第七十五話 其の二 反撃(其の二)
「まあ、立ち話もなんだな。いい隠れ家を見つけたんだ、案内しよう」
義行は躊躇うことなく森に入って行く。それを怪しい目で伺うインベーゼルだが、サイクリウスに押され歩き出すはめになった。
「そんなに心配するな。ちょっとした遊びだ遊び」
しばらくすると果樹園が見えてきた。インベーゼルも気付いてはいるのだろうが、なにも言ってこない。
さらに歩くこと十数分、一軒のボロ屋が見えた。
「ここだ。なかなかのものだろう。まあ、茶でもしようや」
「これはいい物ですな。気分を落ち着けたいときには最適でしょうな」
本気でそう思っているか、やせ我慢からなのかわからんが、逃げずについてきたことは褒めてやろうと義行は思った。
「まあ、そこに座れ」
インベーゼルが座ったのを見て、その対面に座った義行は、テーブルの上に決算書類と独自調査でまとめた資料を載せた。
「なかなか面白いことをやってるみたいだな?」
「なんのことでしょうか?」
すました顔で会話に応じるあたり、騙せるとでも思っているのだろう。
「夏からこっち、ポテや玉ねぎがいい利益出してんじゃないのか?」
「利益と言われましても、研修員の給与で相殺されてますよ」
「国庫の話じゃないんだよ。そうだな……、まずは米の話だ。販売価格は小麦の二倍までにしたよな?」
「ですので、この資料のとおり超えておりません。それは、基準として記載した小麦の価格で一目瞭然かと」
インベーゼルは米の集計表を一番上に持ってきて説明を始める。
「ああ、この集計表の数字が正しいならな」
「いやいや魔王さま、『正しいなら』と言われましても……。どこかおかしいところでも?」
今度は義行がテーブルの上の一つの帳簿を開きつつ、「米は幾らで販売した?」と聞く。
「小麦の値段で多少変動しますが、キロ当たり概ね銅貨八枚だったかと」
「そうだよな。それなら、これはどう説明するんだ?」
義行は帳簿の支出欄を辿って、ある日の小麦と米の価格で手を止めた。
一瞬、インベーゼルの頬がピクリとする。
「この日の小麦は銅貨四枚、米は銅貨十枚で販売されている。これだと小麦の二倍を超えるぞ?」
「いっ、いや……。これは記入ミスではないかと」
ここでもそれを理由にするのかと義行は思った。
「これな、ある店の仕入れ帳簿なんだよ。当然、納税の計算にも使う帳簿なんでしっかり間違いなくつけてるそうだ」
「しっ、しかし魔王さま、何度も申し上げますが、だ、誰しも間違いは……」
「それは否定できんな。でもな……」
そう言って義行は別の資料をテーブルにぶちまけた。
「見てみろ。面白いだろう」
インベーゼルの眼が泳いだ。インベーゼルも、ここまで出してくるとは予想していなかったのだろう。黙り込んでしまった。
「この世の中、同じ記入ミスをする者がこれだけいるんだよ。サイクリウス、これって確率的にどのくらいになるんだ?」
「そうですな、あり得ないと言ってもよいかと」
「それにな、数字を残してくれた人がこれだけというだけだからな」
「し……、しかし、こうなることは……否定できません」
それなら、否定できなことをを証明してみろと言ってやろうかと思ったが、義行は大きくため息をつき、一つ指を鳴らした。
すると、スッとシトラさんが義行の傍に現れた。
「あ、あ、ああ、まお。まお。まお」
「まおまおうるせー! シトラさん。すみませんが、最初から再現してもらえますか?」
ここからはシトラさんの独壇場だった。酒場の秘密部屋のやり取りから始まり、今日までの行動や言動をその場にいたかのように感情豊かに演技していく。
しかし、インベーゼルは脂汗を流しはするものの決して口は割らない。
「なかなかしぶといわね。これはこれで、仕事内容によっては逸材ね」
「こんなおっさん役に立ちませんよ。サイクリウス、こいつの家族構成は?」
さすがにこれには、インベーゼルの顔も歪んだ。
「両親は健在ですな。まだ、そう年老いてもおりません。妻と子供が二人。子供はまだ十三歳と八歳ですな」
「この資料とさっきの情報を持って裁判か。他にもユーサーや、財務担当部長と書類作成者の証言を加えて……」
……落ちた。
家族を持ち出したのは卑怯かとも思ったが、こいつを一番に落とす必要があったのだ。
落ちてからは早かった。夏からの一切を全て自供してくれた。ところどころ義行が先に答えを言うと、そのたびに顔色を白くしていった。
「そういえば今日、俺たちが朝乗り込んだあと関係者を呼んだろ。どんな話しをしてたんだ?」
「今回の証拠書類一切を持ち出すよう指示しました」
「誰がなにを持ってる?」
「財務担当部長が裏帳簿、書類作成者はその基礎データ一式です」
「ユーサーとその甥は?」
「魔王さまが疑っているから、派手な行動はするなと伝えただけです」
そこまで聞き出したところで窓の外に目を向けると、あたりはもう暗くなっていた。インベーゼルの尋問はこれで十分だろうと義行は思った。
「まあ、お前もわかってるとは思うが、このまま帰すわけにはいかん。他の者の尋問が終わるまでは、ここに住んでもらう。まあ心配するな、食糧はあとで持ってきてやる」
インベーゼルを空き部屋の一つに入れ、食糧を取りに戻ろうとしたときテーブルの上にバスケットが現れた。
「なっ、なんですか魔王さま……」
「あれ、シトラさんはここにいるということは、ヴェゼ?」
「ええ、頼んでおいたわ」
「助かります」
義行はそのバスケットをインベーゼルを幽閉した部屋の中に入れ、屋敷へ戻った。
「魔王さま、白状しましたの?」
「あぁ、シトラさんの言ってたこととほぼ同じことをな」
「サイクリウス、明日はユーサーと財務担当部、どっちをやる?」
「そうですね。罪の重い財務担当部の二人でしょうね。ユーサーたちはそう簡単には逃げられません。あそこまでの商会を畳んで逃げるには数日かかりますから。それに、中途半端に金にうるさい奴等は判断が遅いんです」
そういうことで、明日のターゲットは財務担当部長と担当職員に決めた。
義行は夕食を済ませ、この日は早めに就寝した。
翌日の目覚めはすこぶる悪かったが、立ち止まってはいられない。今日も七時から会議が行われた。
「サイクリウス。大臣と書き換え担当職員が出勤したら、見張りの部隊に連絡。ガサ入れだ。証拠品を押収するぞ」
「かしこまりました。出勤後の二人はどうしますか?」
「疑われているのはわかってるはずだから、大人しくしてるだろう。午後の尋問まで放っておけ」
朝食を取り終わるとサイクリウスは執務室へ、義行は振興部に向かった。仕事をするためではない。食堂にいたのでは怪しまれるからだ。
始業時間が始まってしばらくするとサイクリウスがやってきた。
「二人ともなに食わぬ顔で出勤してますね。あのくらい面の皮を厚くしたいものです」
「いいじゃないか。その皮、一気にひん剥いでやろうぜ」
昼前に飽きもせず財務担当部から決算書類の催促がきたが、適当にあしらって追い返した。
次回の更新は、六月五日(金)十七時三十分前後を予定しています。




