第七十五話 其の三 反撃(其の三)
十二時前まで振興部で過ごして、義行は食堂に向かった。
既にサイクリウスが席に着いていた。
「例の物が届きました」
「中身は確認したか?」
「はい、間違いありません」
ガサ入れされたら一発アウトは目に見えている。それなのに、なぜ燃やすなりして処分しないのか義行は不思議でならなかった。そんなことをサイクリウスに話すと、「私でも取っておきますな」と意外な答えが返ってきた。
「恐らく、財務担当部長や書類作成者も同じ考えでしょうな」
義行は尋問のときにでも聞いてみるかと思い、サッと昼食を済ませ行動に移った。森の入り口で待ち構えていると、サイクリウスが二人を連れてやってくる。
「待ってたぞ。行こうか」
「あの魔王さま、どちらに」
「なんだ、わからんのか?」
「ええ、なんのことやら」
いい度胸をしているようだ。男の子はそのくらいじゃないとなと義行は思いながら、昨日と同じように一軒家の前までやってく来た。
「これはこれは。魔王さまもこのような秘密基地をお持ちとは」
「いいだろう。静かなうえに、周りに声が響かんから重宝するんだよ」
「なるほど。お楽しみ中は邪魔されたくないですよね」
下種な奴だと思いながらドアを開け中に入った。
その途端。
「出してくれー。変な動物ー。喰われるー。だずげでぐれー」
汚く泣き叫ぶ声が響いた。
「うるせー!」
義行は部屋のドアを思いっきり蹴り上げる。
「ま、ま、魔王……さまー。だじでぐだざいー。森、森、おばげー」
「家から出なきゃ安全だ。それは約束する」
「だじでぐでまずかー」
「明日か、明後日には出してやる」
声で誰かはわかっただろう。振り返ると、さっきまで軽口を叩いていた財務担当部長の顔が引き攣っていた。
「悪いな、騒がしくて。まあ座ってくれ」
二人が静に席に着いた。
「今日はお前たちに聞きたいことがあって来てもらった。細かい話はなしだ。幾ら儲かった?」
「なんのことでしょうか?」
財務担当部長は、顔色一つ変えずに答える。
「ポテや米の売上誤魔化して、幾ら儲かったんだと聞いてんだよ!」
財務担当部長の態度にイラッときて、義行は怒鳴ってしまった。
「あのー、起案中の決算書類に記載があったかと思いますが、ちょろまかすもなにも……」
「ああ、これだろう?」
義行は、青インクの印付きのポテの集計表と米の集計表を机に出す。しかし、財務担当部長は澄ました顔で書類を見ていた。内心、動揺しているのか、それとも本気でごまかせると思っているのか、義行は判断できなかった。
「そうです。一部誤記等がありましたが、我々の部署で起案してますので間違いはないかと」
それならと、義行はインベーゼルの時と同じように、マリーの実家の出納簿を出す。
「じゃあ、こっちの米の金額はどうだ? ある店の仕入れ帳簿だ」
「記入間違いではありませんか?」
これにもシレッと答える。
「これを見てもそう思うか?」
それならばと、義行は集めた資料全てを出した。
「はい。魔王さまは、こんなことは絶対に起こらないと言えますか?」
こういわれたらこう言い返せ、といったマニュアルが作られていたのだろうか。
「普通はあり得ないぞ」
「世の中、あり得ないことが起こるのが常です。そこまでおっしゃるのなら、この帳簿の数字が正しいという証拠を出していただけませんか?」
「証拠か……」
「魔王さまは証拠もなく人を疑い、犯罪者に仕立て上げるのでしょうか?」
よくもまあペラペラと喋りやがると思ったが、やましいことがあり、そこから眼を逸らせる為に饒舌になっているのだろうと義行は判断した。
「そんなことはないんだがな……。ちょっと疲れたな。休憩がてら本でも読ませてもらうよ。サイクリウス、入手したての最新刊を頼む」
