやり方、ゆ、許されんぞー。人権侵害で訴えてやる!」

「じゃかっしー。お前が人権侵害で訴える前に、詐欺罪、横領罪、公文書偽造で起訴してやるわ!」

 

 義行とサイクリウスは、ユーサーの甥っ子を除く四人の地下牢への移送を始めた。


 そんな中、義行たちの目を盗み、ユーサーが森の中へ疾走していった。もちろん、それを止めるのは、義行やサイクリウスではない。


「おい、止めろ。し、死ぬぞ。頭がおかしくなるぞ。戻ってこい、地下牢の方が千倍安全だ!」


 (おいおい、そりゃ言いすぎだろ)


 ユーサー以外を地下牢番に引き渡し、森の入り口で待つこと十五分。ずぶ濡れになり、カスミに追われて駆けてくるユーサーが見えた。


「お帰り。楽しい森だろう? 裁判までさっきの一軒家で過ごすか?」

 義行の足にしがみつき、プルプルと震えるユーサーだった。

「サイクリウス、こいつも頼む」


 義行は、裏口から食堂に向かった。そこには皆が勢揃いしている。


「食事になさいますか? お風呂になさいますか?」

「あー、先に飯にするわー。皆も、思う存分食ってくれー」


 メイドと妖精たちが一斉に食卓を取り囲む。その中で義行はシトラさんのところに向かった。


「お疲れ様でした。なかなか連絡がないんで、冷や冷やしましたよ」

「ちょっと手こずっちゃったわ。まさか、あんな場所に隠してるとは思わないから」

「どこなんです?」

(かわや)の床をくり抜いて、そこに隠してたわ。ばっちいたらありゃしないわ」


 シトラさんは二度とご免という表情だが、義行は大笑いしていた。


「でも助かりました。今回のお礼ですけどどうしましょう?」

「いらないわよ。八百年前の盟約に従っただけ。ただ、それだけよ。でも、精霊たちにちょっとしたご褒美を出してあげて」

「いつにしましょうか?」

「改めて連絡するわ。あ、そうだ。よかったらあの一軒家もらえないかしら。ヴェゼたちが気に入ったみたいなのよ」


 クリステインに確認しようと振り向いた瞬間だった。


「か、構いません! ただ、ちょっとだけ遊びに行かせてもらえたら、グヘへ」

「クリステインちゃんも、変わらないわねー」


 その夜は、遅くまで飲んで食べて語り合った。ただ、シトラさんとは、翌日の話し合いの約束を取り付けて。

次回の更新は、六月十九日(金)十七時三十分前後を予定しています。

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