サイクリウスから手渡された一冊に、財務担当部長と書類作成者の目が注がれる。
「これ、なかなか刺激的な内容らしいぞ。今、俺たちの周りでは赤丸急上昇中の一冊だ」
さすがに、これには動揺を隠しきれない二人だった。
「なるほど、ポテやその他食材がどなたかに横流しされますねー。そうですか、キックバックが銅貨二枚から三枚。売上と国庫の数字がずれるとまずいですから改竄すると。ありゃりゃ、米と小麦の価格も集計表の販売金額と違いますねー」
財務担当部長の口からは「あっ、あ、あ……」と漏れるだけだ。
「横流し分はどこに行ったんでしょうか? 単純な差額以外にも大きな数字がどなたかに動いてますねー。解説のサイクリウスさん、どう思いますか?」
「そうですね、これはチームの戦略ですから、チーム関係者に聞くのが一番じゃないでしょうか?」
義行はちろりと財務担当部長を見る。
先ほどまでの余裕はないようだ。義行はそのまま追い詰めることにした。
「あれれー、一番最初の日付は夏前じゃないの。ポテだけじゃなく玉ねぎにドテまで。今年だけで金貨百八十五枚のリターンですね。これもよく起こる間違いなんでしょうかねー。おもしろいですねー」
厭味ったらしく解説しつつ、義行は待った。
落ちた。家族を人質にするまでもなかった。
そこからは、全てを正直に語り始めた二人だ。
「お前らなー、証拠書類残すなよー。昨日の段階で燃やすのが一番だろう」
義行は朝から思っていたことを話した。
「い、いや、あの……、う、上手くいけば、これをネタにインベーゼル様を……」
「……、あー、そういう使い方かー」
「魔王さま、感心してる場合じゃありませんぞ!」
なんか納得できた義行は、細かい調書作成をサイクリウスに任せ一度屋敷に戻った。疲れたからではない。食事は与えないと道義的に非難されるからだ。
「あれ、今日は早いっすね」
「確実な証拠があったからな。悪いが、あの三人の食事を頼む」
「昨日と同じでいいっすか?」
「そうだな……。魔王さまは優しいから、昨日とは少し違うものを差し入れてやろう」
義行は一旦自室に戻り、明日のユーサーをどう落とすか考える。
一七時を過ぎた頃、マリーが食事の詰められたバスケットを持ってきたので、それを持って一軒家に向かった。
「サイクリウス。どうだ、終わったか?」
「後は、二人の署名を取るだけです」
「じゃあ、サインが終わったらそれぞれの部屋にぶち込んでおいてくれ。あ、これ食糧な。俺は、こっちの部屋に食糧を差し入れるわ」
義行が扉を開けると、部屋の隅でガタガタ震えるインベーゼルの姿があった。
「おい、飯だぞ」
「ま、まお、魔王さま。こ、この、この森……」
「同じところ何時間も歩かされたんだろう? で、泉に落とされて、動物に襲われて、ここに戻ろうと思ったら違う場所に出て、これ以上動けないと思って休もうものなら、また動物に追いかけ回されたんだろう?」
昨日の夜起こったであろうことを話してやった。別に、ヴェゼたちに聞いたわけではない。これまでのことからの推測だ。
「こ、ここは、あ、悪魔の森だ!」
「おいおい、なにが悪魔の森だよ。その森の恵みで私腹を肥やしたんだろうが。感謝するべきだろう。もう少し我慢すりゃ出してやる」
三人を小屋に残し、義行はサイクリウスと小屋から出た。
屋敷に戻って皆で夕食を取っていると、シルムが心配そうに聞いてきた。
「魔王さま、第一圃場の人たちと研修員はどうなりますか?」
別に教えてもいいかと思い、「口頭注意程度だな」と義行は答えておいた。
次回の更新は、六月十二日(金)十七時三十分前後を予定しています。




